「不揃いの障子」に込められた町の記憶 球磨川沿いの老舗「鶴之湯旅館」が豪雨から5年を経て復活へ
5年前の豪雨で大きな被害を受けた熊本県八代市坂本町では、復旧工事が今も続いています。
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その町で被災した老舗旅館が、まもなく営業再開します。復活に向けた日々を追いました。
1日2組 4代目のおもてなし
球磨川を国道沿いに走ると見えてくる木造3階建てのレトロな建物。球磨川温泉・鶴之湯旅館です。
創業は1954年。一歩足を踏み入れると、タイムスリップしたかのような空気が漂い、廊下からは美しい球磨川が一望できます。
利用客「いいですよね 球磨川は」
利用客「すごくきれいでびっくり」
利用客を迎えるのは、創業者のひ孫で旅館の4代目・土山大典さん。34歳のときに、それまでの仕事をやめて、ここを継ぎました。客のもてなしから部屋の修繕まで1人で切り盛りしています。
鶴之湯旅館 土山大典さん「この旅館を守らないといけない、という気持ちが強かった」
旅館の食事には坂本町の食材を使っています。料理はほぼ独学です。
1日2組しか迎えられませんが、丁寧なもてなしで少しずつファンを増やし、地元の人からも愛される存在になっていました。
地元の人「頑張っているし、旅館に行くたびに綺麗になっている」
土山さん「頑張ります」
しかし…5年前の豪雨で球磨川が氾濫。坂本町の被害は甚大でした。
「逃げるのに必死だった」
鶴之湯旅館も濁流に飲まれ、土山さんは、すぐそばにある肥薩線のトンネルの上に避難しました。
土山さん「初めて見る水位でした。まさかこんなにも早く水が迫ってきて旅館の中まで水が入ってくるとは予想していなかったものですから。逃げるのに必死だったというかとても恐ろしかったのを覚えています」
再開後・・・さらなる苦難
建物自体は踏ん張ったものの、1階部分は柱だけを残してすべて流されました。
それでも、友人や常連客、ボランティアの助けを借りて、翌年の秋には旅館の一部を再開しました。
しかし、ほどなくして休業を余儀なくされます。
土山さん「旅館も次の災害に備えるかさ上げする決断をしました」
約2mの宅地のかさ上げ。再開からわずか3か月で再休業となりました。
あれから5年 新たな「お風呂」
そして、豪雨から5年が過ぎた今年の夏。鶴之湯旅館ではかさ上げ工事が一段落し、内装工事が始まっていました。
【8月】風呂場の様子
旅人たちの疲れを癒した大浴場。
自慢のタイルは解体されていました。
職人「立派になると思いますよ、大自然に囲まれていて いいところですよね。営業再開したら予約しようと思っています」
そして外壁工事が終わり、足場が撤去されました。
記者「わ~!すごーい!窓をあけてすぐ球磨川なんですね」
土山さん「1年ほど足場がかかっていたので、ようやく球磨川を一望することができました」
【9月】厨房の工事が開始
土山さん「真横にトンネルがあって、肥薩線が通るたびに時間が分かるんですよ。土日になると、午後3時50分だったんだよね。SLが通るのが。生活のリズムの中に肥薩線があった」
トンネルは現在、仮設道路として使われています。
【11月下旬】そして・・・。
土山さん「おひさしぶりです」
記者「びっくりしました きれいになったんですね」
旅館は、かつての姿を取り戻しました。
「不揃いの障子」に込められた願い
旅館には新たな一面も加わりました。
例えば玄関には、浴槽に使っていたタイルが再利用されています。
土山さん「過去に何度も泊まってくださったお客さまには見覚えのあるタイルを喜んでいただけるのではないか」
宿泊客に食事を出す大広間の不揃いの障子は、被災し、解体を余儀なくされた町内の家から譲り受けました。
土山さん「『○○地区の○○さんのお宅から』と、一軒一軒思い入れのある障子です。みなさんの思いとともに旅館作りをしたいという思いで、譲り受けたものを再利用しています」
“被災の記憶も、旅館の大切な歴史”
豪雨からの5年半、球磨川に向き合ってきた土山さんの気持ちです。
土山さん「球磨川の恵みで旅館が生業になっている。球磨川のおかげでこの旅館はあると日々感じています」
球磨川温泉・鶴之湯旅館。
客の笑い声が聞こえる日は、もうすぐです。
