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須坂市出身でプロのスカウトも注目する大型左腕!運命のドラフト会議を23日に控え、その胸中は…。

江藤蓮選手
「強気のピッチングが評価されていたらうれしいです」

この秋、富山の地からプロ野球入りを目指す1人のピッチャー。須坂市出身で未来富山高校3年の江藤蓮 選手です。

身長180センチ、体重84キロと恵まれた体格に!

「ナイスボール!」

しなやかフォームからの剛速球はMAX145キロ!今年の春、U18の強化合宿に参加したことをきっかけに全国区となりプロも注目する左腕です。

江藤選手はこの夏、中心的な存在としてチームをけん引。春・夏通じて創部初めての甲子園出場に導きました。

初めての聖地・甲子園でも先発マウンドを任されますが…。

山口県の高川学園を相手に5回と3分の1を11安打・8失点と打ち込まれ、5対8で初戦敗戦…。甲子園・初勝利とはなりませんでした。

江藤蓮選手
「甲子園ではいい結果ではなかったのですが全国の舞台で投げさせていただいて、自分の力がまだ通用しない部分もたくさんあった」

江藤選手が本格的に野球を始めたのは小学2年生の時。当時から周りの小学生よりも身体能力や柔軟性が秀でていて打っても投げても敵なしの状態。

これまでの野球のキャリア全てで常にチームの中心選手として活躍してきました。

そんな江藤選手をそばで支え続けてきたのが父・政行さんと母・玲子さんです。そして、ここは家族にとって思い出の場所…。

母・玲子さん
「ここによく来てグローブ本当に小さい保育園ぐらいの頃からただ転がすだけとかここでやってますね。ほぼ練習はここです」

父・政行さん
「朝練とかしていたんですよね。5時に起こしてここへ。小学2年の子供を叩き起こしてここで練習してたんですよ」

江藤連選手
「まだ野球を始めたばかりで何も知識がなかった時だったのでお父さんと一緒に練習しながら一つ一つ成長できたと思います」

玲子さん
「朝早いし土日も遅かったりとか、本人も一日本当に野球漬けって感じでやってましたけど、でもどんなにつらくても、辞めたいと言ったことは1回もなかったんですよ。『辞めたっていいよ』って言ったけど『辞めない』って『どんな嫌なことがあっても俺は辞めない』って」

強い信念で続けた野球。しかし夢の一つだった聖地・甲子園で打ち砕かれた自信…。「プロ一本」としていた進路もこのままでは通用しないのではと心が揺らいだと言います。

「これからプロを一本で絞って、ドラフト会議の時に選ばれるように、きょうからまた全力で野球と向き合って頑張っていきたいと思います」

周囲からの後押しもありプロへの挑戦を決断!9月8日、学校を通じて高野連にプロ志望届を提出しました。

江藤蓮選手
「やっと志望届を出すことになって小さい頃からの夢だったプロ野球選手に向けて一歩足を踏み入れたのかなっていうのは思います」

甲子園で負けはしたものの、プロのスカウトからの熱い視線は変わりません。その後も江藤選手をチェックするため複数の球団スカウトが訪れたといいます。

スカウトが評価しているのは「伸びしろ」と「将来性」。日本の「12球団」のうち江藤選手のもとに送られた調査書の数はなんと「11」にも上ります。

調査書は基本的な運動能力やけがの有無、これまでの野球の成績などを記す履歴書に近いもの。「球団が興味を示している」証ですが、ドラフト指名が約束されているものではありません。

ドラフト会議で1つの球団が指名できる人数は最大10人まで。ただ、例年各球団とも編成の都合から5人から6人で指名を終えるため、12球団全体で指名される選手の数は70人ほどです。一方、今年プロ志望届を提出したのは高校生大学生あわせて「300人」。

これに加えて実業団やクラブチームから指名される選手もいるため、プロの道に進める選手はごくわずかです。

玲子さん
「夢はプロ野球選手だったので。その夢がね、叶うかどうかっていうとこに来てるんですけど。評価してくださるとこがあれば、いいかなって思います」

政行さん
「どこの球団がもし指名してくれるとしても、縁なのでこれは。祈るしかないですね。本当に」

江藤連選手
「ここまで来れたのは自分の力ではなく支えてくださった方々の思いがあって自分の思いも絶対あると思うので、プロ野球選手になってしっかり恩返していけたらいいなと思っています。力強い真っ直ぐだったり、強気のピッチングが評価されていたらうれしいです」

夢のプロへの道は開かれるのか。23日、運命のドラフト会議を迎えます。