小6で死を決意→高校中退&ホスト暮らし→20歳で大麻所持で逮捕…集団行動が決定的に苦手だった男性(27)を孤立させた“母親の蹴り”と“学校の絶望”〉から続く

「薬をやめたい」「今から死にます」

【写真】1年後に逮捕される19歳の頃、イケメンすぎるキマノーさん。小学生の時のかわいい姿や裁判に出廷した坊主頭、薬物使用中に書いた判読が難しいノートも…

 10代から60代まで、日本中の薬物依存に悩む人から相談メッセージが寄せられるXアカウント「キマってるときのノート」、通称キマノー。

 運営者のキマノーさん(27)は自分の人生について「レールを外れた」という。キマノーさんが小学生時代に“自殺未遂”を経験し、大麻と出会い21歳で逮捕されるまでの話を聞いた。(全3回のうち2回目)


左)母親が成人式用に用意してくれたスーツで大麻事件の裁判に出ることになったキマノーさん

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――小学6年生の時に「死のう」と思って掲示板に最後の挨拶をしたのですね。

キマってるときのノート(以下、キマノー) そうなんです。でも僕が「いままでありがとうございました」と書き込むまでみんなはオフ会の話題で盛り上がっていました。「今から死にます」となかなか言い出せずにいるうちに話が進んで、掲示板のリーダー的な存在だった自称・女子大生が「3週間後の土曜のお昼に、所沢駅西口に集合」と言い出しました。家から所沢までは自転車で行ける距離だったので、オフ会までは死ぬのを延期したんです。

女子大生と、女子中高生と、ミリオタ男子と、小学生

――オフ会へは実際に行かれたんですか?

キマノー 自転車に乗って、所沢駅まで行きました。集まったのは僕を含めて全部で5人で、いわゆるメンヘラ系の女子中高生が3人と、ミリオタのひょろっとした男子が1人。最後に自称・女子大生がやってきて、小学生の僕は最年少でした。

――小学生と大学生だとかなり年齢差がありますが、どんなことをするんですか?

キマノー 自称・女子大生が1人暮ししてたボロアパートに集まって、だらだらしゃべるのがほとんどでした。みんな北関東のあたりに住んでいて、僕は家から自転車で20分くらいだったので月1くらいでは行っていた気がします。いちおう小説コミュニティだったのでお互いが書いた“駄文”を見せあったり。

 自称・女子大生のことは師匠と呼んでたんですけど、師匠は外国のお菓子を作りながらその蘊蓄をずっとしゃべるので、それにメンヘラ女子高生が「話が長えよ!」とツッコんで、ミリオタ男子は砥石で包丁をひたすら研いでいる……みたいな空間でした。

――居心地は良かった?

キマノー 僕が最年少だったこともあってか、みんな優しかったですね。学校とか家のことは誰も聞いてこなかったし、僕も聞かなかった。家や学校よりはかなり居場所感があったと思います。

――学校や家とは違う自分でいられた。

キマノー 一度、師匠が「世の中めちゃくちゃにしようぜ」って言い出して、自作の“爆弾”を作ったこともあります。当時は2ちゃんねるとかでアングラが流行っていて、それを見ながらドラム缶に卵とかガソリンを混ぜました。「せーの」で貯水池に投げたら、導火線の火がパーンと炸裂して。暗闇の中、火花が弧を描いて落ちていく様は今でも忘れませんね。

――危ないですね……。リーダーだった女子大生の師匠はどんな人だったのでしょう?

キマノー 人の感情を扱うのがうまい、という印象でした。僕が小学校の卒業文集に過去に受けたいじめのことを書いたら担任に見つかって反省文を2時間書かされたあげく、“提出用”に卒業文集も書きなおさせられたことがありました。

 師匠にそれを話したら、「じゃあ担任がブタにケツを掘られる短編を書こうぜ」って。そうやって感情のエネルギーを別の方向に切り替えるのがうまくて、何度も救われました。

「僕の初体験も師匠が相手でした」

――小学生にとって大学生はものすごく大人に見えそうです。

キマノー 僕の初体験も師匠が相手でした。師匠の部屋に遊びに行って、話してるうちに寝てしまったことがあったんですけど、ハッと気付いたら師匠が僕の上に覆い被さってこっちを見ていた。目があうとニッと笑って「あ、そういうことね」と僕もわかりました。

――何歳の時でしょう?

キマノー 僕が中学1年生だったので、いま思えば完全に犯罪ですよね。それで僕の中で性的な行動のハードルが下がって興味もあったので、ネットで知り合った女の人の家に行ったりするようになりました。中には母親と同い年の人もいたりして驚きましたけど。

――その人たちと付き合っていたのですか?

キマノー そういうわけでもなかったんだと思います。恋愛的には中学校の頃には小学生の時の仲良しグループの1人と付き合うようになっていたので、そちらは親も公認だし、勉強もできるいい子だったのでプラトニックに仲良くしていました。

 でも一方でネットで出会った師匠や女の人とは会ってセックスしている。2つの人格が完全に分かれている状態でした。

――中学校にはなじめていたんですか?

キマノー 無理でしたね。相変わらず空気を読んだりできなかったのに、彼女がいてネットで年上の人と会ってるという余裕で変に悪ぶってたし、浮いてたと思います。小説も書いてたんですけど、ブログで本やサイトで調べた大麻のことを書くようになったのもこの頃でした。

「大麻ブログ」が学校にバレていきなり校長室に呼び出し

――大麻に興味を持ったきっかけは?

