夜勤の妻が行為中なのに眠ってしまう…「侮辱された気がする」 39歳夫の寂しさを埋めた“まさかの副業”は許されるのか
【前後編の後編/前編を読む】幼少期の入院が生んだ「白衣の天使」幻想 妻とは看護師合コンで結婚するも…39歳夫を襲う“嫉妬”の正体
酒田謙二郎さん(39歳・仮名=以下同)は、入退院を繰り返した幼少時の体験から、「白衣の天使」への憧れを抱いた。また、高校時代に目にした「男性陣がせっせと働き女性たちに奉仕する」新年会の光景も、恋愛観の原点だと自己分析する。そんな謙二郎さんが結婚した相手は、2歳年上の看護師・めぐみさん。だが彼女が仕事を続けたことで、患者に向ける笑顔を独占できないことに、謙二郎さんは嫉妬に似た感情を抱いた。
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謙二郎さんは、妻のめぐみさんが仕事を優先させていることが「気に入らなかった」のだろうか。そう問うと「当時はそんなつもりはなかったけど、今思えばそうかもしれない」と曖昧な答えが返ってきた。

「家事は気づいたほうがやるというぼんやりしたルールで生活していましたが、実際は家事のほとんどは僕がやっていた。それに不服はありません。家事をすることで、僕は妻に尽くしているような気になっていた。だからそれに見合う愛情がほしかった」
妻はシフト制で働いており、夜勤もあった。彼の仕事の状況によっては数日、きちんと話もできないことがある。そんなとき、妻の寝室に行って寝顔を見つめ、愛おしさのあまりベッドに入り込んでも相手にしてもらえなかった。
「『ちゃんと睡眠をとらないと仕事に差し支えるから。ごめんね』と言われたら、しおしおと引き下がるしかない。そういうことが続くと、妻にとって僕が家事をしているこの環境は暮らしやすいだろうけど、僕は何のためにこの生活をしているんだろうと思うようになってしまって……」
眠っている妻と
家事をすることが尽くすことになるという考え方も、セックスを断られるから愛情がないという思いも、正しいかどうかはわからない。ただ、彼と彼女との間で、何かがずれていったのは確かなのだろう。
「3年ほどたっても、彼女とセックスしたのは片手くらい。その気で一緒にベッドに入っても、気づくと彼女は寝息をたてていることがありました。疲れているんだなと思ったけど、侮辱されているような気にもなった。無理矢理、続けてみたことも1度や2度ではありません。それでも彼女はほとんど反応しないまま」
他の人の代わりに夜勤を引き受けるタイプのめぐみさんは、ときおり心身ともにぐったりしていることさえあった。それにしても眠っている妻とそのまましつづけるとは……。
「ある日、妻に言われました。妊娠した、と。『ぼんやりと覚えてはいるのよ。いつもごめんね』とも言っていた。妻はうれしそうだったから、僕のほうが混乱してしまいました。そのときわかったんです。夜勤が続こうと忙しかろうと、妻は僕に冷たくはなかった。彼女は、この生活を嫌ってはいないし、僕のことも嫌ってはいない。無理矢理続けたことも怒ってさえいない。彼女のおおらかさは、こうやって何もかも受け入れていくところなんだ、と。僕が求めているのは、たぶん、自分だけに向ける特別な愛情なんだ、だからすべてをおおらかに受け入れる彼女が、なんだか癪にさわるような気持ちになっていたんだと」
「甘える」が分からない
結婚も妊娠も仕事も、彼女の人生を形成するもののひとつで、それらはすべて彼女にとって重要なことなのに、謙二郎さんは自分が特別だと思えないことにいらだっていたのかもしれない。それは子どものころからの生い立ちと無関係ではなさそうだ。
「入院ばかりしていた子どものころ、寂しいという気持ちをどうやって自分で処理したらいいかわからなかった。感情を言語化することもできない時期ですから。同じ病室には、夜になると『ママー』と泣く子もいたけど、僕は泣いたことがなかった。ただ、昼でも夜でも、いつも真っ暗な闇の世界を漂っているような気持ちでした。その後、元気になってからも、僕は必要以上に母に甘えたりしなかった。母は必死で稼ぐことしか考えていなかったし、それは僕のせいでもあったから、母には負担をかけてはいけないとずっと思っていた」
母の愛は、病気の彼のために必死で稼ぐことだった。それがわかっていたから、彼は他の子どものように母を求めて泣いたりはしなかった。思えばけなげである。そういう経緯もあって、「甘えること」や「愛情を注ぐこと」がどういうことなのか実感できなかったのだろうと彼は自己分析した。
「29歳で、女の子の父親になりました。びっくりしたのは産休をとって保育園の様子を見ながら仕事に復帰すると言っていためぐみが、いきなり仕事を辞めたこと。取り憑かれたように仕事をしていたのに、出産後、『私はこの子のために生きる』と。辞めなくても、働き方を変えるとかできないのと聞いたんですが、『いいの、辞める』の一点張りでした」
「3人で一緒に歩いていこう」
めぐみさんは今度は、子育てに夢中になった。彼が娘のおむつを換えたりミルクを作ろうとすると飛んできて自分でやろうとする。どんなに疲れていても、少しの物音に飛び起きた。
