マッキントッシュやiPhoneといったアップル製品は、日本文化から大きな影響を受けている。アップル元CEOの ジョン・スカリーは「スティーブは日本の新版画のコンセプトを学び、とても興奮していた」という。元NHK記者の佐伯健太郎さんの著書『スティーブ・ジョブズ1.0の真実』(晶文社)より、一部を紹介する――。

■「日本の文化や芸術にとても興奮した」

工業デザイナーを目指したスカリーさんとジョブズとの共通の話題は、アートだった。

ゼータ・インタラクティブ共同創設者ジョン・スカリー(2014年1月30日)(画像=Judae1/ CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

スカリーさんが40年前のある日を思い浮かべて話し始めた。それは、マッキントッシュのデビューより10か月前の1983年3月下旬のこと。場所はニューヨーク。春の心地よい日に、日本から帰国したばかりのジョブズと会ったときだった。

「私がアップルに入社するまでの5カ月間、お互いを知るためにスティーブと週末に会っていました。場所は、アップルの本社があるカリフォルニア州クパチーノだったり、私の家があるコネチカット州グリニッジだったりしました。

そのとき、私たちはニューヨークにいました。3月の終わりで、気持ちがいい春の天気でした。私たちはセントラルパーク周辺を歩いていました。スティーブは散歩をして話をするのが大好きでした。彼は、『最近、日本に行って見てきた日本の文化や芸術にとても興奮した』と話していました」

■曲線美を見にメトロポリタン美術館へ

そこでスカリーさんは、「私が関心のあるアートやデザインを見せよう」と言って、近くのメトロポリタン美術館(The Metropolitan Museum of Art)に誘った。「The Met」(ザ・メット)の略称で知られる世界最大級のコレクションを誇る美術館だ。

スカリーさんは、古代ギリシャの彫刻と陶磁器の展示室に連れて行った。彼が特に見せたかったのは、背骨の曲線に細心の注意が払われた男性の彫刻だった。「アンフォラ」と呼ばれる容器や、「サイレックス」と呼ばれる浅いコップなども見せた。いずれも二つのとってがついた当時の生活用品だ。

スカリーさんが「ここの展示は有名だから」と言って、中国美術の展示室へ向かったときだった。

「ジョブズが日本の木版画や焼き物のことについて私に教え、日本の文化で学んだある重要なことにとても興奮していました」

■なぜジョブズは新版画に魅入られたのか

続けてスカリーさんが話したジョブズの言葉が、僕には衝撃だった。

「スティーブが話したことで印象的だったのは、版画についてでした。新版画というものが、それまでの木版画とはコンセプトがまったく異なっているという点に強くひかれていました。

それまでの木版画は、まず絵師が下絵を描く。続いて、彫り師が絵のイメージをもとに板を彫る。3番目に摺り師が木版を使って、実際に作品を摺り上げる。それは共同制作ではあるけれど、1人がすべてをやるわけではないのです。

彼が新版画で気に入ったのは、その3つの役割を1人ですべて担っていることでした。彼が賞賛したのは、それこそまさにマッキントッシュのビジョンだったからです。つまり、自分でコンセプトを考え、実際に作品をつくり、プリントアウト(印刷)までできるという一貫したプロセスです。

スクリーンに作成したものを、別の場所にいる人に持って行ってプリントアウトする必要もないのです。ちょっとしたスケッチから始めて、コンピューターのスクリーンに描き、プリンターで印刷できるということなのです。スティーブは、1人の人間が版画の完成に至るまで自己表現できるというアイデアを気に入っていたのです」

そのうえで、スカリーさんはジョブズが発した言葉を口にした。

「日本の版画は職人たちの分業で作られると思っていたんだ。でも、新版画は、絵師が彫り師や摺り師を通じて自己表現したものだったんだ。これこそまさに、マッキントッシュの技術で僕たちがやろうとしていることなんだ!」

「髪梳ける女」(画像=橋口 五葉/大英博物館/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

■「シンプルさ」だけではなかった

そういうことだったのか! スカリーさんの答えに思わずうなった。

言葉の一つひとつが、僕の胸にストーンと落ちた。

ジョブズと新版画との結び付きを解き明かす、もっとも腑に落ちる言葉だった。

この言葉を聞くために、僕はずっと取材を続けてきたんだ!

