【皇室×王室】ベルギーとの絆 天皇皇后両陛下が国賓訪問へ 大使インタビュー「最高級の大切な節目に」 国交樹立160年
天皇皇后両陛下が6月13日〜26日、オランダ・ベルギーを国賓として訪問される。このうち日程後半のベルギーに焦点をあて、両国の歩みを振り返る。日本とベルギーは今年で外交関係樹立160周年。そこには、皇室と王室の長きにわたる交流の歴史があった。
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「両陛下を国賓としてお迎えできることを、とても光栄に思っています」
開口一番こう語ったのは、駐日ベルギー大使のアントワン・エヴラー氏。大使も入念に準備を進めている最中。記者はその思いを聞きに行った。
アントワン・エヴラー 駐日ベルギー大使
「私自身も両陛下に同行するので今から期待しています。今回は、天皇陛下と国家元首の出会い。国際親善の形の中で最高級です。国賓訪問はまさに祝賀の場。最高級の大切な節目になると思っています」
ベルギーってどんな国?
べルギーは、周囲をイギリス・フランス・ドイツに囲まれた国。面積は九州より少し小さく、人口は約1200万人。1830年にオランダから独立した。物理的には大国ではないが、NATOやEUの本部が同国内に置かれるなど、政治・経済で非常に重要な役割を担う。
そして、ベルギーは国王を元首とする立憲君主国。さまざまな言語、多様な文化を持つのが特徴の同国で、国が一つに連帯する存在として大切なのがまさに「王室」だという。
アントワン・エヴラー 駐日ベルギー大使
「私たちを結びつける最大の要素は、もちろん国王と王室です。多言語・多文化の国だけに、それぞれの国民に共通するものとして、国王と王室が一人ひとりをまとめあげる象徴的な存在となっているんです。国のモットーは『団結は力なり(Unity makes strength)』ですから」
王室は、文化をまとめるだけでなく、政治的な安定という意味でも大切な役割がある。少数政党が乱立するベルギーでは「まとまらない」難しさに直面することもあった。2010〜2011年には、実に約540日間にわたって「正式な政府がない」という状況が発生していたのだ。ヨーロッパ政治と王室に詳しい専門家に聞いた。
駒沢大学 君塚直隆 教授
「他の国で滅多に聞いたことがない状況ですよね。1年半近く続いた状態を終わらせるきっかけとなったのが国王でした。ベルギー建国記念の日にアルベール2世(当時)がテレビメッセージの中でそのことに言及して、それでようやく各政党のリーダーが話し合って政権ができた…という経緯があるんです」
「ですから、ベルギー王は文化的な連帯のシンボルというだけでなく、政治面でも実権が強い。王が調整役になったうえで新政権ができるということもあります。これ、多党制をとっている北欧三国とかオランダのような国はそういう側面がありますが、中でもベルギーはとりわけ国王の力が政党政治の中で大きいんです」
歴代天皇初の公式訪問国 皇室と王室の歩み
日本とベルギーは、江戸時代末期の1866年に国交を樹立。ベルギーは当時、ヨーロッパの中でも工業の分野が発展していて、日本と密な技術交流が行われてきた。そんな中、互いの関係を強めてきたのが、まさに皇室と王室の交流。1882年、有栖川宮熾仁親王がレオポルド2世に面会したことから始まり、1921年に後の昭和天皇が即位前(裕仁親王時代)に訪問したことから本格的にスタートする。
実は、かつては天皇が海外を訪問することは叶わなかった。理由は、天皇が国事行為を委任できる法律がなかったため。1964年にその法律が施行され、1971年に昭和天皇と香淳皇后がヨーロッパを歴訪したのが歴史上初である。いくつか訪問した中でも記念すべき初の公式訪問国となったのがベルギーだ。
駒沢大学 君塚直隆 教授
「当時のボードワン国王の招きがあって実現しました。その前に彼が来日して香淳皇后と話をされた際『まだ海外に行かれたことがないなら、ぜひいらしてください』と熱心なお誘いがあり、それがこの歴史的訪問につながったんです。現地でもさまざまな場で国王らと交流されました」
