(※写真はイメージです/PIXTA)

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長年、家族のためにと身を粉にして働いてきた会社員にとって、定年時に支払われる退職金は何物にも代えがたい「ご褒美」のように感じられるものです。まとまった大金を手にし、これまでの労をねぎらうような贅沢や、長年の夢だった趣味への投資を思い描く男性は少なくありません。しかし、その高揚感が一瞬にして冷や水を浴びせられるケースも。退職金を巡るある夫婦の事例とともに、老後資金の管理と夫婦の対話の重要性を考えます。

退職金2,800万円を手に「自分へのご褒美」を夢見たが⋯

都内の中堅メーカーで38年間勤め上げた佐藤浩司さん(60歳・仮名)。定年から1カ月後に口座に振り込まれた退職金は2,800万円でした。これまでの人生で手にしたことのない巨額のキャッシュに、佐藤さんの心は躍っていました。

「再雇用で契約(社員)になって、重責からようやく解放された、という気持ちでした。余裕もできるので、これからは色々と好きなことができる。退職金はそのための軍資金でした」

佐藤さんには、退職したら叶えたい夢がありました。学生時代から憧れていた欧州製の高級SUVへの買い替えです。週末には全国の温泉宿を巡りたいと考えていました。車に800万円、旅行には200万円ほど。合わせて1,000万円を使っても、まだ1,800万円残る計算です。

以前から妻の恵美さん(58歳・仮名)には夢を語っていましたが、「はいはい」と受け流されていたといいます。退職金が振り込まれたので、改めて1,000万円程度は自由に使いたいと伝えました。「これまで頑張ってきたんだし、少しくらい贅沢してもバチは当たらないだろう」と。

しかし、恵美さんは表情ひとつ変えず、リビングのテーブルに一冊のノートを広げました。そこには、今後数十年間にわたる「老後の収支シミュレーション」が緻密に書き込まれていたのです。

「あなた、自分の頭の中がお花畑なことに気づいてる? その2,800万円は、あなたのお小遣いじゃない。私たちの共有財産」

冷徹なトーンに佐藤さんは言葉を失います。恵美さんは続けました。

「これから年金生活に入れば、今の生活水準を維持するだけで毎月赤字が出る。家のリフォーム代もかかるし、病気になった時の備えも必要。あなたの趣味に1,000万円も消えたら、介護施設に入るとなったらどうするの? 悪いけど、1円たりとも無駄遣いはさせないから」

38年間、家族を養ってきたという自負は、妻の現実的な計算の前に音を立てて崩れ去りました。

「誰のために働いてきたのだろう⋯」

佐藤さんは、手にしたばかりの「ご褒美」が、自分のものではないことを痛感させられたのです。

統計から見る「老後30年」の残酷な収支予測

佐藤さんの妻、恵美さんはケチというわけではなく、超現実派なだけ。老後、2,800万円という退職金がいかにして消えていくのかをみていきましょう。

年金だけでは足りない⋯毎月の生活費

総務省「家計調査 家計収支編 2024年(令和6年)平均」によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の1カ月あたりの消費支出は平均23万6,696円。これに対し、公的年金を中心とした実収入から税金などを引いた可処分所得は24万6,237円です。一見すると黒字ですが、ここには住居の修繕費や予期せぬ医療費などは含まれていません。

さらに、生命保険文化センターの調査によれば、旅行やレジャーを楽しむ「ゆとりある老後生活」を送るには、月平均37.9万円が必要とされています。公的年金を差し引けば、毎月約13万円、年間で150万円以上の貯蓄の切り崩しが発生します。30年間の老後生活を想定すれば、それだけで4,500万円もの資金が必要になる計算です。

築30年を超えて発生する⋯住まいの維持費

多くの定年世代が直面するのが、自宅の老朽化です。国土交通省の「令和4年度 住宅市場動向調査」を参考にすると、住宅のリフォームにかかる費用は、屋根・外壁や水回りの改修を含めると1回あたり数百万円単位にのぼります。

もし、バリアフリー化を伴う大規模なリフォームのほか、建て替えを検討する場合、その費用は1,000万〜2,000万円を容易に超えていきます。退職金を車に充ててしまうと、雨漏りや設備の故障に対応する予備費が枯渇する恐れがあるのです。

予期せぬ出費も大きい⋯医療・介護費用

生命保険文化センターの調査によると、介護が必要になった場合の期間は平均5年強。住宅改修や介護用ベッドの購入などの「一時費用」に平均74万円、月々の「介護費用」に平均8.3万円が必要です。夫婦二人分と考えれば、1,000万円単位の備えがあっても決して過剰ではありません。

意外な盲点⋯孫への出費

近年、シニア層の家計を圧迫しているのが孫への支出です。ソニー生命の「シニアの生活意識調査」によると、孫がいるシニアが1年間に孫のために支出した金額の平均は約10万円を超えています。入学祝いや誕生日、お年玉帰省時の食事代など、家族の絆を深めるための出費は断りづらく、これが数十年にわたり家計の「固定費」として重くのしかかります。

佐藤さんのように、退職金を「長年のご褒美」と捉える気持ちは自然なもの。しかし、前述の統計が示す通り、2,800万円という金額で贅沢三昧ができるわけではありません。まずは夫婦で思い描くセカンドライフに優先順位をつけること。自分へのご褒美も、綿密な計画のもとで実現する必要があります。