「高市首相は危機感がなさ過ぎる」 イラン攻撃での邦人保護、何が問題だったのか? 「外交、防衛の”ド素人”であることが露呈」
【全2回(前編/後編)の前編】
アメリカとイスラエルによる狂気のイラン攻撃は決して対岸の火事ではない。中東諸国には帰国を望む多数の邦人が取り残され、原油価格は乱高下。日本経済への影響も計り知れないが、外交と防衛が“ド素人”という高市政権の内幕を見れば不安は尽きないのだ。
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【写真を見る】「激ヤセ」が心配される高市首相 以前と比較すると「まるで別人」
オマーンの首都マスカットの空港を飛び立った日本政府のチャーター機は、3月8日午後7時31分に成田空港に着陸した。搭乗していた107人は、イラン攻撃の影響で帰国手段を失っていた人々だった。
乗客の女性(70代)が、波乱続きだった帰国までの道のりを振り返る。

「夫と共に2月25日深夜の成田発の直行便でアラブ首長国連邦(UAE)のドバイに行っていました。本来は3月1日に帰国の予定でした」
イラン攻撃が始まった2月28日、彼女は何も知らずに現地で砂漠を観光していたという。
「砂漠ツアーを終えて、ホテルに戻ろうとしたら、大渋滞に巻き込まれて。運転手が“こんな渋滞は初めてだ。何かあったに違いない”と言っていました。宿泊先の周辺にも、軍か警察とおぼしき人たちが出動しており、大きな事故でも起こったのかなと思った。ホテルに到着したところ、スタッフから宿泊客は全員、地下の食堂に移動するよう指示されました」(同)
「外務省に問い合わせても、“ホテルの中で安全にお過ごしください”と言われるばかり」
彼女は夕方以降、ニュースなどで一連の出来事を知ったという。ホテルのそばにもミサイルの破片などが落ちて爆発・炎上し、4人が負傷した。その日は、非常用シートやバスタオルを寝具代わりにして眠れぬ夜を過ごした。
「日本人の客は私たち夫婦だけ。(危険を知らせる)携帯のアラートが鳴るたびに、ほかの客やスタッフはおびえていましたね」(前出の70代女性)
当初の帰国予定便は欠航となり、取り直した飛行機も欠便した。夫妻は延泊した後、空港に近い別のホテルに移動。そこで3泊4日を過ごしながら、帰国便を探したという。
「とにかく日本に帰るため、私たちはチャーター便とエミレーツ航空の両方に申し込んでいました。抽選で当選したチャーター便の方が早く帰国できるため、そちらを選んだのです」(同)
国際部記者が補足する。
「外務省は海外安全情報配信サービスに登録している人に対し、メールやLINEでチャーター便の案内を送っています。帰国希望者の中から抽選で選ばれた人が優先的にチャーター機に乗れる仕組みです」
こうして女性はドバイからオマーンまで、日本政府が用意したバスで約8時間揺られ、エチオピア航空のチャーター便で帰路に就いた。すでに帰国予定日から1週間が経過していた。
「本当に時間がかかりました。外務省に問い合わせても、“ホテルの中で安全にお過ごしください”と言われるばかりで……」(前出の70代女性)
健康な成人の駐在員は、なかなか乗せてもらえない
カタールの首都ドーハに昨年から仕事で滞在中だった女性(30代)も言う。
「イランから飛来するミサイルを迎撃する時に起きる、ドンドンと太鼓をたたいたような音と窓の揺れがひどかった。攻撃から1週間が過ぎても昼、夕方、深夜と1日3回、迎撃音が聞こえる状態で。なんとしても、脱出したいと思いました」
だが、帰国のすべは簡単には見つからなかったという。
「日本政府のチャーター便は子どもや高齢者、短期滞在の旅行者が優先されているようです。私たちのような健康な成人の駐在員は、なかなか乗せてもらえないという話です。特に最初の方の便については、カタール在住の日本人で乳幼児のお子さんがいる駐在員も外れたと聞きました。旅行者しか抽選に当たらなかったのかもしれません」(同)
