ロマンス詐欺の“教典”として再び脚光…マチアプで獲物を探す詐欺師が「頂き女子りりちゃん」のマニュアルを絶賛する理由
第2回【「ロマンス詐欺」被害の3割は“マッチングアプリがきっかけ”…やっと出会えた理想のパートナーが「詐欺師」という悲劇の実態】からの続き──。世界で3・8億人が利用しているとされるマッチングアプリ。マチアプと呼ばれ、日本でも推定1000万人から2000万人のユーザーが利用。あらゆる世代から「普通のアプリ」と市民権を得ていると言って過言ではないが、使うほど自己肯定感が失われ、その心の隙をつくようにロマンス詐欺の狩り場ともなっているという。【井上トシユキ/ITジャーナリスト】(全3回の第3回)
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マチアプでの詐欺で再び脚光…【写真を見る】札束の写真も生々しい「りりちゃん」作成の“頂きマニュアル”の現物…数々の被害男性をトリコにしたプライベート動画も
マチアプの黎明期、アプリの実態を紹介する取材で、すでにこの手の話を聞いたことがあった。交際や結婚を前提にして、二人のためだからと交通費や宿泊費、髪のセット代、借金返済などを口実に寸借詐欺の標的にされてしまうのだ。

当時は「クヒオ大佐」の劣化版ではないかと思い(註)、使い古された手口に引っかかることに驚いた。だが、近年のロマンス詐欺は投資話を絡めて莫大な金額をせしめたり、滞納している借金や税金、家賃の支払いと偽って何度も金を巻き上げたりと、使い古しにもかかわらず被害額、手口のバラエティはむしろ増加傾向にある。
その手本として利用されているのが、かつて「頂き女子りりちゃん」として名を馳せた女性受刑者による「みんなを稼がせるマニュアル」だという。
もともと男に金も身体も搾取される側だった経験を活かし、こうだったら素直に金を出せたのにと発想を逆転させて練られたものだけあって、騙しに至る一連の流れは具体的でわかりやすく、「なるほど、それなら」と納得感が大きい。必要とされるテクニックや受け答えも、平易かつ簡潔に記されている。このあたりが、高い評価を誇るお手本たるゆえんだろう。
「頂き」とは、物理的なサービスの提供や代償を払うことなく、相手の方か進んで金を出させ搾取する行為のことだ。
完成度の高いマニュアル
「みんなを稼がせるマニュアル」は、もともと「りりちゃん」によりネットを通じて1部3万円ほどで販売されていた。それだけを聞くと、ネット上にあふれ返る胡散臭い情報商材と変わらないのではないかと勘繰るのだが、SNSのログに残る購入者による感謝の声はリアルで、評価する声の数もケタ違いだ。
その内容だが、すべてに細かく言及するのは道義的な問題があり、またかなりボリュームがあるのでその紙幅もない。かいつまんでの紹介となることを予めお断りしておく。
さて、実際のマニュアルである。
誰に向けたものかの説明からはじまる最初のページからして完成度が高く、とにかく読む者を引き込む力がある。
冒頭で、身につけて欲しい力として必要なスキルを5つ、「今以上にお金を稼ぐ力」「人の心を読み取る力」「やさしいコミニケーション(註:原文ママ)適応力」「魅力的な『助けてあげたくなる女の子』に魅せる力」「相手をガチ恋にさせる力」と簡潔に示し、どういうことかを詳細に語る。
続いて、自身の「頂き女子」としての来し方を振り返るのだが、それがそのままロールモデルの提示ともなっている。
さらには、「私がつくった頂き女子」と題して独自の実践的なノウハウであることを訴えつつ、パパ活や詐欺との差別化を図る。
圧倒的な「りりちゃん」の“熱量”
頂き女子=おぢ活のエッセンスは、以下のように語られる。
金を出して食い物にされるおぢ(おぢさん)と頂き女子の間には、金銭のやり取り(搾取)があるけれども上下関係はなく、むしろ女子はおぢにとっての輝く大切な存在感でなければならない。
ポイントは、「信頼関係構築コミットをしてあげる」「無害なガチ恋に仕立てる」「(あなたを)助けたいと(相手に)言わせて(こちらは黙って)お金を頂く」の3点であり、「詳しくみっちり頑張って書きました」。
口調は今風の若い女性のそれだが、書いてある内容は筋道も立っている。無害な相手からキラキラした大切な存在だと崇められるというのは、夜の仕事に限らず、あらゆる営業活動の理想形だといってよい。
ここまででA4用紙にびっしり3ページ分、第1章は次の4ページからだ。全10章ではA4で26ページにもなる。3万円と、おぢを騙してまで金を得ようとする境遇にいるなら決して安くはない値付けなのに1000部ほどが売れ、高評価の声が絶えず、今も実用されている。
書かれている中身はもちろん反社会的な内容なので論外なのだが、全編を通して湧き上がる「りりちゃん」の熱量には、正直、圧倒される。
