『いつか高値で売れる』と信じて富士山近くのリゾートマンションを売らなかった年金暮らしの85歳父…1DK「8万円」「30万円」の超低価格、バブルの残骸に51歳息子、撃沈
かつて親しい仲間同士で夢を追い、共同で購入した思い出の場所。当時は美しい友情の証であったはずの「共有名義」が、時代の変化とともに次世代を苦しめる底なし沼へと姿を変えています。バブル期のリゾートマンションや、かつての原野商法で掴まされた山林など、親世代が処理しきれずに放置してきた負の遺産は、時を経て子どもたちの肩へと容赦なくのしかかってくるのです。親の古い登記簿を見つけたタツヤさん(仮名/51歳)の事例を見ていきましょう。
実家に眠る「古ぼけた登記簿」を発見した息子
「父さん、この登記簿はなに?」
半年ぶりに訪ねた実家で、次男のタツヤさんは怪訝そうに声を上げました。
タツヤさんの父・マサオさん(仮名/85歳)は、2年前に妻に先立たれてから、郊外の一軒家で一人暮らしをしています。心臓に持病を抱えていることもあり、心配したタツヤさんや、転勤で地方にいる長男の勧めで、有料老人ホームへの入所を本格的に検討しはじめていました。そこで、父の資産状況を確認しようと、タツヤさんは妻とともに週末を利用して実家へやってきたのです。
マサオさんの通帳残高は3,000万円であることがわかりました。「さすが、長年公務員として真面目に働いてきただけあるな」と親の通帳を初めて見たタツヤさんは驚きます。これなら、年金とあわせればホームの費用に困ることはなさそうです。さらに、いま住んでいる自宅を売却すればある程度の相続財産も見込めそうだと、タツヤさんは心の中で安堵しました。
ホッとしたのも束の間、自宅の書類とは別に保管されていた、一枚の古ぼけた登記簿に目を留めます。そこに記載されていた住所は、富士山が間近に見渡せる湖近くのマンションの一室。所有者の欄には、父親のほかに見慣れない4人の名前が連なっていました。
父は、しばらく躊躇したあと、いいにくそうに口を開くと、「覚えていないか? お前も小さいころ何回か連れていったことがあるぞ」といいます。
その物件はいまから52年前、当時父が親しくしていた釣り仲間5人と共同で購入した、いわゆる「リゾートマンション」でした。
いわれてみると、確かに幼いころ、富士山の近くへ泊まりにいき、家族でボートに乗ったかすかな記憶が蘇ります。しかし、それが他人との共同所有物件だとは、タツヤさんにとって完全に初耳の出来事でした。
「いつか高値で売れる」という夢を見続けたバブルの残骸
実は購入から20年ほど経ったころ、一度だけ売却話が持ち上がったそうです。当時はバブルが崩壊し、不動産価格が下落しはじめた時期。ほかのメンバーからは「売れるうちに売ってしまおう」という提案がありました。
しかし、父・マサオさんともう1人の仲間が反対したことで、売却は頓挫してしまいます。バブル期のピークを知っていただけに、値下がりした価格で売却する気にはなれなかったと父はいいます。
結局、売却を希望していた3人は、売却を諦める代わりに、マサオさんと反対したもう1人が固定資産税や管理費を2人で折半することで了承。それを機に、売却派だった3人とは疎遠になっていきます。
さらに、一緒に支払いを続けていた仲間も6年前に他界。それ以降は、マサオさんが一人で全額を支払い続けてきたのです。しかも、疎遠になった3人のうち2人はすでに亡くなっており、その親族とも一切連絡が取れない状態とのこと。
横で黙って話を聞いていたタツヤさんの妻が、手元のスマホでそっと物件を検索してみました。すると、同じマンションのいくつかの部屋が売りに出されているのがヒットします。価格は高くて30万円、なかには8万円というものも。なかなか売れないのか、長期間掲載されている部屋もあります。
改めて父の通帳を確かめると、その1DKの部屋にかかる管理費と修繕積立金は、なんと月額3万円近く。固定資産税と合わせると、年間で40万円近い大金が、使ってもいない部屋のために消え去っていたのです。
「父さん、これどうするつもりだよ!」
思わず語気を強めてしまったタツヤさんの問いかけに、マサオさんは虚ろな目をしてうつむくだけでした。もはや父親自身も、どう処理していいのかわからなくなっているのは明白でした。
次世代へ引き継がれる「負動産」
タツヤさんは頭を抱えてしまいました。今後もし父親が亡くなれば、この物件は相続人であるタツヤさんと兄が管理費用の支払いとともに引き継ぐことになるのです。
ただでさえ、築50年を超える築古リゾートマンションの買い手を探すのは至難の業です。そのうえ、今回のケースは「共有名義」という最悪の足かせがついています。
不動産の共有名義における注意点
共有物全体の売却や処分を行うには、名義人全員(またはその相続人全員)の合意が法律上必須となります。つまり、見ず知らずの亡くなった釣り仲間の相続人を一人ずつ探し出し、全員から実印をもらわなければ、売ることができないのです。
「とりあえず、まずは兄さんに相談しないと……」
地方で働くお兄さんの困惑する顔を思い浮かべながら、タツヤさんはスマホの画面をタップしました。その指先は、焦りと不安で心なしか震えていました。
問題先送りのツケを支払わされる次世代
タツヤさんのようなケースは、決して特異なケースではありません。バブル期に購入したリゾート会員権やマンション、使わなくなった別荘地、あるいは昔流行した「原野商法」で騙されて購入した山林など、負の遺産を抱え込んでいる親世代は非常に多いのです。筆者の親族や知人にも、「相続の手続きをして初めて発覚した」という頭の痛い話が一つや二つでは収まりません。
それが親だけの名義ならまだしも、今回のように親族でもない当時の仲間同士での共同所有となると、問題の難易度は跳ね上がります。
さらに現代においては、制度面の変化も無視できません。2024年4月から「相続登記」が義務化され、不動産の相続を知った日から3年以内に登記申請をしなければ、過料を科される可能性が出てきました。もはや「面倒だからとりあえず放置する」という逃げ道は塞がれているのです。
多くの現役世代は、自身の資産形成には熱心ですが、相続を想定した親の資産まではなかなか気が回らないものです。しかし、場合によってはタツヤさんのケースのように、知らない間に「終わらない出費が続く負の資産」のバトンが、自分たちの手元へ引き継がれようとしているかもしれないのです。きょうだいがいる家庭では、争いを生む火種にもなりかねません。
親も高齢になると、考えることが面倒になり、問題を漫然と先送りしがちになります。だからこそ、親が元気なうちに一緒に「出口戦略」を考えたいところです。
なお、こうした所有者の焦りに付け込み、「あなたのリゾート物件を高値で買い取ります」などと謳って、高額な手数料や別の土地を売りつける悪質な詐欺業者がいることにも注意しましょう。一刻も早く手放したいからと安易に飛びつき、二次被害に遭うことだけは絶対に避けてください。まずは慌てず、信頼できる専門家に相談しながら、慎重に一歩を踏み出すことをお勧めします。
