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三輪自転車にバッテリーとモーターを合体

text:Jeremy Hart(ジェレミー・ハート)translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
1881年にギュスターヴ・トルヴェが制作した、史上初の純EV。そのレプリカといえども、限界領域まで攻めた走りを試す勇気は出てこない。写真をご覧いただければわかるように、とても華奢なのだ。

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3本のタイヤは、ソリッドゴムで極細。ステアリング操作で、その内の2本が向きを変える。ブレーキはレザーのベルト。小さなシートの座面は、肩の位置くらいの場所にある。小さなモーターは、スイッチのようなスロットルで制御する。


ギュスターヴ・トルヴェの電動三輪車(1881年)

電気自動車へのシフトが進む2021年。安全性の評価という点でも、目をみはるほどの進化を遂げていることが良くわかる。今から140年前、トルヴェの時代では特に問題にはならなかったのだろう。

コベントリー製の三輪自転車に、彼が制作したバッテリーとモーターを合体。フランス人は、史上初と考えられる充電可能な電気自動車を生み出した。

この電動三輪車が誕生した1881年4月19日といえば、まだアメリカ西部は未開拓。南アフリカではトランスバール戦争が終わり、英国ではビクトリア女王が在位していた。

電動三輪車に乗り、パリ1区のヴァロワ通りに向かったトルヴェ。座っているだけで進む三輪車は、多くのパリっ子を興奮させ、怖がらせた。イラストには、犬が電動三輪車を追いかける様子が描かれている。

「パリジャンの多くは、悪魔が通り過ぎると感じたでしょうね」。と笑うのは、トルヴェの子孫の1人、パトリック・シャルゲロンだ。

電気駆動の技術は広く用いられていた

「1881年に電気自動車が誕生していたとは、想像していませんでした。1900年か、1910年くらいだと思っていましたよ」。シャルゲロンのような驚きは、多くの人が抱くだろう。内燃エンジンが発明される何年も前に、電気自動車が走っていたのだから。

ゲイドンの英国自動車博物館で学芸員を務める、キャサリン・グリフィンに話を聞いた。「トルヴェが電気モーターと充電式バッテリー、自転車を組み合わて作った乗り物は、最も初期にあたる自動車の1つでした」


ギュスターヴ・トルヴェの電動三輪車(1881年)

「電気自動車の歴史を振り返れば、それが現代に生まれた技術ではないことがわかります。興味深いものですよね。1800年代後半、電気駆動の技術は広く用いられ、現代と同じメリットを備えていました」

「よりクリーンで、静かだったんです。同時に電気駆動を選ばない理由も、現代と同じでした。航続距離や信頼性などですね。道路環境が整備され都市同士が結ばれても、当時のバッテリーでは到達することが難しかったのです」

「その後ガソリンの価格が下落し、内燃エンジンを大量生産する方が安価になりました」。ご存知のとおり、20世紀は内燃エンジンの時代となった。

トルヴェの電動トライクのレプリカ製作だけでなく、初走行から140周年目にパリを走るということも、筆者の電気自動車プロジェクトの目標の1つになっていた。未来を担う純EVだが、その元祖を復元させる取り組みも、正しいと思えた。

現代の電動自転車用部品を流用

インターネットで検索を進めると、ビクトリア朝期の自転車や三輪車を手作りする、クリスチャン・リチャーズという人物に辿り着いた。もとITエンジニアだったという彼は、わたしのアイデアを聞くと、戸惑うことなく賛同してくれた。

「不思議なことに電話をもらった時、わたしもコベントリー・レバーと呼ばれる三輪車に、電気モーターを積んではどうかと考えていたんですよ」。と、教えてくれた。


ギュスターヴ・トルヴェの電動三輪車(1881年)

リチャーズは、トルヴェによる1881年の初走行のことは知らなかったようだが、レプリカを可能な限り正確に作ろうと努力してくれた。当時の画像や資料は限られており、非常に困難な課題だった。

しかも、筆者がリチャーズに相談したのは、トルヴェの記念すべき日の6週間前。残りの時間は長くない。

リチャーズはワークショップにこもり、三輪車の制作を進めた。全体の参考にしたのは、1881年当時のイラスト。A1サイズに拡大している。フレームは完成形があったが、3本のスポークホイールを素材から作り、フレームに取り付けるだけで1日を要する。

電気モーターは彼にとって新しい部品だった。「メインの駆動用に、追加のスプロケットを備えた現代の電動自転車用バッテリーとモーターを取り付けました」

「コベントリーレバー三輪車のペダルとレバーは、レプリカでも残してあります。ブレーキの補助としても有効です」

140年前にトルヴェが見たパリの光景

製作開始から1か月後、リチャーズはトルヴェのレプリカを完成させ、パリへ向かう準備が整った。しかし、コロナウイルスの影響でパリはロックダウン中。リチャーズはフランスへは移動できなかった。

今回のプロジェクトは、英国ウェスト・ミッドランズで商用バンの製作を手掛ける、中国のマクサス社の支援を受けている。パリまで、彼らのバンでレプリカを運搬してくれた。


ギュスターヴ・トルヴェの電動三輪車(1881年)

完成したトライクを載せたバンとともに、筆者は英国を後にした。ドアミラーに小さく映るリチャーズの姿は、寂しそうだった。

フランス・パリは、ゴーストタウンと化していた。唯一、年配の紳士2人に立ち会ってもらっただけ。電気の力で走るトルヴェの電動三輪車が、パリの石畳を走る。路面の凹凸で揺れ、ガタガタと音を立てる。2人の紳士が、熱心に視線を向ける。

1人は、トルヴェの子孫に当たるシャルゲロン。彼は笑顔を見せながら声を上げる。「なんと美しい。とても美しい乗り物ですね」

ロックダウン中のパリにはクルマがなく、ヴァロワ通りの様子は1881年4月の頃と大きな違いはないように見える。現代的な建物や看板などの姿はほとんどない。140年前にトルヴェが見た光景を、筆者もそのまま体験しているように感じた。

電気戦車に乗った悪魔。140年以上も昔に電気自動車に乗った、未来を見越した鬼才。トルヴェの功績は、今へと続いている。