話題作「ママと神さまとシルヴィ・バルタン」にご本人が出演…「レナウン・ワンサカ娘」「アイドルを探せ」日本でも人気を誇った歌姫の現在
シルヴィ・バルタンと聞いて、ジ〜ンとくる日本人は、現在60〜70代以上だろう。「アイドルを探せ」(1964)を皮切りに、「あなたのとりこ」(1968)、「悲しみの兵士」(1970)などの世界的ヒットを次々と生んだフランスの大歌手だ。日本でいえば、美空ひばりのような「フレンチポップスの女王」である。
1944年生まれで、今年82歳になる。そんな彼女の元気な姿が、いや、それどころか歌唱姿まで見せてくれる、映画「ママと神さまとシルヴィ・バルタン」(ケン・スコット監督、フランス・カナダ合作、2025)が5月15日から公開される。
いまの若い方は、シルヴィ・バルタンと聞いても、ピンとこないかもしれない。映画紹介の前に、日本といかに縁のある歌手かをご紹介しておこう。

「変わらない!」…御年81歳のシルヴィ・バルタンが歌う! ファンにはたまらない彼女の姿
レナウンのTVCMソングで大人気に
「シルヴィは、日本では、映画主題歌『アイドルを探せ』(1964)と、レナウンのTVCMソング(1965)で決定的な人気を確立しました」と、当時を知る音楽ジャーナリスト氏が解説する。
「『アイドルを探せ』の原題は、《La plus belle pour aller danser》(踊りに行くいちばんきれいな娘)なのですが、彼女がワンシーン出演し、この曲をうたう映画『Cherchez l'idole』(アイドルを探せ)のタイトルが、そのまま邦題曲名になりました。よって曲名と内容は無関係です。歌詞は〈今夜のダンスパーティーでは、美しく踊って、彼の心をとらえたいの〉という可愛らしい内容で、フランスで11週連続第1位。日本でも当時の洋楽ランキングで第1位となる大ヒットでした。中尾ミエやhitomiなど多くの歌手がカバーしています。のちに吉田まゆみのマンガのタイトルになり、菊池桃子主演で映画になったほか、TVではおなじタイトルのバラエティ番組がいくつか登場しました。それほど、後年まで影響を与えた曲です」
作詞はシャンソンの大御所シャルル・アズナヴール、作曲は彼の義弟で映画音楽を多く書いた、ジョルジュ・ガルヴァランツ。実は、このコンビとシルヴィの3人には、強固な“共通項”があったという。
「3人とも、アルメニア系なんです。アズナヴールの本姓は〈アズナヴリアン〉、シルヴィの本姓は〈バルタニアン〉。ともに姓の最後に〈アン〉(ヤン)とつく、アルメニアに多い名前です。シルヴィはブルガリア出身のアルメニア系で、幼少期にフランスに移住しました」
アルメニア人は、19世紀末〜20世紀初頭、オスマン帝国(現トルコ)によるジェノサイドで、最大150万人が虐殺されている(ただし、トルコは“計画的虐殺”の事実を否定)。
「このとき、多くのアルメニア人が世界各地に“脱出”し、フランスにも多く流入。アルメニア系が一大勢力となり、現在約50万人いるといわれています。フランスでは、アルメニア人虐殺の事実を否定すること自体が罪に問われるほどです。『アイドルを探せ』も、最初はアルメニア系コミュニティから火がついたともいわれました」
もうひとつの、レナウンのTVCMソング「ワンサカ娘」とは。
「アパレル企業レナウンの、初期TVCMソングです。1961年、小林亜星さんが作詞作曲しました。まだ当時、亜星さんはヒット曲がなく、妹さんがレナウン宣伝部にいた関係で実現した、彼の出世作です。初代歌手は、ムッシュかまやつ。以後、弘田三枝子をはじめ多くの歌手がうたい継いでいます」
1965年、「アイドルを探せ」を大ヒットさせていたシルヴィが初来日した。
「このときレナウンのTVCMに出演し、日本語で『ワンサカ娘』をうたいました。いまでもYouTubeに映像が残っています。この曲は歌詞のなかに〈イェイ、イェーイ〉という合いの手があります。彼女はデビュー時、英語ポップスのフランス語カバー専門で、“イェイェ歌手”と呼ばれていました。ビートルズの『She Loves You』のなかの〈yeah, yeah, yeah〉の〈ヤーヤー〉がフランスでは〈イェイェ〉とうたわれたのがきっかけです。たまたま『ワンサカ娘』にもおなじ響きの歌詞があるので、ドンピシャで起用されたわけです」