両国の交流という意味では、ベルギーは他の多くの先進国と異なり、先の大戦における軍事衝突がほとんどなかったという。
駒沢大学 君塚直隆 教授
「ベルギーは連合国側、日本は枢軸国側。形式上は敵国なんですが、やはりベルギーの植民地はコンゴなどアフリカの方だったわけです。日本とは直接戦わなかった。その意味では、今回の日程前半に行くオランダとは反対に、そういうしこりがなくて、戦後も比較的穏やかな国交関係を保っていたといえます」
その後、上皇ご夫妻とボードワン国王王妃が親しい関係を築いた。1993年にボードワン国王が亡くなって国葬があった際、「天皇は葬儀に出席しない」という慣例がある中で、上皇さまは出席することを決められた。長年の友好関係に鑑みての判断で、天皇が国葬に出席するのは史上初だった。
駒沢大学 君塚直隆 教授
「国葬のとき、棺に運ばれて後ろをたくさんの人が行進するときのことです。もちろん序列が決められた上で、それにならって皆さん歩くんですが、現上皇ご夫妻は、海外弔問客の先頭、それもセンターの位置だったんです。その左右にヨーロッパの国王王妃らがいたような配置でしたね。日本とベルギーの絆をずっと両国がずっと大切にしてきたということの、象徴的な場面のひとつでした」
平成〜令和も続く交流 偶然の繋がりも
その後、いまの天皇皇后両陛下もさまざまな場で交流を続けられてきた。フィリップ国王やマチルド妃が来日した際、おふたりは皇居の外を一緒に回られた。たとえば1985年、浩宮時代の陛下が鎌倉の円覚寺を、2000年には、両殿下に葛西臨海公園を案内された。2002年のサッカー日韓W杯の時には、日本vsベルギー戦を4人で並んで観戦されたことも話題になった。
アントワン・エヴラー 駐日ベルギー大使
「フィリップ国王は、生涯で12回、日本を訪れています。10回は公式訪問、2回は私的な訪問です。国王陛下は本当に日本との関係に熱心ですよ」
また、ベルギー王室が日本を勇気づけたことも話題になった。2011年の東日本大震災後、ベルギー国内で追悼行事や支援の呼びかけが行われただけでなく、マチルド王妃は2012年に宮城・東松島市を訪問。被災者や子どもたちと直接言葉を交わし、話題となった。王妃や王女はどんな存在なのだろうか。
駒沢大学 君塚直隆 教授
「とくにマチルド王妃は、フランス語だけでなくオランダ語も非常に得意。国の連帯という観点では非常に大きな役割を果たしています。そして、長女のエリザベート皇太子は、愛子さまと同い年。2014年の『第一次世界大戦100周年行事』では、12歳にして仏独蘭3か国語でスピーチをしました。18歳のときには陸軍士官学校でトレーニングを積み、将来国軍の最高司令官になります。ついこの間は、ハーバード大学で修士をとっています。将来のベルギー女王として遜色のない存在になるでしょう」
国王一家とは代々こんな偶然もある。
駒沢大学 君塚直隆 教授
「実は、たまたま年齢が一緒という方が多いんです。▼昭和天皇とレオポルド3世(1901年生まれ)▼フィリップ国王と天皇陛下(1960年生まれ)▼そして愛子さまとエリザベート皇太子(2001年生まれ)。もちろん偶然ではありますが、こういう面も日本としては親近感が湧く要素の1つですよね」
両陛下は現在、今回の国賓訪問に向けて熱心に準備を進められているという。エヴラー大使がさまざまな文化・料理について記者に解説してくれたあと、最後に「両陛下には、当日どんな料理をおすすめしたいか」聞いてみると、大きく笑いながらこう話した。
アントワン・エヴラー 駐日ベルギー大使
「フィリップ国王陛下が現地で、天皇陛下に何をおすすめされるか次第でしょうね。本当に美味しい料理や、何百種類ものビールがあります。ビールにはそれぞれ固有の歴史があるため、味だけでなく背景の歴史を学べるのも面白いです。厳粛な行事だけでなく、ぜひそういう面でも楽しい思い出をお持ちいただきたいと思っています」
現地では、晩さん会や歓迎式典だけでなく、大学や研究機関、病院施設の訪問なども予定されていて、市井の人との懇談や文化面での交流も期待されている。27年ぶりの訪問、両国が160年築いてきた絆はより強固になるだろう。両陛下は13日、日本を出発する。
(TBS報道局・宮内庁担当 岩永優樹)
