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円安は「日本売り」のせいなのか? 財務省の最新統計を解剖すると、私たちの生活が「iPhoneを使い、YouTubeを観て、海外株をNISAで買う」という形に変わった結果であることがみえてきました。為替の真実をデータから読み解きます。

「モノの輸出」では勝てない…変化する貿易構造とデジタル赤字

「日本は稼ぐ力を失った」と言われることがあります。しかし、実態は単純な衰退ではなく、経済構造が劇的に変化しているのです。その変化を冷徹に映し出しているのが、国の家計簿ともいえる「国際収支」の統計です。

国際収支とは、一定期間における一国と他国(居住者と非居住者)との間で行われた経済取引の記録です。大きく分けて、経常収支、金融収支、資本移転等収支の3つで構成され、為替の実需に最も深い関わりを持つのが「経常収支」です。

かつての日本は、自動車や家電製品を海外に売って外貨を稼ぐ「貿易黒字国」の代表格でした。輸出企業が海外で得たドルを円に換える「円買い」が恒常的に発生し、それが円の価値を支える大きな要因となっていたのです。しかし、近年の統計はこの前提が過去のものとなったことを示しています。

財務省『令和7年中 国際収支状況(速報)』を確認すると、日本の貿易収支は8,487億円の赤字でした。前年比では2兆8,115億円の赤字幅縮小となり、エネルギー価格の下落などを背景に、モノの貿易収支は赤字幅を縮小したことがわかります。とはいえ、引き続きモノの取引は円売り要因となっています。

さらに注目されるのがサービス収支です。これは輸送、旅行、通信、金融などの目に見えない取引を指します。2025年のサービス収支は約3兆3,928億円の赤字を記録しました。その背景にはデジタル関連支払いの増加があります。

米国のIT企業が提供するクラウドサービス、オンライン広告、ソフトウェア利用料などは、「通信・コンピューター・情報サービス」や「著作権等使用料」として計上されます。これらの支払いは企業・個人の日常的な活動に組み込まれており、継続的に外貨需要を生み出す要因のひとつとなりました。

一方で、訪日外国人の増加により旅行収支は黒字化していますが、デジタルサービスや専門サービス(特許料、コンサルティング料など)への支払い拡大が続いています。こうした構造の変化により、モノの輸出による「円買い」が相対的に弱まる一方、サービス取引を通じた外貨需要が定着しつつあると考えられます。

第1次所得収支の黒字という「埋没した外貨」

貿易収支やサービス収支が赤字傾向にある一方で、日本の経常収支全体は、2025年において31兆8799億円という大幅な黒字を維持しています。これは日本が「世界で最も稼いでいる国」のひとつであることを意味しており、この黒字を支えているのが「第1次所得収支」です。

第1次所得収支とは、日本の投資家が海外の証券投資から得る利子や配当、あるいは日本企業が海外の子会社から得る収益などを指します。2025年の第1次所得収支は41兆5,903億円の黒字に達しており、過去最大級の水準にあります。

理論上は、これほど巨額の黒字(=外貨の獲得)があれば、円高圧力がかかるはずです。しかし、実際には円安が進行しています。ここには統計上の「再投資」という仕組みが関係しています。

財務省の定義によれば、海外子会社が稼いだ利益のうち、日本に送金されずに現地で再投資された分も、第1次所得収支の黒字として計上されます。しかし、現地で再投資される以上、実際の為替市場で「ドルを売って円に換える」という取引は発生しません。

つまり、統計上の「黒字」が必ずしも「円買い」に直結していないのです。日本は海外で稼ぐ力を維持しているものの、その稼ぎが国内に還流せず、為替市場において円を下支えする力になっていない状況がデータから見て取れます。

金融収支が映し出す「資本の逃避」ではなく「投資の選択」

次に、お金がどこへ投資されたかを示す「金融収支」に目を向けます。2025年の金融収支では、対外資産が32兆7850億円増加しています。

このなかには、日本企業による海外企業の買収(直接投資)だけでなく、個人による海外証券投資も含まれます。特に近年の傾向として顕著なのが、新NISA制度などの普及に伴う個人マネーの海外流出です。

日本の家計が保有する現預金の一部が、投資信託などを通じて米国株などの海外資産に向かう際、そこでは確実に「円売り・外貨買い」が発生します。これは特定の投機筋による「日本売り」という一時的な動きではなく、日本の居住者が自らの資産形成のために、より収益性の高い投資先を選択した結果であるといえます。

財務省の「本邦対外資産負債残高」を見ても、日本の対外資産は増加の一途をたどっています。これは日本が世界最大の純債権国であることを示していますが、同時に「国内よりも海外に投資機会を求めている」という実態を裏付けるものでもあります。

以上の統計を踏まえると、現在の為替動向は次の3点に整理できます。

1.実需の変化:貿易黒字が定着しにくい中、デジタルサービスの利用拡大により、継続的な外貨需要が生まれている。

2.還流の欠如:第1次所得収支の黒字の多くは海外で再投資され、為替市場での円買いに結びついていない。

3.資産配分の変化:法人・個人ともに海外投資を拡大しており、その過程で円売りが発生している。

国際収支統計は、日本経済が「モノの輸出で円を買う構造」から、「海外で得た収益や資金を海外で運用する構造」へ移行していることを示しているといえるでしょう。為替を考えるうえでは、こうした統計を通じて「実際の資金の動き」を捉えることが重要です。