小泉孝太郎、高輪ゲートウェイシティへ!父・純一郎元総理いきつけの隠れた名店について語る
本日6月2日(火)の『日本探求アカデミックバラエティ 火曜の良純孝太郎』は、『プラチナファミリー 華麗なる一家をのぞき見』との合体2時間スペシャルで放送される。

『火曜の良純孝太郎』では、MCコンビの石原良純と小泉孝太郎が、最新都市・高輪ゲートウェイシティへ。街の歴史と未来をめぐる大冒険に繰りだす。
まずは、高輪ゲートウェイ駅を探訪する2人。
世界的建築家・隈研吾氏が手がけた駅舎は、木材を基調にした開放的な空間と折り紙や障子を思わせる和のデザインが、古(いにしえ)と未来の融合を感じさせ、2人は感動する。

その後、高輪ゲートウェイシティを訪れた2人は、犬型ロボット、自動運転車両、空気中の水蒸気から飲料水を作る装置、3Dフードプリンターなど最新技術に次々遭遇。
自動走行モビリティにも搭乗してみた2人は、街にあふれる“未来”を体感して…。

地上150メートルの空中庭園からは、東京湾方面や線路群、新幹線の引き込み線まで一望でき、良純はまたしても大興奮。
良純はさらに、品川駅のホームから操車場を眺めていた少年時代、「線路をたどれば自分の街につながっている」という感覚を覚えたと語り、それが鉄道好きになった原点だと打ち明ける。
◆高輪の知られざる歴史をひも解く!
空中庭園の展望スペースで良純が特に注目したのは、眼下に残る“石垣”。それはかつて、“高輪大木戸”が存在した史跡だというのだ。
大木戸とは、不審者の侵入や犯罪を防ぐために設けられた門のこと。高輪は江戸時代、東海道から江戸へ入る玄関口であり、まさに“江戸へのゲートウェイ”だったことが明らかに。

さらに、良純は現在の高輪ゲートウェイシティ一帯が、かつて海だったことを解説。明治時代、日本初の鉄道が新橋〜横浜間に開通した際、この高輪エリアはまだ海だったため、海の上に石垣を築き、その上に線路を敷いた“高輪築堤”が造られたと話す。
その遺構は再開発工事中に発見され、東アジア初の鉄道遺跡として“国史跡”に指定されたが、いったいなぜ、わざわざ海の上に鉄道を敷いたのか?

最後、複合型ミュージアム“MoN Takanawa”では、江戸時代、高輪が“月見の名所”だったことにちなんだ“月見テラス”や足湯・足水スポットに立ち寄った2人。
最先端の街でありながら、歴史とくつろぎを感じさせる高輪ゲートウェイシティの奥深さに「新しくできた街だから人にやさしい工夫がたくさんあった」(良純)、「人が集まる理由、よくわかりました。居心地いいですもん」(孝太郎)と感嘆の声を上げていた。

途中、孝太郎は高輪・品川エリアが子どもの頃からなじみのある場所だと告白。
かつて高輪にあった議員宿舎の思い出や、父・小泉純一郎元総理の行きつけの隠れた名店について語る場面も。
一方の良純も、小学生時代、品川を経由して通学していた思い出を明かし、2人は最新都市へと進化した街にそれぞれの記憶を重ねていた。
“江戸の玄関口”から世界中の人々が訪れる“日本の玄関口”へ――過去と未来をつなぐ街・高輪ゲートウェイシティをめぐる発見満載の大冒険に注目だ。
