よみがえれ鯛車、新潟の町を染めた明かり 途絶えたお盆の風景、復活へのプロジェクト

竹と和紙でできたタイに明かりをともす、新潟県の旧巻町(現新潟市)で親しまれた郷土玩具「鯛車」の文化を取り戻そうと、同市の会社員野口基幸さん(44)が活動を続けている。2005年から開いている制作教室は、国内外に広がり、これまでに約1500台が完成。かつて使っていた地域の全世帯分を作り「町が明かりで真っ赤に染まる風景をよみがえらせたい」と語る。(共同通信=石黒真彩)
骨組みとなる竹ひごを土台に取り付け、和紙を貼り、ろうや絵の具で塗って作る。中にろうそくを立て、江戸時代からお盆の墓参りで子どもがちょうちん代わりに引いて歩く風習があった。1990年代に唯一の職人が亡くなり、生産が途絶えた。
旧巻町出身で、小学2年の時に鯛車を引いた野口さん。2003年、大学の卒業制作で作ることを思いついた。実家にあった鯛車を分解し、図面を引いた。
同時に出品したポスターに「鯛車、復活。」とキャッチコピーを入れたところ、実際に復活を望む声が寄せられ、追加で10台を制作。祭りで子どもが引く姿を見て、プロジェクトを立ち上げた。
「作り手が増えればなくならない」と考え、制作教室を始めた。地元で年2回開くほか、声がかかった長野や東京、新潟市の姉妹都市・米国の南部テキサス州ガルベストンにも定期的に出張する。
2012年からはセレクトショップのビームスの事業「BEAMS JAPAN」のレーベルからお盆の時期に販売。「地元の人たちに良さを気づいてほしい」と活動は国内外に広がる。お盆には毎年、地元で鯛車を貸し出している。
目標は、かつて使っていた地域の約5千世帯分の鯛車を作り、町を染め上げることだ。数年前、小学生の頃に作り方を教えた男性が帰郷し、活動に加わった。教室にはリピーターも多く、教える側に回る人もいる。この20年間で制作したのは約1500台。野口さんは「僕が生きている間には無理かもしれないけど、つないでくれる人がいれば、きっと5千台も達成できる」とほほ笑んだ。



