統合失調症と思しき症状が現れてから25年間、精神科を受診できなかった姉。病気を認めず、南京錠をかけて姉を家に閉じ込めた両親。自身の家族にカメラを向けた藤野知明監督によるドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』が書籍化されました。

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 映画と同様に大きな話題を呼び、今年1月の刊行以降、版を重ね続けている書籍『どうすればよかったか?』の著者・藤野さんと、〈ケアをひらく〉シリーズの編集を通して長年ケアの問題に関心を持ってきた白石正明さんが、本作について率直に語り合った特別対談を公開します。

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藤野知明さん、白石正明さん ©三宅史郎/文藝春秋

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この本には重大なことがいくつか書かれていた

白石正明さん(以下、白石) 1月29日に、書籍『どうすればよかったか?』が発売されました。すごく面白かったです。映像にはものすごいインパクトがあって、強い力を持っていると思うんですが、その背景を説明してくれる書籍だと思いました。図(映画)と地(書籍)の関係、といってもいいと思います。藤野さんはうなずかないかもしれませんが、僕はドキュメンタリーって、書籍とセットで考えるのが本来の形なんじゃないかとすら思っているんです。

藤野知明さん(以下、藤野) 情報量が違いますよね。映画は、本のページで換算すると、50ページから100ページくらいしかないという気がしています。

 ただ、映像にはライブ感がありますよね。同じ言葉だとしても、それがどういう間で、強さで、表情で発されているのかわかる。そうすると、どれだけ考えているのか、嘘を言っているのかがわかったりします。言葉以外の情報がいっぱいある。映像と本では、理解するときの道が違うような気がします。どちらかが陸上だとしたら、もう一方は川を通る船のような。

白石 この本には、同題のドキュメンタリー映画には映っていなかった、重大なことがいくつか書かれていましたよね。それがわかってさらに深みが増したように思いました。例えば、お父さんが向精神薬をお姉さんに服用させていたらしい、ということが書かれています。

藤野 父に繰り返し聞いたら、2000年を過ぎてから「そういうことがあった」と認めました。僕は薬そのものを見ているわけではないのですが、具体的な薬物の名前も言っていましたし、事実だったといってよいのではないかと思っています。ただ、映像としては撮れませんでした。

白石 その様子を撮ろうと思ったらお父さんが動作を止めた、と本にも書いてありました。お姉さんのお茶に液体を入れていたんですよね。お父さんは言葉では「全く問題ない」と言っていたそうですが、お姉さんが統合失調症だという認識を持っておられたということになりますよね。

藤野 何十回、何百回と姉が病気ではないかという話をし続けてきたのですが、2008年になってようやく、父は姉の受診を認めました。それが父としての限界だったのだという気がします。姉は内臓の疾患も抱えていたので、時間的にも、もう猶予がないというタイミングだったと思います。

白石 お母さんが認知症になられていたことも大きかったんでしょうね。

藤野 母は結局一度も病院に行っていないので、認知症という診断はないのですが、そうだと思います。症状もかなり進行していたので、自宅で二人の面倒を見るというのは難しかった。

白石 お姉さんが一人暮らしをしたことがある、というのも、映画では描かれていないところです。これにはすごく驚きました。

藤野 この時の一人暮らしがうまくいっていたら、もしかしたら違う形になっていたんじゃないかと思っています。あれは1983年なので、最初に姉が救急車で病院に運ばれたすこし後くらい。症状が出たり、出なかったりというのがあった時期だと思います。

白石 当時は撮影しておられなかったんですよね。

藤野 そもそもビデオカメラを持っていませんでした。母が持っているものはあったんですが、僕は使えなかった。ぎりぎり録音機まででした。学生でしたから。

無差別殺傷犯の文章に親近感を覚えた

白石 藤野さんは、書くのはあまり得意じゃない、とこの本で明かされていましたね。

藤野 得意じゃないどころじゃないですね。メールを返せなくて、人をさんざん怒らせてきました(笑)。国語の問題で小説が出ると、主人公は誰かということすらわからないんです。出てくる登場人物の名前を数えて、一番出てくる人が主人公だろうとあたりを付けていました。

 インベカヲリ★さんの『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』を読んだとき、掲載されている犯人の文章に親近感を覚えました。無期懲役になりたくて、新幹線の中で無差別殺傷事件を起こした人ですね。僕が高校生くらいの頃に書いていた文章はそんな感じでした。文語調で、感情がつかみづらい。

 それから、僕は文字を見ると色が見えるんです。漢字はあまりないんですが、アルファベットや数字には色が見えます。文字というよりは図形みたいに見えて、余計な情報を受け取ってしまいます。

白石 共感覚をお持ちなんですね。精神科医の中井久夫さんもそうでしたね。翻訳は、色を合わせているだけだっておっしゃっていました(笑)。ある種の特殊能力ですよね。でも多くの人はそれで疲れて、文字を見たくなくなる。