というわけで、シルヴィは、「ワンサカ娘」と「アイドルを探せ」がきっかけで、日本でも人気となり、以後、大の親日家として、毎年のように来日するようになった。
「もうひとつ、人気の理由は、前歯が“すきっ歯”だったことです。2本の前歯の間にすき間があるのは、フランスでは“幸福が入ってくる歯”と呼ばれ、愛らしさの象徴でした。また、彼女は眉毛が薄めで、時折、眉なしに見える。これが、日本の能面のようで、どこかエキゾチックなイメージを醸し出していたのも、ヨーロッパ人には魅力だったようです」
「若き日のシルヴィ」が登場!?
さて、肝心の映画である。先に試写で鑑賞した、シルヴィ世代だという映画ジャーナリスト氏に解説してもらった。
「邦題『ママと神さまとシルヴィ・バルタン』は、原題『Ma mere, Dieu et Sylvie Vartan』の直訳です。原作は、弁護士で人気ラジオ・パーソナリティ、ロラン・ペレーズ(1963〜)が2021年に刊行した同名の自伝小説。つまりほぼ実話の映画化です。フランスで昨年3月に公開されると、150万人動員の大ヒットとなり、公開2週目には興行成績第1位となっています」
舞台となるのは、パリに住むモロッコ系の一家。
「1960年代の話です。6人きょうだいの末っ子、ロランは、生まれつき内反足で、自力で歩くことができません。手術もうまくいかず、医師は歩行補助具の着用を勧めます。しかし強気でパワフルなママは、『そんなものを付けたら、一生、自力で歩けない。必ずわたしが治してみせる』と、いじめを恐れて学校へも行かせず、民間療法や神頼みなど、懸命に治療の道を探ります。前半は、このママの猪突猛進の溺愛ぶりが見どころです」
ママを演じたレイラ・ベクティは、アルジェリア系フランス人。撮影時40歳前後だったが、若いころから老年までを、特殊メイクもつかいながら、見事に演じきった。
「最終的に、ママの愛で困難を乗り終えたロランは歩けるようになり、感動のラストがやってくる……タイトルからして、たぶんシルヴィ・バルタンから励ましのメッセージか何かが届き……と、誰もが思いますよね。残念ながら、そんな単純な映画ではないのです。そこが、本作の最大の魅力です」
治療が進捗せず、家のなかに閉じこもりっきりのロランは、あるとき、シルヴィ・バルタンを知り、大ファンになる。
「レコードを聴きまくり、TVは欠かさず観て、雑誌や新聞記事もすべて集め、まさにシルヴィが生きがいのようになります。遅れていた読み書きはシルヴィの曲の歌詞で学びます。自分もすきっ歯になりたくて、前歯の間をマジックで塗ってニセのすき間をつくったりします。おかげで、ロランはくじけることなく、さまざまな治療にも耐え、見事に歩けるようになるのです。それが、上映時間102分のうち、はやくも40分あたりです」
なんと、誰もが感動のラストだと思っていたシーンが、あっという間にやってくるのだ。シルヴィのメッセージも、来ない。
「ここで観客は、どうもこのあと1時間、別のドラマがあるようだと気づきます。歩けるようになっても、ママの溺愛はおさまらず、物語(実話)は意外な展開をたどります。学生になり、“シルヴィおたく”として知られるようになったロランのもとへ、音楽雑誌が、シルヴィへのインタビューを依頼しにくるのです。ついに夢がかなう……ロランは緊張しながら、シルヴィに会います。大スターに許された時間は、たった10分間」
このシーンは、誰もが驚くだろう。「30代後半ころのシルヴィ」がスクリーンに登場するのだ。
「わたしもシルヴィ世代ですから、このシーンには息を呑みました。貫禄も十分で、彼女はプルーストの文学論を語ります。資料によると、顔立ちの似た女優さんにメイクをほどこし、あとでCG修正をくわえて、若き日のシルヴィを再現したのだそうです。それにしても、あまりにリアルなので、呆然となりました」
このあと、ロランの人生はどうなるのか、ママの溺愛はおさまるのか……ここからあとは、スクリーンでご確認いただきたい。そして……。
シルヴィ=バルタン星人説の真相?