ジョブズと日本文化との結び付きを解き明かすため、彼のカギカッコと一次情報を取材しようと、彼と接触した人を探し出しては直接話を聞き出し、太平洋を越えてスカリーさんにたどり着くまで、8年。まさにいま、その取材のすべてが報われようとする思いだった。

僕はこれまでの取材で、ジョブズが新版画に感じた魅力は「シンプルさ」にあるのではないかと考えていた。親友ビル・フェルナンデスの母親がしつらえた和風のリビングに飾られていた新版画がジョブズの美意識の原点となり、その後、禅に通じる素地になったのではないかと考えていた。

しかし、それだけではなかったのだ。

■一人ひとりが自己表現できる世界をつくる

新版画は、1人の絵師が、彫りから摺りまで細かく指示をしながら、すべての工程に関わって「自己表現」をする。絵師の創作意図が最後まできちんと伝わる工程になっている。

誰もが、その絵師のように、自分の作りたいものを思い描き、形作り、実現する。誰もが、自己表現できる世界をつくる。それこそが、ジョブズが思い描いた理想だった。新版画は、マッキントッシュの理念そのものだったのだ!

1人の絵師がすべての工程に関わって自分の表現を目指す。コンピューターで革命を起こそうとしたジョブズは、新版画の「自己表現」に深く共感し、マッキントッシュのコンセプトを重ね合わせていた。スカリーさんが続けた。

「スティーブは、日本の文化や芸術から、マッキントッシュと呼ばれることになるエレクトロニクスの新製品へと、簡単に行き来することができたんです。マッキントッシュのデビューは、まだ1年も先のことだったんですよ」

写真=iStock.com/audioundwerbung
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/audioundwerbung

1984年1月、会社の命運を賭けたマッキントッシュのデビューで、スクリーンに浴衣姿の女性が映し出されたのは、必然だったのだ。ジョブズが兜屋画廊で「髪梳ける女」を購入したのは、その半年前だった。彼にとって「髪梳ける女」は、自己表現を象徴する作品だったのだ。

ジョブズは、日本から学んだすべてをマッキントッシュに注ぎ込んだ。

■この瞬間、ヒトからカリスマへ

1984年1月24日の発表会は、ジョブズにとって、とてつもなく大きな意味を持っていた。スカリーさんが興味深い話をしてくれた。

「スティーブはステージの裏で、葉っぱのように震えていました。とても緊張していて、私に向かって『ステージに出られないよ』と言っていました。私は、『スティーブ、深呼吸をするんだ』と声をかけました。彼は深呼吸をして大げさに息を吐くと、すぐにステージに出て行ったんです。私はハラハラして見ていました。しかし、ステージに立つと彼はまったくの別人でした。自信満々で完璧にこなし始めたんです」

ジョブズがヒトからカリスマになった瞬間を、スカリーさんは間近で目撃していた。それは、ジョブズの完璧主義がなせる技だった。彼はプレゼンテーションのリハーサルのたびに「まだ完璧じゃない」と言っては何度も何度も繰り返し、終わったのは当日の午前2時だった。

■ジョブズが「プレゼンの天才」になれた理由

「スティーブの言動は一見すると即興的に見えますが、実際には綿密にリハーサルを繰り返していました。彼は常に完璧であることを望んでいました。プレゼンテーションの最後に、『そしてもうひとつだけ(And one more thing)』というフレーズで有名になりましたが、それはいつも最も重要なことでした。

彼の完璧主義は、製品、プレゼンテーション、チームをリードして、モチベーションを高めたのです」

WWDC07でのスティーブ・ジョブズ(画像=Acaben/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

ところで、僕が取材したジョブズのエピソードの中で、スカリーさんにウケたものがあった。ジョブズが「髪梳ける女」を買ったとき、彼はコンピューターで全体を動かしてみたいと言った。それを聞いたスカリーさんは、「ははは」と愉快に笑った。

「そんな話は初めて聞きました。画廊の人はさぞ驚いたことでしょう。日本の木版画の絵は動きませんからね。もちろん、コンピューターのスクリーンで全体を動かすことはできますよ。いかにもスティーブが言いそうなことですね」

■焼き物から学んだ作り手のこだわり

スカリーさんと訪れたニューヨークのメトロポリタン美術館で、ジョブズは新版画について興奮しながら説明し、焼き物のことも話した。ふたりのやり取りは、ジョブズの自伝ではあっさりと書かれているが、僕の取材テーマに焦点を当てると、とても大切な瞬間だった。

──彼は日本の焼き物に何を見いだしたと思いますか?

「メトロポリタン美術館で日本の焼き物を見ていたときのことです。展示品に触れることはできませんが、8世紀までさかのぼる古いものもありました。スティーブは、『素材を見てくれ。細部を見てくれ。アーティストは欠けているように見えるものを残しているが、それは完璧にするための一部なんだ』と話していました。

彼は細部を指摘して、アーティストの微妙なこだわりを言いたかったのです。アーティストの考えが、とても力強く伝わってくるのを感じました。

スティーブは物事をよく考え、製品を愛していました。彼は売れるものを考えていました。彼は、日本文化が培ってきたものをいかに取り入れるか。このことをずっと考えていました」