 本でも、雨の日にボートが水面を蹴って進んでいく風景が印象的だったとか、お姉さんが1時間くらい札幌駅のホームで立ち止まっていたのをいまだに覚えているとか、すごく視覚優位な方なんだなと思いました。

藤野 今回の書籍化のお話が来たときは、正直、どうしようかなと思いました。文字は意味の連なりですが、映像は多義的だと思います。主語と述語がなくても、映像は連なってしまう。僕は文章だと「てにをは」に悩んで、永遠に直し続けてしまいます。映像にもルールはあるんですが、はるかにやりやすい。きっと映画が先でなかったら、言葉にはできなかったと思います。

統合失調症の家族が抱える絶望感がよく出ている

白石 文字に抵抗感がある藤野さんが、大学時代に児童文学サークルに入っていたというのが、本を読んでいて不思議に思ったことの一つでした。しかもそれが楽しかったんですよね。

藤野 宮粼駿さんに憧れて入ったんです。ジブリになる前から宮粼さんのファンで、「天空の城ラピュタ」が公開された86年は、ちょうど大学に入ったころでした。宮粼さんは、本当は漫画研究会に入りたかったけれど、学習院大学にはなかったから、一番近い児童文学サークルに入っていたそうなんです。

 大学生になってから児童文学に触れることは、僕には必要だった気がします。大学1年生のころは、極端なことを言えば「赤ちゃんからやり直す」くらいの感覚を持っていました。自分の元々の性質や、両親から受けてきたものなど、いろいろなものに疑いを持ち始めた時期だったので、児童文学に触れることで、ここまでは間違いない、と一つひとつ確認していたところがありました。

白石 それは、ぜひ本に書いてほしかったですね(笑)。

 藤野さんはご両親がお二人とも理系なんですよね。理系では結論と方法が大事で、そこに至るプロセスはほとんど捨象されると思うんです。でも、子供が成長していく過程においては、プロセスこそが大事ですよね。

藤野 発症後、両親は姉に対して一方通行でした。まさに結果を優先して、最短距離で指示をしていた。だから姉は答えたり、会話したりする必要がありませんでした。これは良くないんじゃないかなと思って、姉と雑談でいいから会話をしたいという感覚がありました。

白石 映像の中でも、お姉さんが話してくれるように盛んに促していますよね。

藤野 僕は会話の糸口として姉が興味ある話題を探しながら、姉と会話をしていました。話題は何でもよくて、相手を認識しながらするキャッチボールみたいなものが、姉に良い効果があるんじゃないかなあという気がしたんです。

白石 コミュニケーションには「伝達モデル」と「生成モデル」がある、とよく言われます。知っている情報を相手に伝える「伝達モデル」がコミュニケーションだと一般的には思われているけれど、むしろ双方がその場に何かを投げかけた結果、事後的に情報が作り上げられるような「生成モデル」こそがコミュニケーションじゃないか、ということが言われています。雑談ってまさにそうですよね。ご家族の間では生成型のコミュニケーションがあまりなかったのかなという気がしました。

 お姉さんと話をしたかったというテーマは盛んに出てきます。藤野さんが作ったという短編アニメーション映画も、何を言っているのかわからない言葉がラジオから流れてきて、「あの人といま話ができたら…」と終わるんですよね。わからないことを言う人がいて、自分はどうしたらいいのか、という問いが藤野さんの中にずっとあるのだと思いました。統合失調症を抱えた人の家族の大変さって、コミュニケーションがとれないことで、その絶望感にやられちゃうんですよね。それが良く出ていると思いました。

受け入れがたい事実に直面したとき、人間はどう反応するのか

藤野 映像の『どうすればよかったか?』については、2点テーマがあると思っています。1点目は、「なぜ両親は病院に行くことを拒んだのか」。もう1点は、「玄関に南京錠をかけたことが、姉の精神状態にどのような影響を与えたのか」ということです。映像はその2点についてのものだから、フォーカスしているのは姉ではなく、両親と僕なんです。

白石 統合失調症の人についてではなく、藤野さんや、家族というのがどうなるかという話ですよね。

藤野 今申し上げたように当初、家族っていうテーマは、僕としては持っていなかったんです。でも配給会社が家族のありようを問う視点を広告に加えました。これはすごいと思いました。統合失調症の有病率は1パーセントといわれています。そうすると、例えば日本国内で上映したとして、その1パーセントの人を中心に関係のある人たちに向ける映画になる。でも「家族」という切り口によって、それよりはるかに多くの人にとって身近な話になります。

 単行本の表紙にもなっている、映画のメインビジュアルは86年に撮影された家族写真で、姉に最初の急性症状が出た83年から3年が経っています。ここに姉一人の写真が出るということは嫌だったんです。姉一人をさらし者にしているような感覚にもなるし、そもそも姉にフォーカスした映画でもないと思っています。

 上映が始まってから気づいたのは、これは統合失調症に限らず、受け入れがたい事実に直面したときに、人間がどう反応するのか、考えるのかということについての記録であるということでした。

