12月中旬の秋葉原の昼下がり。

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コミケが一度も開催されず、例年にない年越しを迎える2020年の秋葉原。オタクや外国人観光客で活況を呈していた街は、今、どうこの非日常を耐えているか。その声を探った。

15年間秋葉原で暮らす人物は

12月中旬。秋葉原の目抜き通り・中央通りを歩いてみると一見、人出も開店している店の様子も変わらない。路地に入ると皆マスクをつけながらもさらに対人距離は縮まる。

オタクグッズをつけた若者がちらほら見つかるのはコロナ前と同じだし、メイドたちも皆マスク姿ではあるが「縄張り」を保ちつつ客を呼びこんでいる。

しかしコロナ前には外国語が盛んに飛び交っていた複数の家電量販店では店頭のキャラクターの声につられて入る人はまばら。やはり「何か」が欠落したような空気が街にはある。

そんな秋葉原に家を構えて住んでいる人がいる。15年にわたり秋葉原に住み、ロングセラーの同人誌シリーズ「秋葉に住む」を刊行し続けてきたしげのさん(仮名)に、コロナ前と今での秋葉原は変わったかを聞いてみると、打撃を受けてはいるものの街は一見平穏に見えると思う、との感想だった(取材は12月中旬)。

「外国人観光客と観光バスが途絶え、メイド喫茶にも閉店した店があります。エンタメの一つだったメイド喫茶や地下アイドルは、ビニールシートを張ったり人数制限をしたりで営業を続けていますが、マスコミの風評を恐れて厳密すぎるほどです。ただ、意外に街が死んでいるということはなく、表向き人の動きも回復しています」

たとえば、ラーメン店をめぐる事情だ。

「秋葉原はラーメン屋が80店ほど営業している激戦区ですが、閉店する店があっても新たに開業した店もあるので、全体としてはそんなに数は変わらない感じですね。ただ、秋葉原駅近くのUDX秋葉原でビジネスマン向けに商売していた店などは相当苦しそうです。4〜5月の緊急事態宣言中に比べれば相当マシですが...」

秋葉原といえばオタクカルチャー。夏と冬のコミケ期間中には地方からも参加者が上京して秋葉原でも打ち上げや、買いそびれた同人誌を購入していた。それらが途絶えたために、同人ショップも苦しい。売り上げが減ることよりも、イベントというモチベーションを失った書き手が、本を作らなくなってしまうためだ。秋葉原に店を構える同人ショップのスタッフがその負のサイクルを話してくれた。

「イベントがいわば締め切りみたいなもので、それをモチベーションにして本を作ってショップにも納入して売る、というサイクルでした。書き手の皆さんも趣味でやっているので、明確な締め切りがないとなかなか取りかかれないんですね。イベントがないので皆さんが本を作らない、入荷量も減って売り上げがなくなる、ということです。同人ショップ以上に印刷会社の方が苦しいでしょう。コミケがあれば会期後も4日目・5日目と来てくれる人もいたのですがね」

平穏に見える街並みの裏で

アキバの経済についてもこのスタッフ曰く「表向きはよくても内部はヤバいでしょうね」と推測する。

「店を開けていれば当然固定費はかかります。うちもスタッフを減らし人件費を削り、また持続化給付金と書店業以外の収入があるので続けていられます。給付金のおかげで来年初めまでは持たせられている店舗が多いと思いますよ。来年の2月〜3月頃で1年になりますから、その時期になると業態問わず持たなくなって閉める店が増えてくるかもしれません」

持続化給付金については政府は現時点では21年1月で申請を打ち切る予定である。自粛ムードが解けないようなら、1年を耐えてきた店舗にはさらに厳しい局面になるかもしれない。

「2000年代中盤に秋葉原駅周辺の再開発が大きく進み、また『電車男』ブームなどもあって、90年代までの『電子工作の街』から『オタクの街』に変わったのが一番大きかったと思います。昭和の頃は小さな電気店が集まる場所で、それが電子工作→オタクカルチャーと、街のカラーは変わってきたようです」

秋葉原の街の変化を、そう振り返るしげのさん。その秋葉原の活気を担ってきたオタク層もイベントがなくなり、顔を合わせる機会が著しく減ったことで活動のモチベーションが低下している。「定期的に顔を合わせて挨拶して、というリアルで会える場(イベント)が1年無かったのはきついですね。飢えてます」ともしげのさんは話す。一見穏やかに見える秋葉原の年越しだが、コロナを耐え忍ぶ戦いは続いている。