「このままだとめぐみのほうが体を壊す。そう思いましたが、彼女は意固地なところがあるから、休もうとしない。そしてとうとう、8ヶ月ほどたったときに倒れました。直情径行型というか猪突猛進というか、彼女はひとつのことに突っ走って倒れるまでがんばってしまう。僕も親となったんだから、僕を信用してほしい、家族3人で一緒に歩いていこうと言ったら、病室でようやく頷いた。ただ、退院後もあまり変わりませんでしたけど」
良くも悪くも妻は暴走するタイプだと、謙二郎さんはしっかり頭に刻み込んだ。もはや妻に甘えたいとか特別視してほしいとか言っていられる状況ではなかった。娘を無事に大きくすることだけを考えよう。それしかできないと彼が頭を切り替えた時期だった。
「ただ、生活は厳しかったですね。僕の給料だけではやっていけず、妻は貯金を切り崩していた。うちの会社は副業も禁止されていないし報告する義務もなかったので、何かで稼げないか必死で考えました」
そして始めた副業は「想像もつかないような世界」だった
そして彼が行き着いたのが「出張ホスト」だった。めったに飲み会にも参加せず、ほとんどまっすぐ帰宅していた彼が、ある日ふと、以前から気になっていたバーの扉を開けた。渋い雰囲気を味わいながら飲んでいると、たまたま隣に座った女性から声をかけられた。なんということもない世間話をし、そろそろ帰りますと外へ出た。
「その女性が追ってきたんですよ、そして少しだけ話ができないかと近くの喫茶店に強引に誘われて。それが事務所の社長でした。『女性とデートするだけでいいの。性的なサービスをする必要はない』って。けっこういい収入になるかもしれないと言われて、その気になりました」
口がうまいわけでもない自分にできる仕事かどうかはわからなかったが、向いてないと思ったらやめればいいと社長は言った。
「週末、2日間、じっくり研修を受けました。主に会話の進め方とかエスコートのしかたとか。『不器用だけど実直というのがあなたのウリになる』と言われて、僕は市場に出るとそういう評価なのかと興味深かったですね」
初仕事は、今までにないような緊張感にさらされた。常連の客をつけてくれたので、彼女からもさまざまなことを教わった。
「正直言っておもしろかった。生身の人間を相手にする仕事、僕の言動如何によって収入が生まれる。今までまったく想像もつかないような世界でした」
妻は不審感を抱くも
詳細は言えないとしながら、僕の第二の人生が始まったと明るい気持ちになったと彼は語る。自分を殺しても相手に奉仕し、相手の喜びを自分のものとする。接客は、そんな彼の理想が満たされていく時間でもあったようだ。
「最初に接した常連のお客さんは、その後も僕を指名してくれるんです。彼女には何でも言える、10歳ほど年上ですが母親のように甘えています」
彼の副業はおもに週末だ。平日でも「どうしても」という客がいれば、仕事のあとに駆けつける。最初は客の伸びがそれほどよくなかったのだが、じわじわと人気が出てきた、やはり私の目は節穴じゃなかったわと社長に喜ばれた。
「ただ、妻は不審に思っていたようです。特に週末、どこに行くのと言うようになった。仕事だよ、副業を始めたんだと言いました。それは嘘じゃないし。本当のことは言わぬが花でしょう」
コロナ禍で一時期、ほとんど仕事はなくなったが、すぐに仕事が戻ってきた。人と会わなくなった分、寂しさを感じる女性たちが連絡してくるようになったのだろう。
「妻ひとり」に求めたことが間違いだった?
今は無理なく、副業を楽しんでいると謙二郎さんは言う。とはいえ、彼の心は本当に満たされているのだろうか。
「妻ひとりにすべてを求めようとしたのが間違いだったと思うようにしています。仕事で疑似恋愛を積み重ねていくうちに、何が本物で何が偽物なのかわからなくなった。金が介在する関係であっても、その時間だけはお互いに本気ということもある。僕は娘のためなら命を投げ出す覚悟はある。娘が車にひかれそうになったら、娘を助けて自分がひかれてもいい。妻との関係は、おそらくお互いに不満を抱えたままなのかもしれませんが、そこを炙り出す必要もないと思えるようになっています」
昨春、娘が10歳になった。ひと区切りがついた心境なのか、ぽつりと「もう一度、仕事しようかな」とつぶやいた。
「まだ踏ん切りはついていないようですが、いずれは再開するのかもしれませんね。それは妻に任せます。僕、副業を始めたことで初めて自立したような気がしているんです。妻に“母”を求めなくなった。妻は妻で好きなようにすればいいと思えるようになった。とはいっても副業も人気商売だから、ずっとできるものではない。40歳までやって、その後はまた別の道を考えようと思っています」
自分の人生を整理して話せたような気がすると、彼は妙に晴れやかな笑顔を見せ、丁寧に一礼して去っていった。
見送りながら、少し複雑な思いが残った。ただ、善悪はともかく、彼の携わる「副業」においては、その人自身にある種の「価値」がつく。それは自信にもつながるのだろう。彼がさまざまな思いを乗り越えて、人として自立したと思えるなら、それもまた彼の人生。幸あれと小さく祈るしかない。
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謙二郎さんが始めた「副業」。第三者の立場からするといささか思い切った選択のように思えるが、少なくとも本人はやりがいを感じているようだ。【記事前編】では、謙二郎さんを形作った原体験を紹介している。
亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部
