開幕カードとなる巨人対阪神が行われる東京ドーム

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 プロ野球の開幕戦といえば、1990年の巨人・篠塚利夫の“疑惑の同点2ラン”や、94年の西武・伊東勤の逆転満塁サヨナラ本塁打がよく知られている。だが、ドラマが生まれるのは第1戦だけではない。開幕2戦目、3戦目にも、思いもよらぬ珍事はたびたび起きている。今回は、そんな開幕カードで起きた印象深い出来事を振り返ってみたい。【久保田龍雄/ライター】

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よく捕ったね

 冒頭でも触れた篠塚の本塁打騒動は、“審判の目”がクローズアップされた一件だった。実は、その2年前にも、同じ巨人対ヤクルトの開幕カードで“疑惑の判定”が起きている。

 日本初の全天候型ドーム球場としてオープンしたばかりの東京ドームで行われた1988年4月10日の開幕第3戦は、6回を終えて巨人が9対1と大きくリードしていた。だが、ヤクルトは7回、池山隆寛、秦真司の連打などで1死二、三塁と反撃の形を作る。ここで角富士夫が左中間へ長打性の大飛球を放った。

開幕カードとなる巨人対阪神が行われる東京ドーム

 レフト・吉村禎章は打球がフェンス最上部に当たると判断し、クッションボールを待っていた。だが、その前にヤクルト応援団の男性がスタンドから身を乗り出してボールをキャッチしてしまう。本来なら審判がボールデッドを宣告し、その後の処置を協議すべき場面だった。

 しかし、左翼の篠宮慎一線審が右手をぐるぐる回し、本塁打をジャッジしたことで話はややこしくなった。

 篠宮線審は「ホームランに見えたんですよ」と説明したという。一方、一番近くで見ていた吉村は「若い男の手がフェンスから30センチ出ていた。ビックリですよ。でも、よく捕ったね」と証言した。

 巨人側が強く抗議していれば判定が変わった可能性もあったが、王貞治監督は「接戦だったらアピールしていただろうけど、(点差に)余裕があったから」と試合の流れを優先した。結果的に角にはラッキーなシーズン1号3ランが記録されている。

 そして2年後の1990年、同じ東京ドームの同一カードで、今度はヤクルトが“割を食う”側に回った。

 4月7日の開幕戦、1対3の8回1死二塁で、巨人・篠塚の右翼ポール際への打球は、ファウルにも見えたが本塁打と判定される。あの“疑惑の同点2ラン”である。ほぼ手中にしていた勝利を逃したヤクルトにとっては、何とも後味の悪い一発だった。

火に油を注ぐ形に

 隠し球で流れを変えようとしたことが、逆に裏目に出る珍プレーが起きたのは、1999年4月3日の開幕2戦目、巨人対阪神である。

 巨人の先発・桑田真澄は、開幕直前に風邪をひいた影響もあって立ち上がりから制球に苦しんだ。初回は無失点で切り抜けたものの、2回は先頭のブロワーズに中前打を許し、四球を挟んで無死一、二塁。そこから平塚克洋、佐々木誠、矢野輝弘に3連続タイムリーを浴びた。さらに投手の川尻哲郎にもバスターで左前打を打たれ、無死満塁とピンチが広がる。坪井智哉を二ゴロ本塁封殺に打ち取り、ようやくひと息ついた。

 ここでボールを持っていた三塁手・元木大介が、苦闘する桑田を助けようと十八番の隠し球を試みた。だが、三塁走者の矢野はなかなか塁を離れない。

 一方、ピンチが続き精神的な余裕を失っていた桑田は、元木がボールを返してくれないことにしびれを切らし、うっかりプレートを踏んでしまう。直後に二塁塁審がボークを宣告。4点目を失っただけでなく、長嶋茂雄監督から交代を告げられてしまった。

 さらに2番手・三沢興一も2死後に今岡誠へ右前2点タイムリーを浴び、この回一挙6失点。隠し球で流れを変えるどころか、火に油を注ぐ形になってしまった。

開幕期は各チームがまだ本調子ではない時期

 開幕カードで0対26の大惨敗を喫したのが、2005年の楽天である。新規参入1年目の楽天は、3月26日の開幕戦でエース・岩隈久志が5安打1失点と好投し、ロッテ相手に3対1で歴史的な球団初勝利を挙げた。だが翌27日の第2戦は、一転して球史に残る大敗となった。

 先発・藤崎紘範が初回に2点を失い、2回途中でKO。リリーフ陣も西岡剛に3ラン、パスクチに満塁本塁打を浴びるなど、2回だけで11失点を喫した。ロッテはその後も攻撃の手を緩めず、8回にも一挙7点を追加。楽天打線は渡辺俊介のアンダースローを打ちあぐね、わずか1安打1四球で0対26のゲームセットとなった。

 草創期の楽天は、分配ドラフトでも十分な戦力を集められず、田尾安志監督が「エキスパンション・ドラフトで各球団から選手を分けてほしかった」と嘆くほど層が薄かったとされる。

 だが、この屈辱的なスコアと初年度最下位の記憶は、その後のチーム強化の原点にもなった。2013年、星野仙一監督の下で球団初優勝と日本一を達成したことを思えば、この大敗もまた球団史の一場面だったと言える。

 両チーム合わせて27四球という大乱戦になったのが、2017年4月1日の開幕第2戦、広島対阪神である。

 広島の先発・岡田明丈は、初回に四球絡みで4失点すると、2回にも3連続四球を許すなど、4回7四球6失点で降板した。

 一方、阪神の先発・岩貞祐太も5回5四球5失点と精彩を欠く。その後も両軍の救援陣が四球を重ね、9回終了時点で双方13個ずつ、計26四球。延長10回にも広島が1つ与え、計27四球となった。最後は与四球が1つ多かった広島が9対8でサヨナラ勝ち。阪神・金本知憲監督が「勝たせてあげたようなもの」と不機嫌だったのも無理はない。

 開幕カードは、シーズンの幕開けを告げる晴れ舞台である一方、各チームがまだ本調子ではない時期でもある。だからこそ、思わぬ判定、奇策の失敗、歴史的大敗、大量四球といった珍事も起こる。名勝負ばかりが開幕カードの記憶ではない。こうした予想外の出来事もまた、長いプロ野球の歴史を彩ってきたと言えるだろう。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)

デイリー新潮編集部