■豊田陽平が語るJリーグ第1ステージとハリルジャパン(前編)

 ロシアワールドカップに向けた第一歩となるアジア2次予選の初陣。シンガポール戦の招集メンバーに豊田陽平の名前はなかった。直前の代表候補合宿には呼ばれていた豊田は、その時点でJリーグファーストステージ得点ランク1位と結果を残していたが、代表リストからは外された。

「世代交代」

 メンバー外になった理由をそう説明する声は少なくない。

 しかし今年30歳になったばかりの男を"ロートル扱い"は不当だろう。今シーズンの豊田はガンバ大阪の宇佐美貴史と同じく、史上19人目となる6試合連続得点の記録を作っている。過去3シーズンは連続15得点以上を記録し、日本人選手では三浦知良、武田修宏、中山雅史以来、12年ぶり史上4人目の快挙となった。そもそも今季を含めた過去4年間のJリーグ得点数で、豊田以上の選手は一人もいない。

 満員の埼玉スタジアムで行なわれたシンガポール戦は、期待はずれのスコアレスドローに終わった。圧倒的優位で試合を進め、指揮官は「670回もパスをつなげた」と強がっている。しかし、プロと高校生ほどの実績と立場の差がある相手に無得点だった。

 その翌日、元日本代表である三浦知良がスポーツ紙の取材で一つの提言をしていた。

「豊田やハーフナー(マイク)のように、ヘディングが強い選手を前に一人置くだけでも、違うんじゃないかな。空中戦に強い選手がいると、ヘディングで落とすとか、バリエーションも広がる」

 はたして豊田本人は、自分が置かれた現状をどう受け止め、どう行動しようとしているのだろうか―――。

 2015年6月21日、佐賀県鳥栖市。昼に近づく頃には気温が一気に上昇し、肌に粘り着くような暑気だった。前日のリーグ戦はFC東京に1−2と本拠地で逆転負け。午前11時からのリカバリーを終えた豊田は、練習場の近くにある蕎麦屋「銀次郎」の駐車場に愛車を停めた。

 昼はもっぱら外食だ。

 管理栄養士である妻の料理が支えになっていることは弁(わきま)えているが、子供の頃から「外食」という響きには密かに胸が躍るという。愛想良く近づいてきた店員に「天ぷら蕎麦セットの大盛り」を注文した。蕎麦はモンテディオ山形でプレイしていた時代に好きになった。食べることにストレスを持ち込みたくないので、好きなものを口にする。偏食にならないようには心に留めているが、気兼ねなく自由に食べたいものを食べる。

 もっとも、食事に関してはこだわりがないわけではない。

「朝食は1シーズン、基本的には同じメニューにしていますね。ご飯、味噌汁、ウィンナー、サラダ、卵、牛乳。味噌汁は具よりも、とにかく熱いこと。卵料理はスクランブルエッグや卵焼きやオムレツなどバリエーションはあります。これがベース。例えば、昨日の晩ご飯で残った塩鯖を加えて、とかいうのはありません。デザートで、疲労回復効果のあるキウイやオレンジを食べることはありますけど」

 食生活を一定化することで、体のリズムを整え、どんなときも同じ力が出せるようにする。それは多くの一流アスリートが実践している習慣だが、豊田は2010年に鳥栖に入団以来、作ったパターンを崩していない。安定した日常が彼の心をリセットさせ、新たな心境で戦いに臨ませる。

「年齢を重ねることで考え方が落ち着き、その分、余裕が出たのかなと思っています」

 5月の誕生日で30歳になった豊田は、左手で箸を使いながら麺つゆにつけた蕎麦を唇で勢い良くすすった。

「若いときは身体能力が売りだったので、例えば"高さでは誰にも負けない、空中戦は全部勝つ!"という気持ちでやっていました。"最高到達点でボールを捉える"とか。でも、ただ高いだけなんて、本当に無意味。局面によっては、"勝てないな"と判断したら、瞬時に切り替え、"自分が触れないなら、相手にも競らせない"という駆け引きをすればいい。ヘディングはポジション、タイミングの二つが大事ですよ」

 前日のFC東京戦でも、豊田は最終ラインに有効なダメージを与えていた。ヘディングはすべて勝ったわけではないが、ほとんど負けていない。体勢が悪いときは五分五分の争いで優位を与えず、ときにファウルを奪うことで相手の流れを断ち切っている。敵陣に打ち込んだ杭のようになり、味方にとっては足かがりに、敵にとっては目の上のたんこぶになった。

 戦い巧者の柔軟さが出たのは、CKの場面だ。

「試合に入る前には、別のプランがありました。コーナーでは、東京はニアで(ボールを)すらされて失点しているシーンが多かったので、そこに入るか、もしくは、弱さのあるファーポストで勝負しよう、と計画していたんです。でも、モリゲ(森重真人)が厳しくマークにきたので、まずは彼に競らせず、同時に(ニアで動かずに守る役をしていた)高橋秀人の周りをぐるぐる回り、一人で二人、ひきつける作戦に変えました。それによって自分は満足に競れずに得点の可能性は低くなるので、賭けでした。でも、先制点は狙い通りでしたよ」

 豊田が森重、高橋という東京のストロングヘッダー二人を潰し、空いた空間に走り込んだ金民友はフリーで右からのボールに合わせた。

 試合中に習得した豊田のしたたかさは、敵をとことん苦しめる。ポストワークでも、一度ボールを収めて展開を広げるのだが、たとえ成功しなくても相手のファウルを奪い、苦しい味方に一息つかせる。そしてボールを自陣から出せないほどの劣勢と見るや、積極的に中盤に落ちて体を張る。犠牲的精神の一言では片付けられない、数字に顕在化しない貢献度の高さである。

 一方、今シーズンも豊田はJ1で2位の12得点を記録している。得点王に輝いたJ2時代を含めて6年連続二桁得点を悠々と達成。なぜチームプレイを怠らず、ゴールという数字もたたき出せるのか?

