「俺の才能は本物」落語界に殴り込みするヒカルと師匠・立川志らくの”思惑”

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ヒカルが立川さぎ志に

人気ユーチューバーのヒカル(34)と人気落語家である立川志らく(62)のたくらみが、落語界隈を少しばかりザワザワさせている。

スポーツ紙のウェブ版は『ヒカル、超大物落語家に弟子入り! 「立川さぎ志」としてデビューへ』(スポーツニッポン)、『ヒカルが落語家デビュー? 立川志らく「立川さぎ志として落語をやりたいと…デビューさせましょう」宣言』(デイリースポーツ)という見出しで報じた。

いきさつは、ざっと次のような感じだ。

ヒカルが自身のYouTubeタモリの芸を面白くないと否定。その情報をキャッチした志らくがヒカルを批判すると、今度はヒカルが切り取られた一部の情報だけをもとにして批判する志らくを批判した。

すると、志らくは即座にそのことを謝罪。ヒカルの当該YouTubeを全編視聴したうえ、タモリの面白さを伝えるために、直々に志らくはヒカルと面談。両者は意気投合し、ヒカルが自ら志らくにLINE落語をやりたいと訴えたことで、スポーツ紙が報じた次第だ。

落語家はデビューしない。歌手ならデビューCDやデビューシングルがあり、俳優ならデビュー作品があるが、落語家の場合、デビューに代わるのは前座修業期間に上がる「初高座」。地味なものだ。

そんなことは百も承知で

「デビューさせましょう」

と言っているあたりに、志らく師匠の思惑が透けて見える。落語のために人気ユーチューバーの知名度に落語を乗っけちゃえという計算。さすがだ。

志らくのたくらみはSNS上で拡散され、落語家や落語ファンがああだこうだと見識を述べ始めた。それこそ賛否両論。

「前座から修業を始めて一人前を目指すのが落語家だ!」

と歓迎しない人、

落語が話題になるんならいいんじゃない」

と歓迎する人、おおざっぱに分けるとその2パターンだ。

落語家以外の人が落語をやりたいと公言すると、そのような視点でジャッジしようとする面々が多い。以前、元参議院議員のガーシー氏が落語家デビューすると公言した際も、似たような反応がSNS上にあふれた。

落語をしゃべりたい」

志らくとヒカルのやり方を批判する面々は有名無名を問わずあまた出現したが、それに対する、ヒカルの啖呵が小気味よかった。

ヒカルはXで

落語界を舐めてるのか! って方へ あなた方はヒカルを舐めている 俺の才能は本物であり一級品 見る人が見ればそれにすぐ気づくし、まだまさに伸びしろがある〉

と言い放った。爪の垢を煎じて売り出せば大ヒットしそうなほどの自己肯定感である!

伝統的な落語家を目指すなら師匠に弟子入りし前座修業から始めるのが筋だろうが、ヒカルにあるのは「落語をしゃべりたい」という強烈な思いで、それを志らくが「弟子に取る」と受け止め、身元引受人を買って出たと解釈できる。

旧来の落語の物差しに当てはめようとしてはいけない。ハナッから違うんだから。そこを踏まえないと、“落語界とはこういうものだ”という特殊感だけが悪目立ちすることになる。

かつて、俳優の南沢奈央(35)が、落語デビューしたことがあった。柳亭市馬前落語協会会長に稽古をつけてもらい、400〜500人の客前で古典落語『雛鍔(ひなつば)』をしゃべり切った。どこからも何の非難も出なかった。

同じようにヒカルが秘密裏で落語の稽古に取り組み、志らく師匠が徹底的に叩き込んだ落語をしゃべったとしたら、世間はその出来だけに「すげー」とか「だせー」とか声を上げるだろう。そうしなかった今回の志らく&ヒカルのたくらみは、話題作りの先走りではあるが、いい話題も悪い話題も、話題は話題だ。落語に関する話題なんてそうそう作れるものではない。

世の中には、「これをやります」と宣言して、有言実行するタイプもいる。志らくとヒカルの師弟は「有言」した。残すは「実行」のみ。

YouTubeを見る限り、ヒカルのしゃべりはうまい(ら抜き言葉は直さないと、ね)。俳優や声優が完コピに近い形で落語をしゃべり、それなりに形にしているケースはある。俳優の風間杜夫(77)のように、落語会を開催し、本職顔負けのマネタイズに成功しているツワモノもいる。

志らくとヒカルが出演したYouTube動画はすでに500万回近く再生されている。書き込みには

〈ヒカルさんきっかけで今度志らく師匠の落語会に行きます〉

という好意的な声がいくつもある。これだけでもすでに、志らく&ヒカルのたくらみは成功している。

さて、数ヵ月後か1年後か――。

志らくは、自身の独演会の前座として立川さぎ志を“デビュー”させることができる。本物で一級品、ときっぱり断言できる才能による初高座がさてどんなものになるのか。

落語の手ごわさは高座で味わえる。

取材・文:渡邉寧久(演芸評論家)