キマノー 親族で唯一僕をかわいがってくれた父方の祖母が中学に入る頃に亡くなって、その遺品の中にあった『毒草の誘惑』という本に大麻のことが書いてあったのが最初だと思います。そこから国会図書館に行って調べたり、海外の研究論文を中学生なりに翻訳してブログにまとめてたんです。

――誰が読んでいたんですか?

キマノー 学校でも同級生の何人かには教えていました。悪ぶりたい年頃だし同級生は大受けで、ブログきっかけで話す人も増えました。

 ただ評判になりすぎて同級生の親にも伝わってしまって、学校に大麻ブログの存在がバレて中3の夏にいきなり校長室に呼ばれました。

――中学生の大麻ブログは確かにぎょっとしますよね。

キマノー それで放課後に校長室の扉を開けたら中には6人の大人がずらっと並んでました。校長、副校長、学年主任、生活指導主任、担任、それに母親というオールスター状態。部屋の床一面に自分のブログを印刷した紙がダーッと並んでて、「これは何だ、すぐに消せ」と。母親はその横で泣いてました。

――ブログは削除したんですか?

キマノー 僕もムキになっていたので「何が悪いんですか?」「図書館で調べたんですけどどこが間違ってるんですか?」と折れませんでした。「大麻が良いわけないだろ」と怒鳴られましたけど、最後は先生たちが諦めるような感じでした。

――母親は何と?

キマノー 家に帰ってきてからも母親にブログを消すように頼まれたけど、拒否しつづけていたら最後は「あなたとはもう話さない」と突き放されました。それでも食事の用意とか家事はしてくれましたけど、会話はそれから10年くらい本当にしませんでしたね。

――完全に家の中に居場所がなくなった。

キマノー さらに近いタイミングで、今度は師匠と急に連絡が取れなくなりました。最近ブログにいないなーと気になって電話したらつながらず、心配になってアパートに行ったらもぬけの殻でした。カーテンも無くなって中が丸見えで、みんなで囲んだ古びたちゃぶ台もミリオタ男子が研いだ包丁も何もかもなくなってました。さよならとか置き手紙もなく、ふっと消えてしまいました。

――予兆はあったんですか?

キマノー 少なくとも僕は何も感じられませんでした。師匠がリーダーだったから他のみんなともだんだん連絡を取らなくなってコミュニティは自然消滅しました。

高3の夏休み、はじめての逮捕

――学校になじめず、家では会話がなく、ネットの居場所も失ってしまうのは辛そうです。

キマノー その辺りから自暴自棄というか、「どうでもいい」感じが強まっていったんだと思います。高校は手に職をつけないとと思って、調理師免許が取れる農業高校の食物科に進みました。同級生とも気が合って割と楽しかったんですけど、高3の夏休みに逮捕されてしまって。

――何があったんでしょう?

キマノー 海釣りの帰り、巡回中の警察官に職質されたんです。その時カバンの中に魚をさばく用のでっかいナイフが入っていて、のらりくらり適当に答えていたらその場で逮捕。数日間、留置場で臭い飯を食いました。

 厳重注意で済んで家に帰ったんですけど、母は泣き叫んでいるし僕も何をする気もわかなくなって、学校に行く時間になっても起き上がれずにずっと寝てるようになりました。

 当然学校の単位が足りなくなって留年が確定して、担任も同級生も引き止めてくれたんですけど、無理だなと思って高3の9月に退学しました。その頃に、中学校の時から付き合っていた彼女にもついにフラれて、いよいよ全部なくなった感じでした。

――その後はどうしていたんですか?

キマノー 18歳以降は、適当に釜飯屋で調理バイトをやったり、歌舞伎町でホストをやったりフラフラしてました。ホストクラブは酔っぱらったキャバ嬢や風俗嬢が明け方まで飲み潰れてから来るような店で、大麻や薬物の実物を初めてみたのもその頃でした。

――だんだん大麻が近づいてくる。キマノーさんが使うきっかけはどんなことだったんですか?

キマノー 中学生の時から大麻に興味はあったし、ホストクラブの時も「やる?」と何度も誘われたんですけど断り続けてました。実際に使ったのは、地元に戻ってからでした。

大麻の話から「今度持ってきてやろうか?」と言われ…

――地元で?

キマノー 母親に頭を下げて実家に戻って、釜飯屋でバイトをしてたんですけど、ある日バイト帰りに公園の横を通ったら名前を呼ばれて。振りかえったら中学校の同級生でした。

 見たことのある顔が何人かいて、みんな頭が金髪で鳶職が着るでっかいニッカポッカ姿。高校を卒業して、建物の解体とか水道工事の仕事をやってるみたいでした。

「久しぶり」とか言いながらコンビニで買ったカップ酒を飲みながら中学の時の話で盛り上がってたら、「お前、大麻のこと書いて校長室に呼び出されてたよな」という話になりました。「あのブログはまだ消してない」と答えたら大ウケして、「で、どうなの? やってんの?」と聞かれたので首を振ったら、「今度持ってきてやろうか?」って。

――今度は断らなかったんですか?

キマノー いつか自分が手を出しそうだという感覚は正直ずっとあったんです。ホストの時はなぜか断れていたんですけど、この時は気づいたら「やる」と言ってました。

〈「傷だらけのアルファードが大音量で舐達磨を…」元大麻中毒者の男性(27)が受けた“当然すぎる職務質問”と、ムダだった“最後のあがき”の結末〉へ続く

(遠山 怜)