「やっぱり、メンタルやと思いますね」と豊田は言う。

「ゴールというのは不思議なもんで、調子がいいから絶対に決められるというものではないんです。心の持ちようや感情、それに運が必要。どうも思い通りにはなりません。ただ僕はキャリアを積み上げてくる中、自分のするべきことが分かってきたというか。一瞬に必要な集中力、決断力をどう出せるか。それは結局、メンタルの部分なんです。若いときの方が選択肢は多かったかもしれませんが、無駄で効率の悪い選択肢もたくさんあって、それをそぎ落とす作業をしてきました。例えば10の選択肢を、3つ、4つの有力な選択肢にしているから、大事な場面で精神的余裕が生まれているのかもしれません」

 食べ終えたお膳を横にどけた彼は、食後のアイスコーヒーを頼んでからこう続けた。

「30歳を超えて結果を残せている選手を見渡すと、いくつかのことに気づいたんです。例えば、一つのことに秀ですぎてもダメだな、と。何かに秀でているのはプロにとって必要なことですが、それに頼りすぎてしまうと加齢には抗えない。常に自分を見つめて考えることが、選手には必要でしょう。30歳になる前から、うまくもない自分がどうするべきか、と人を観察しながらずっと突き詰めてきました」

 彼には一つの哲学がある。

「考えていないと、行動には移せない」

 それは当たり前のことなのだが、行動せよ、という前に思慮ありき。彼は思考と行動を結びつけてきた。

「日々の体のケアやチームの中で個人のプレイスタイルをどう生かすか、そういうことを考えている人だけがプロの世界は生き残っています。僕のような下手くそな選手は、そこを追求しないとやってこられなかった。やれること、できないことはあるんですが、考えることで自分を変えられる可能性も広がりますから」

 所属する鳥栖はファーストステージで11位と昨季よりも低迷しているが、エースは苦境を憂いつつも論理的だった。

「今までとほとんどメンバーは替わっていないわけだから、できないわけがない。やっぱりメンタルなのかなと思いますね」

 胸の内側のささくれをそぎ落とすような口調で、豊田は言う。

「どこかに甘さが出ているんだと思います。それがわずかでも"ボタンの掛け違い"になっている。メンタルのところで崩れちゃっているなと。そういうときはマイナス面ばかりが見えちゃうんですよ。いいときも悪い面は必ずあるんだけど、そこにフォーカスされない。敵がシュートを外して救われ、運でなんとかできていたり。いいときはマイナス面を感じないんですが、悪いときは悪いことばかりを感じ、スパイラルに入ってしまう。

 それを止める一番の薬は、無失点に抑えて勝つことです。そうすれば自信が回復する。プラスの部分を見られるようになって、いい精神状態で戦えれば自然と結果も付いてくる。どんどん良くなってくるんです。開幕前に話したように、このメンバーでタイトルを取ることが自分の目標。絶対に取れるはずです。全員が甘さに気づき、慢心せず、自信を取り戻す。それだけですよ」

 歴戦の男は堅牢な情念を奥底に沈める。目の前の事象に一喜一憂しない。単純剄烈(けいれつ)な自負心が行動のバネになるのだ。

 今年6月のW杯2次予選、シンガポール戦で、豊田は日本代表のメンバーから漏れた。悔しさを覚えるし、奮起も促されたが、焦りや動揺はない。負傷したFW川又堅碁の代わりにまったくタイプの違うFW永井謙佑が選ばれても、「年齢による優先順位があっても不思議ではないし、タイプとか関係なく、序列があるのかも」と、至って冷静だった。

 格上の日本がシンガポールに苦戦し、無得点で引き分けたことにも冷静な視点を持っていた。

「実績を考えると物足りない結果でしたけど、実際に中に入ってみないとわからないことは多いんです。だから発言は難しい。例えば監督の会見での発言にしても、選手の立場で言わせてもらえば、"ロッカールームで何を話したか"が知りたい。監督というのは自分の選んだ選手についてネガティブには極力言わず、むしろ矢面に立とうとするものですからね」

 その一方、日本サッカーのカリスマ的存在であるカズのコメントには、素直に感謝の気持ちを吐露した。

「光栄なことですね。カズさんと面識はないんですが。今でもよく覚えているのは、京都サンガ時代に神戸でヴィッセルと試合をしたとき、当時カズさんがおられて、得点後にカズダンスを踊ったんです。そのとき、西日がそこにだけ射し込み、まるでスポットライトが当たっているように見えました。自分はベンチにいたので、凄いなと眺めていましたね。スーパースターに自分のことを話してもらえて、本当にありがたいです」

 豊田は相好を崩して言った。

「次にハリルさんに呼ばれたら? ぜひ一度、個別に話してみたいですね」

 席を立とうとする彼はキャップを頭に被り直し、帽子のつばを後ろ向きにした。
(続く)

小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki