これは例えばソーシャルゲームの企業が何十億もの利益をあげたというニュース記事よりも、個人が恵まれない人や国に寄付をした、支援をしたという些細なニュースの方がいいね!されているという、ネット上の様々な事例を見ればなんとなくわかってもらえると思います。

だから今の時代承認欲求を満たす為には、別に会社をつくって何十億もの利益をあげるより、社会貢献してソーシャルフィード上でそれをアピールした方が手っ取り早いことになります。

ただし、気をつけないといけないのはこの「いいね!」というのは行為を行った個人や行為に対して贈られるものだけでなく、自らの倫理観を主張するための代替手段としてのいいね!という側面を含んでいるという点です。

「いいね!」を押さないことにより、あなたの人間性に誤った印象をもたれる、あるいは自らの倫理感を否定してしまう、それを防ぐ為にいいね!をする、世の中には意識したでせよしないでせよそうやって押された「いいね!」がきっと無数にあるのだと思います。

こうやって押された「いいね!」は手っ取り早くあなたの承認欲求を満たしてくれますが、継続性という点においては実に脆い存在です。

「いいね!」はあなたの承認欲求を満たしてくれますが、あなたのお財布は満たしてくれません。もしあなたのお財布を満たすようなのがあるとしたら、それはそもそも本来「いいね!」を押されないようなことであるからです。

生活が守られている学生のうちにはこれでもいいと思います。たとえ金にならないにせよ、この集まった多数の「いいね!」を最後は大企業の内定に換金して、あがれますから。

ただ、これをそのまま社会に持ち込もうとするのはまた違った話です。

人は志やきれいごとだけでは生きていく事ができません。いつかは限界がきてしまいます。志なき金が無力であるように、金なき志もまた無力です。

にわかにあふれる社会貢献を中心とした学生の組織体がかつての全学連や学生ベンチャーに比べて単に構成員のソウルジェムが濁るまで長持ちしやすい組織となってしまったのでは意味がないと思います。

なので、もし学生のあなたがこれが本当に自らの天命だと思ったのなら単に手っ取り早く「いいね!」を獲得して承認欲求を満たすようないいね!乞食に成り下がらず、物事の本質を見抜き持続的、本質的な解決を目指す大局観をもって行動していけばいいのだとおもいます。

そうでないのなら、もっと皆がいいね!を押さざるをえないようなテーマの社会貢献をチョイスして手っ取り早く「いいね!」をちょうだいして、それをネタに自分を大企業に売り込んで売り抜けちゃった方がいいですね。

これもまたかつてから繰り返されてきた学生特権の「バイアウト」なんだと思いますから。

執筆: この記事はtokunoribenさんのブログ『拝徳』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年04月25日時点のものです。