「経営がヤバいと名車を生む」マツダの“不死鳥経営”はここから始まった?社会現象を起こした「赤いファミリア」|マツダ 5代目ファミリア【推し車】
マツダを救い、トヨタを脅かした伝説の名車
「赤いFFファミリア」…長らく日本市場で無敵の販売実績を誇ったトヨタ カローラを抜き去ってトヨタに脅威を与え、JASA(公益社団法人自動車技術会)による「日本の自動車技術330選」にも選ばれた、伝説の歴史的名車です。
過去にMOBYが「推し車」として紹介した記事の中でも反響が高く、今回はリメイク版「MOBY推し車リバイバル」として、この5代目ファミリアを紹介しましょう。
単に社会現象となるほどの大ヒットを記録するだけではなく、ロータリーエンジンに傾倒しすぎて深刻な経営危機に陥ってたマツダの救世主となるべく考え抜かれた工夫など、後の初代デミオでも再現されるマツダのお家芸は、現代でも通用する力作です。
初代での成功も、ロータリーへの傾倒で苦戦したファミリア
乗用車よりトラックなどの方がよほど重宝されていたかつての日本で、ダイハツと並ぶオート3輪や商用車の名門として、戦前から戦後復興期に大成功していたマツダですが、軽4輪のR360クーペ(1960年)に続き、1963年には初代ファミリアで小型乗用車に参入します。
当時の「商用車を休日にはマイカーとしても使うのがやっと」という世情を反映し、まずはライトバンで登場、次第にセダンやクーペといったラインナップを増やしていきますが、800~1,000cc級の乗用車としては美しいデザインに優秀な性能で成功を収めました。
1967年には2代目へモデルチェンジしますが、その頃には後にマツダの看板メニューとして著名になる「ロータリーエンジン」への傾倒が始まっており、ファミリアもコスモスポーツに続く普及モデルとしてロータリークーペをラインナップ。
ただし、1,000~1,300cc級に車格アップしたファミリアに大衆車としてのテコ入れは十分ではなく、1966年にカローラやサニーの初代モデルが登場、「マイカー元年」をスタートしていたライバル各社は、マツダによるファミリアへの扱いに首を傾げていました。
マツダとしてはロータリーさえ成功すれば、自動車メーカーとしての将来が約束されている…あるいは、生き残りを賭けていたようですが、ピックアップトラックやマイクロバス、大型高級セダンにまでロータリーを積む一方、大衆車はいささかおろそかになっていきます。
その結果、1970年代のオイルショックで燃費の悪いロータリーエンジンが「ガス食い」として一斉に評価が覆って不評になった時、ファミリア(当時は3代目)は既に、あまり魅力的とは言えないモデルになっていたのです。
ハッチバックの4代目を足がかりに、5代目は起死回生のFF化
1977年に登場した4代目ファミリアは、まだ後輪駆動のFRレイアウトだったとはいえ先進的な2BOXハッチバックスタイルを採用、その実用的パッケージがヨーロッパでウケて大衆向け小型車としての魅力を回復します。
この4代目ファミリアや、燃費改善で低公害スポーツエンジンとしての魅力を回復したロータリーエンジンを積むコスモAP(1975年)で復活の足がかりをつかんだマツダですが、完全復活には国内外で爆発的にヒットする大衆車が必要です。
そこで4代目で確立した2BOX実用ハッチバックのパッケージを組み込んだ、新たなFF大衆車を開発、これが5代目ファミリアとして1980年に登場するや、目論見どおりの大ヒットを記録、当時圧倒的なシェアを誇るトヨタ カローラすら蹴落としました。
FF2BOXパッケージは日本だと軽自動車で1960年代から採用されていたものの、本格的に花開いたのは初代ホンダ シビック(1972年)へ発売直後に追加された3ドアハッチバック車から。
他にコンパクトカーでは初代三菱 ミラージュ(1978年)や、2代目スバル レオーネスイングバック(1979年)も追従しましたが、ファミリアはそれらと一線を画するスッキリスマートなフラッシュサーフェス(平滑化)&ウェッジシェイプ(クサビ型)ボディを採用。
1980年代の日本車が一斉にそのデザインを脱皮させる先陣を切った1台として、社会現象になるほどの大人気を誇ったのです。
「広島の不死鳥、マツダ」を決定づけた1台
5代目BF型ファミリアで注目すべきは、単にその頃の流行となりつつあったFF2BOX化を果たしたという面だけではなく、優れた収益性と、マツダらしいスポーツ性の確保の両立でした。
ボディを平滑化したフラッシュサーフェス化は、1970年代までの日本車に多かった曲線的で抑揚のあるグラマラスなデザインに対し、手の込んだプレス工程を要せずスマートで先進的なイメージを低コストで実現しています。
搭載されるエンジンは平凡なキャブレター式SOHCエンジンで、特筆すべき動力性能を持ち合わせていなくても、左右分割可倒式でリクライニングも可能な後席と、目一杯倒せる全席とでフルフラットの広い室内を実現可能なパッケージが魅力なので、問題なし!
このあたりの工夫は、再度の経営危機から立ち直るキッカケを作った初代デミオ(1996年)でも忠実に再現されたマツダのお家芸となっており、収益性の高い低コストで魅力のあるコンパクトカー開発としては、他メーカーも大いに参考とすべきところです。
しかも、マツダらしいスポーティな走りを同社初のFF車でも実現することに抜かりはなく、2本のロアアームと長いトレーリングアームによってトーコントロールを行い、リアに高い追従性を与えた「SSサスペンション」による操縦安定性は絶賛されました。
低コストで走りが良くパッケージングは秀逸なコンパクトカーは、ユーザーの満足度が非常に高いだけではなく、メーカーにとっても利益率が高くイメージアップという大きなメリットがあり、売れるほどユーザーもメーカーも嬉しいのが特徴。
「いい車を作れば売れる」というだけではなく、「売れれば売れるほど儲かる」ことに徹底して取り組んだマツダは、どれだけ失敗して傾こうとも大事な技術を持つメーカーとして誰かが助けるという、現在まで続く構図をこの5代目ファミリアで確立させました。
単に売れただけではなく、マツダが傾くことはあっても、決して倒れない自動車メーカーであることを決定づけた1台として、このファミリアは記憶されるべきでしょう。
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