ジョブズのモノづくりへのこだわりは、信楽焼の「蹲(うずくまる)」という壺をさわりながら、肩のカーブの感触を確かめていたときの姿とも重なる。スカリーさんが、ジョブズが品定めをする様子について語った。

■市場調査より、自分の手触りを重視

「スティーブは、マウスなど、なんでも手にとって確かめるようになりました。製品を手にとってはさわり心地や見え方などを、いろいろな角度から確かめていました。その製品には、デザイナーが取り組んでいたバージョンが3つか4つあり、自分の好みのものを選ばなければなりませんでした。

彼は市場調査には関心がなく、信用もしていませんでした。どんな素材を使うか。どんな形にするか。自分の感覚を信じていました。かなりの自信をもっていました。彼が重視していたのは、製品がユーザーにどんな印象を与えるのかということでした。製品を欲しいと思わせることができるか。製品に惚れ込んでもらえるかということです」

■アップル製品はどこか丸みを帯びている

ジョブズが、1998年に発表したiMacは、半透明でカラフルなボディーと、丸みを帯びた親しみやすいデザインで、世界的に大ヒットした。このデザインには、日本の伝統的な壺が大きなインスピレーションを与えていた可能性がわかってきた。その後、アップルの製品はモニターからマウスに至るまで、いたるところに美しい「丸み」のデザインが盛り込まれていった。

写真=iStock.com/Photology1971
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Photology1971

──彼はあなたに、日本の壺のカーブや丸みを製品に取り込みたいと言ったことはありますか?

「彼は丸みのある面が好きでした。初代のマッキントッシュを見れば、コンピューターの側面に丸みがあるのがわかるでしょう。彼がそう言っていたのであれば、私には納得がいきます」

■目的のある「シンプルさ」は長く愛される

──アップル製品と日本の美意識のシンプルさは関係があるのでしょうか?

佐伯健太郎『スティーブ・ジョブズ1.0の真実』(晶文社)

「スティーブはそう信じていました。彼は、禅の日本的な解釈は英知だと信じていました。彼にとって英知の解釈とは、『洗練を突きつめるとシンプルになる』であり、シンプルさには目的があるということでした。彼はこう言っていました。『日本の文化に偶然の産物はなにもない。すべてのものには目的があり、それは何世紀にもわたって発展し、継続するのだ』と。

アメリカでは、素早く製品を作って人気が出ても、すぐに消えてしまいます。スティーブが目指したのは、そういうものではありません。彼は日本文化から時代を超えた価値や物事には理由があることを学びました。彼がやることにははっきりとした目的があり、偶然でやったことは一つもありませんでした。

彼は、『アップルのものづくりに妥協はない』と言いました。『シンプルに、そして我々が目指す完璧なものを作る。それを急がずにきちんとやるんだ』と」

■iPhoneの形は初代からすでに完成していた

スカリーさんは「continuity」という言葉を使って、「彼は日本文化から時代を超えた価値や物事には理由があることを学びました」と答えた。「continuity」とは、「連続」とか「継続」という意味だ。僕は、この言葉は、ジョブズを理解するための重要なキーワードの一つだと思う。

第1世代iPhoneのベクター レンダリング。(画像=Rafael Fernandez/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

ジョブズの自伝では、アップルの経営のあり方について、「長続きする会社(a company that will last)」とか「永続的な会社(a lasting company)」という言葉が出てくる。「continuity」も「last」も、時間の経過に伴って長続きする、という意味だ。

ジョブズは、信楽焼の壺の肩のなだらかなカーブをなでながら、「私の製品にもそれと似た感触をもたせたい」と言った。それは、何世紀も前から作られてきたデザインを取り込みたいという彼の美意識を示すものだった。

使い心地の良いデザインというのは長持ちし、永続的に使われ、やがて、伝統的な形になる。ジョブズが探していたのは、手触りの良い究極のデザインだった。iPhoneの形が、2007年のデビュー以来、基本的に大きく変わっていないのは、それを象徴していると思うのだ。

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佐伯 健太郎(さえき・けんたろう)
元NHK記者
1963年生まれ、東京都出身。1987年に上智大学法学部法律学科を卒業し、NHKに入局。主に記者として、秋田→東京→マニラ→東京→福岡→八戸→青森→松山→水戸→東京で勤務。2023年9月の退職までの8年間、ジョブズが日本文化から受けた影響の取材が「ライフワーク」になる。その集大成として、ジョブズがいかに日本の美術や企業から多くを吸収してモノづくりに活かしたのかを解き明かしたNHK BS番組「日本に憧れ 日本に学ぶ〜スティーブ・ジョブズ ものづくりの原点〜」と、取材の過程や葛藤を綴ったウェブ記事「NHK取材ノート:スティーブ・ジョブズ1.0の真実(前・中・後編)」が大きな反響を呼んだ。Xアカウントは@SaekiSJ20。
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(元NHK記者 佐伯 健太郎)