日本で出場わずか1試合の元Jリーガーはなぜタイで認められたのか? アジアンドリームを体現する36歳の生き方
片野にとってのアイドルは“中田英寿”。視野の広さと強靭なバランス感覚が好きだったという。そして7年前、そのアイドルが手掛ける財団が企画したチャリティーマッチがタイで行われ、一緒にプレーする機会に恵まれた。
「挨拶しただけで。でもスタジアムに着いて、一番最初に挨拶へ行ったことだけは覚えています。それ以上の会話は何もできなかった。自分が照れてしまってね」
とは言うものの、試合前の記念撮影では、アイドルの隣でしっかりと肩を組むことに成功する。タイが繋いでくれた実に夢のあるエピソードではないか。
片野が幼少期に父が脳梗塞で倒れた。その状況でも好きなサッカーを続けさせてくれた恩義があるという。だから自分の意志だけでは簡単に辞められないと。少しでも長くプレーできるように日々精進するのみだとも。
今年9月には第一子が生まれた。自らのことしか考えていなかった人間が、今は支えてくれる家族や仲間、そしてファンの為にサッカーをする。人の為に行動できる人間が実に強く美しく見えた。
36歳、来年2月に始まる新シーズンへ向けて、すでに始動している。身体づくりに余念がない。
■プロフィール
片野寛理(かたの ひろみち)
1982年生まれ、千葉県船橋市出身。順天堂大学サッカー部から栃木SCへ入団。その後、佐川印刷SC、ギラヴァンツ北九州を経て、2011年からタイを拠点に奮闘する。オーソットサパー・サラブリーFC、流浪足球会(香港)、スコータイFC、トラートFCを渡り歩き、来季は新たなチーム、シーサケットFCと契約。彼のアジアンドリームは終わらない。
取材・文・写真●佐々木裕介