白石 本当に、それが一番正しくこの映画を表している感じがします。

藤野 本にしても、映像にしても、統合失調症の人を社会の外側に見る感じがあるんですよね。メディアでも、“異常”とか“異変”みたいな言葉を使って形容していることがありますが、そういう表現には違和感を覚えます。理解できない存在だと最初から線引きをしている表現は気になります。

姉が元気だったら、出すなと言うだろうと思う

白石 多くの人は、『どうすればよかったか?』という映画を見た時に、お姉さんが何を言っているかわからなかったり、怖がったりすると思うんです。僕も最初に見たとき、「これを見たら、統合失調症が怖いと思われちゃうなあ」と、ネガティブな気持ちになりました。

 というのも、実際にはそんなに怖くない人たちが多いんですよね。僕は、北海道の浦河にある精神障害などをかかえた当事者の拠点「べてるの家」に長いこと通っています。そこにもとんでもない人がたくさんいるんですが、割と会話が成立しているんです。思っていることを正直に言うだけでなく、言葉のやりとりだけを楽しんでいるみたいな、くだらない、ある種の社交的な会話もたくさんある。そっちのほうが多いかな(笑)。

藤野 べてるの方々と映像の姉の違いの一つは、薬物との関係かなと思っています。

白石 べてるは量は少ないけれど、薬は全く否定していないんですよね。薬を飲むと話せるから、飲む。

藤野 今回公開している姉の映像の半分以上は、治療以前の状態なんです。父の投薬を治療と見なさなければ、一般的にはほとんど記録に残らない状態の姿が出ています。姉が急性症状で大きな声を出している映像も入れました。

 配給会社とも相談をしたんですが、これは姉の尊厳を考えたら、本来使わないほうがいい映像でしょう。でも全部取り払ってしまったら、両親と僕が「姉が統合失調症かどうか」ということで意見が対立している映像なのに、それを見る人が判断できなくなってしまう。家の中で静かに座っている映像だけで作ろうと思えば作れるんですけれど、最低限必要なものを選んで入れたつもりです。姉が元気だったら、出すなと言うだろうと思います。

 姉の急性症状が一番強かったのは最初の3年間ぐらいでした。でも初めて録音したのが9年後なんですよ。映画の冒頭の音声です。あれもかなり激しいけれど、最初のころはもっと強かった。30分くらい止まらなかったり、食事中の口論で興奮して食卓の上に飛び乗ったり。本当に激しいところは何も記録が残っていません。

「いやあ、いいご家族ですねえ」

白石 今回、藤野さんとお話をするにあたって、べてるの創設者の一人でソーシャルワーカーの向谷地生良さんに映画の感想を聞いてみたんです。そしたら、「いやあ、いいご家族ですねえ」って言うんですよ。これにはびっくりしました。

 普通の人は、やはりお父さんやお母さんのエゴによって娘が犠牲になっているというストーリーとしてこの映画を受け止めると思います。でも向谷地さんは、両親が娘の尊厳を必死に守ろうとしているという、その動機の部分に本当に敬意を払っていました。それはたぶん、ソーシャルワーカーとして自分が藤野さんの家に出向いたらどうするだろうかと考えているんだと思います。まずはご両親に出会ったら「頑張りましたね!」と伝えることから始めるだろうと。ただそれだけでなく、本当に「いい家族」だと思っているという部分もかなりあると思います。ご両親はお二人とも、お医者さんだったんですよね。

藤野 医師免許は持っていました。臨床医ではなかったので、患者をたくさん見ていたわけではありませんが。

白石 欧米も含めた当時の最新の論文を見たら、誰だって知れば知るほど悲観的になって、お姉さんを外に出さなかっただろうと思います。さらに、ご両親には経済力と、知的権威があるから、外から入れないんですよね。生活保護を受けていたら、もっとどんどん人が入ってきて、逆に外に開けただろうと思います。それが相まってあのような25年間になったと私は思いました。

 べてるのみんなに、映画を見てどう思ったか感想を聞いたら、やっぱり「いい家族ですね」って言うんだそうです。むしろ「うらやましい」くらいだと。暴力もないし、お姉さんを大切に思っていると。つまり、そうじゃない家族も多いんでしょうね。それを聞いて、僕はご両親がひどいことをしたという文脈ではない、もう一つの文脈があるなと思って驚いたんです。

 そう思って観れば、映画内で具体的にわかる描写はないけれども、お姉さんにきちんとひとりの人間として接していただろうと推測できるようなところはたくさんあったと感じます。

藤野 姉の尊厳を守ろうとしていたという点については、家の中ではそうしていたということかなと感じました。でも、僕はやっぱり、2005年に帰ったとき、玄関に南京錠が付けられているのを見て衝撃だったんです。弟の目線からすると、やっぱり酷いことをやっているという認識が強いですね。

「もっとできたことはなかったのか…」『どうすればよかったか?』監督(59)を今も苦しめる、統合失調症の姉がしてくれた“最後のVサイン”〉へ続く

(藤野 知明,白石 正明/文學界 2026年4月号)