本編に入ると、目標づくり、キャラ設定、ターゲットの見極め方、ポイント3点の解説と流れるように続き、おぢの育成方法、ヤバい相手に引っかかった時の対応まで、実体験に基づいて深掘りした具体例、迫真の経験談、状況ごとの対処例がこれでもかと披露される。
虐げられた犠牲者の“本音”
波風を立てないような金の受け渡し方法まで懇切丁寧に説明しているあたり、かゆいところにまで手が届く親切設計と、不謹慎ながら感心してしまうほどだ。
最後まで読み終えると、経験したことのない不思議な高揚感に包まれる。良くできたノンフィクションの趣きさえ感じた。
さんざん悪辣な騙しのテクニックを披露しておいて、締めの部分で「じじいが貯めているお金が無駄だと思って」「私がもっと意味のあるお金の使い方をしてやろう」と書きながら、最後の最後に手のひらを返すがごとく、「お金なんてだれにも必要ないです」とつぶやくように綴っているあたりにほだされてしまったかもしれない。
本当は、ろくでもない両親、それこそ女性を金蔓としか見ていないマニュアルどおりに役割を演じるだけのホスト、居場所を与えない社会、それぞれに虐げられた気の毒な犠牲者が強めに捻くれているだけなのではないか。
そう思わせる、カッコつきの本音が垣間見えた気になっていたのだ。
だが冷静に見直せば、パンクするまで推し=自分に金を注ぎ込ませるための推し活攻略本、カジュアルな仮面を被った「騙しの悪の教典」でしかない。
マチアプは“カモ”だらけ
真面目に読み込んでノウハウを身に染み込ませ、少し頭を使いながら実践すれば、本当に他人の褌だけで人生を謳歌できるかもしれない。そのターゲットは、マチアプでいくらでも見つけられる。
オーダーメイドを装っていい加減に指南されたプロフィールは、その実、誰かと似たり寄ったりのものでしかない。心をえぐられ、弱気になっているカモがマチアプにたむろし、輝いて見える異性からの声かけを渇望していることなど詐欺師はとうにお見通しなのだ。
自己肯定感の低下に悩み、ボンヤリと油断しているマチアプユーザーは、真っ先にカモとなり食い散らかされるに違いない。それこそ、ピラニアの巣に放り込まれたかのように瞬時に骨までにされてしまうだろう。
「りりちゃん」本人は、最初は失敗を繰り返して泣きながらやっていたが、うまく対処できるようになったのでもうトラブルはないと豪語している。距離を置いて連絡もまともに取らないのに、いまだに生活費として数万円を定期的に振り込んでくるおぢがいると、妙な余裕を見せながら語ってもいる。
このマニュアルに記された信頼関係構築コミットの真髄は、洗脳であり調教なのだ。だからこそ、健全な交際、幸せな結婚を目指すユーザーがカモになってはならないのだ。
マニュアルを逆の視点で読む
ところが、検索すればマニュアルそのもののアーカイブはもとより、フルサイズで転載しているブログ、解説している動画がすぐに見つかる。なかには、勝手にコピーして販売している横着者もいるほどだ。
もはや根絶が不可能なウイルスのように」「りりちゃん」がばら撒いた“悪の教典”は、今もネット上に蔓延している。野放しにしてはならないが、かといってデジタルタトゥーとなったものを完全消去するのは容易ではない。
社会的(パブリック)、家庭的(プライベート)な役割と承認を維持することで、はじめて人間は自尊心や人生の満足を実感し、自己肯定感を保つことができる。しかし、それらがなく壊れてしまいそうなところを必死に耐えている人間を、犯罪者は狙いすまして食い物にする。
「りりちゃん」だって、泣きながら耐えてやってきて悪のノウハウを身につけたんだ。多くの犯罪者の役に立つマニュアルを、みっちり頑張って書いたんだ。真に受けるのではなく、マニュアルの内容を逆方向に読み直してエッセンスだけをいただけば、悪の教典も善の一助となるかもしれない。
マチアプユーザーにおかれては、くれぐれも油断めされぬよう。
なぜ普通のマチアプユーザーは詐欺師にダマされるのか。それはアプリを使い続けると自己肯定感が下がるからだという。
第1回【私って誰からも相手にされないんだ…「マッチングアプリ」で“自己肯定感”をサゲる人が急増中 倫理観の高いユーザーほど真剣に悩んでしまう「マチアプ」のメカニズムとは】では、マチアプで心を削られていく普通の男女について詳細に報じている──。
註:「アメリカ軍に所属する戦闘機パイロットのクヒオ大佐」と称した結婚詐欺師が1970年代から複数の被害者から金銭を騙し取り、世間の注目を集めた事件。被害総額は1億円に達するという報道もある。
井上トシユキ(いのうえ・としゆき)
1964年、京都市生まれ。同志社大学文学部卒業後、会社員を経て、98年からジャーナリスト、ライター。IT、ネット、投資、科学技術、芸能など幅広い分野で各種メディアへの寄稿、出演多数。
デイリー新潮編集部