「ちょっとネタバレしますと、後半、現在のシルヴィ本人が登場します。撮影時79歳くらいのはずですが、実に美しい、とても老人とは呼べない“おとなの女性”で、またまた驚かされます」
そんな現在のシルヴィが、劇中で「うたう」のだ。
「あるプライベートなパーティーでの場面ですが、『初恋のニコラ』をうたいます。彼女は、完全引退は表明していませんが、本格的なコンサート活動は終了しているので、ここは貴重な映像です」
「初恋のニコラ」(1979)は、故郷に残してきた初恋の少年ニコラがいまどうしているかを懐かしむ、せつない名曲である。日本では、天地真理がカバーした。
「なぜ、このシーンでうたわれるのが『初恋のニコラ』なのか。字幕に訳詞は出ませんが、歌詞がわかるフランス人は、みんな涙を流したと思います。このシーンは、パーティーに同席している、年老いたロランのママがポイントです」
というわけで、かつてのシルヴィを知る世代のみならず、母子ものとしても老若男女が楽しめる感動の映画である。
最後に、おなじみのシルヴィネタを。
「以前より、ウルトラマンに登場する〈バルタン星人〉の名前が、シルヴィ・バルタンから付けられたといわれてきました。確かに初登場の1966年は、シルヴィ人気の真っ最中でしたから、監督・脚本の飯島敏宏氏がシルヴィのファンで命名したのだ、と長く噂されてきました」
だが、真実はどうもちがうようである。
「〈バルタン星人〉は、故郷の星が戦争で住めなくなったので、難民として宇宙をさまよい、地球にやってきました。そんな設定を、当時、紛争が絶えず“ヨーロッパの火薬庫”といわれていた〈バルカン半島〉にたとえて命名したのだそうです。ただ、〈バルカン星人〉では、あまりに直截すぎるので、すこし変えて〈バルタン星人〉にした。しかし、宣伝的にはシルヴィ・バルタンから命名したとするほうが話題性があるので、あとづけで、そういうことになった――どうも、これがほんとうのところのようです」
とはいうものの……2013年のシルヴィ来日リサイタルで、舞台上にバルタン星人が登壇し、花束を贈呈しているのだ。
「あのときバルタン星人は(通訳を通じて)『お会いできてうれしいです。わたしは 《あなたのとりこ》なんです』とメッセージをおくり、シルヴィは『こんな家族がいるなんて、知らなかったわ』と苦笑していました。名前の由来がバルカン半島でもかまいませんが、あの微笑ましい光景のひとときだけは真実だったと、いまでも信じたいですね」
「ママと神さまとシルヴィ・バルタン」5月15日(金)より全国ロードショー
(C)2024 GAUMONT ー EGERIE PRODUCTIONS ー 9492-2663 QUEBEC INC.(FILIALE DE CHRISTAL FILMS PRODUCTIONS INC.) ー AMAZON MGM STUDIOS
配給 : クロックワークス
森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。
デイリー新潮編集部