結局、彼女は9日、フライトを再開したカタール航空のオーストラリア・パース行きの航空券を幸運にも入手。自力で中東を脱出することに成功した。
明らかに遅い日本の初動
中東全域に戦火が拡大し、空域が制限されている中、邦人退避支援は容易ではない。なにしろ在留邦人はイランだけで約200人、中東全域では約9000人に達する。帰国希望者は相当数に上るとみられているのだ。
それにしても、邦人救出のための政府の手配が遅いという声が出ているのは紛れもない事実である。一方、高市早苗首相(65)は既に削除済みのHPのコラム(2013年5月24日更新)で、かつて〈私には「海外に滞在する日本人の生命を守る為に最善を尽くすことも、政府の重要な責務だ」という強い思いがあり〉と記していた。また、3月2日の衆院予算委員会でも、「邦人保護や状況把握に万全を期す」と答弁している。だが、日本政府がUAEとオマーンに滞在する邦人の退避支援としてチャーター便を派遣すると発表したのは開戦の6日後、3月6日になってからのことだった。
「他国は早い段階で、チャーター機や軍用機を使った自国民の退避を進めています。例えば英国は、6日朝にロンドンに到着した第1便にはじまり、9日までに計3便の政府チャーター機を飛ばした。それと比べても、日本の初動は明らかに遅い。邦人保護でリーダーシップを発揮していない今の高市首相は、コラムで言っていたことと、現実にやっていることが違うと言われても仕方がないですね」(前出の国際部記者)
「この有事にあって、わずか3行しかない首相動静は……」
実際、首相は2月28日に攻撃情報に接してからも、石川県知事選の応援を優先して民間機で石川県を訪問している。
政治部デスクが言う。
「機上では離着陸時に緊急の連絡が取れません。本人は“飛行機に乗るか迷った”と釈明していますが、危機感がなさ過ぎます。彼女は、外交や防衛で要職に就いたことがなく、この分野は門外漢。素人同然であることが露呈してしまいました。連日、官邸で対応会議を開いていてもおかしくないのに、本人は相変わらず関係者と連絡を密に取ろうともしていません」
例えば、4日の新聞の「首相動静」欄を見ると、
〈午前11時55分、公邸発。同56分、官邸着。午後5時59分、官邸発。同6時、公邸着〉
と、あるだけなのだ。
「だいたい、官邸の執務室の奥に設えてある部屋にこもっているといいます。この有事にあって、わずか3行しかない首相動静は異様ですね」(同)
「基本的には外務省にお任せという雰囲気」
高市首相は昨年11月、午前3時に官僚を呼び出して予算委員会の準備をしたと批判を集めたが、
「あれは本人が明かしたとおり、議員宿舎のFAXの紙が詰まって答弁書を受け取れなかったから。その時も、集まった官僚と勉強会をしたわけではない。別室に待機させて、個別に執務室に呼んで質問していたといいます」(前出のデスク)
ともかく、首相は官僚によるレクチャーを嫌う。その弊害はすでに出ている。
「官僚はレクや勉強会の中で、首相に何を言ってはいけないかを伝えます。しかし、今はそれが十分にできていない。結局、答弁書には最低限のことしか記せない状況が続いています。中国が問題視している『台湾有事発言』も、事前にレクを受けなかったために、つい本音が漏れてしまったのだとみられています」(同)
現在、官邸内で首相と直接、会話できる側近は木原稔官房長官(56)や飯田祐二首相秘書官(62)ら数えるほどしかいないという。しかも、その彼らも邦人保護の進め方について、首相に諫言を呈した形跡はない。
「攻撃から数日たっても、官邸内の空気はのんびりしたものでした。政府一丸となって邦人保護に当たろうという気運は盛り上がっていなかった。基本的には外務省にお任せという雰囲気だったのです」(同)
後編では、邦人保護を巡って茂木敏充外相が小泉進次郎防衛相に激怒した理由について報じる。
「週刊新潮」2026年3月19日号 掲載
