最高の月9「ロングバケーション」で木村拓哉の恋人役が「山口智子」になった「フジテレビの裏事情」

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フジテレビの演出家・永山耕三氏が語る、ドラマ『ロングバケーション』の制作秘話。なぜ「ロンバケ」は「最高の月9」とされるのか。

【前編を読む】『東京ラブストーリー』でも『ひとつ屋根の下』でもない…元フジの演出家が「ロンバケ」を「最高の月9」とする「納得の理由」

木村拓哉の相手役はどう決まったのか

課題は、木村拓哉の相手役を誰にするかと、北川悦吏子の書くラブストーリーをどうオシャレに演出するか、の2点だった。

相手役はどう決まったのか。永山氏によれば、こんな意外な経緯があった。

「当時フジテレビでは、メインキャストが決まってから、どんな内容のドラマにするかを決めていました。'96年の事情を有り体にいうと、編成の都合上、メインキャストが決まっていた3本のドラマを2本にまとめなければいけなくなったんです」

当時決まっていた3本とは、

(1)木村拓哉主演作

(2)柴門ふみ原作、中井貴一主演作

(3)山口智子竹野内豊の主演作

だった。このうちの(1)と(3)のキャストを合体させて、木村拓哉の相手に山口智子、サブに竹野内豊を配する豪華なキャストが集まったのだ。ちなみに、(2)は『Age35, 恋しくて』(中園ミホ脚本)として、同年の木曜劇場で放送されている。

「北川さんは大喜びでしたよ。拓哉だけじゃなくて、当時女優としてピークを迎えていた山口智子に、自分の分身とも言える葉山南を演じてもらえることになったんですから」(永山氏)

「どれだけカネがかかってもいいから!」

山口智子は、デビュー間もない'89年に『同・級・生』で永山氏と一緒に仕事をしている。その後『スウィート・ホーム』('94年、TBS)、『29歳のクリスマス』('94年)、『王様のレストラン』('95年)と立て続けに当たり役を演じて、同世代の女性の共感と憧れを得るのみならず、国民的なスターになっていた。'95年には唐沢寿明と結婚、公私ともに順風満帆。そんな彼女が、結果的にフジテレビの事情で、新たな代表作を手にしたのだ。

木村拓哉山口智子という強いキャストは揃った。次は、いかにオシャレなドラマにするか。売れないモデルと若いピアニストのつかず離れずの「同居」物語にすると決めた際に、永山氏が心がけたのは、決して「同棲」にはしないということ。

「同棲にしてしまうと、昭和の生活の匂いがして、現代的でオシャレなドラマという目指す形から逸れてしまう。それを避けたかったんです。

あの二人は、簡単に恋仲にはならないような関係の同居人。日本ではまだシェアハウスは一般的ではなかったので、恋愛関係にない男女の同居がしばしば描かれる、ハリウッドのオシャレなラブコメを目指したんです」(永山氏)

その雰囲気を出すために、日本を感じさせない空間の見せ方に永山氏は気を配った。

「ニューヨーク・ブルックリンのリバーサイドに建つブラウンストーンのアパートメントをイメージしました」

ブラウンストーンとは、3〜4階建ての石造りの集合住宅のこと。築100年を超える建物も多く、ニューヨークが舞台の映画によく登場する。永山氏は、それが舞台装置として最適だと考えた。

心当たりがあった。'91年、永山氏は『東京ラブストーリー』を撮り終わった直後に、脚本の坂元裕二と共に舞台『スタンド・バイ・ミー』を手掛けた。その稽古場として通っていたのが、東京都江東区の森下駅近くにあった劇場「ベニサン・ピット」。隅田川沿いの下町には、古い倉庫を再利用したモダンな建築が並んでいた。首都高の真下でもあり、都会的な雰囲気もある街だと見当をつけ、歩き回ったところ、新大橋のそばにとある物件を見つけた。

外観は洋風の3階建て。薄い茶色の外壁。屋上があって看板を立てるための台が設置されている。しかも建物の前は空き地になっているから、撮影に都合がいい……。

「もともとは海外企業の日本支社も入っていたようで、アメリカの雰囲気もある。見たところ空きビルだったので、『どれだけカネがかかってもいいから、4ヵ月撮影のために借り上げてくれ!』と会社に頼んだんです」(永山氏)

「スーパーボールキャッチ」の裏側

お誂え向きに、そのビルは近いうちに再開発で取り壊しが予定されており、すぐに借り上げることができた。こうして、瀬名が住むマンション―ファンの間で「瀬名マン」と呼ばれる、日本ドラマ史でも屈指の「聖地」を確保することに成功する。

瀬名マンを「ブルックリンのブラウンストーン」風に仕上げたのは、フジテレビで長く美術制作を担った空間美術デザイナー・荒川淳彦だ。

1階のテナントはブルックリンスタイルのコーヒーショップ、2階は中国式整体という設定にして、日本的な要素を排除した。瀬名の部屋となる3階はもともと畳敷きの部屋だったが、洋風の玄関、ピアノの置ける広い洋間……と内装も変えられていく。

「まったく同じ間取りと内装、家具の空間をフジテレビの渋谷スタジオにも作り、新大橋の瀬名マンと使い分けて撮影しました。窓の外の様子を窺うような場面では、新大橋を使っています」(永山氏)

北川悦吏子は現実となった瀬名マンを見学して感激し、想像を膨らませていくことになる。しかし、第1話の段階では話は違っていた。

ドラマを象徴する印象的なシーンがある。永山氏が自らリハをしていたスーパーボールの場面だ。このシーンは、北川が現場を見る前に考えられたものだった。

「脚本では、瀬名は2階からボールを落とすことになっていたんですよ。子供の時よく遊んだでしょう? とか北川さんはいうわけです。でも、実際には瀬名の部屋は3階になった。キャッチするのが難しくなってしまった」(永山氏)

事前に50個ほどのスーパーボールを持ち込み試してみたものの、キャッチできた回数はゼロ。ただし実験の成果として、ボールが3階の高さまで跳ね返ることまでは分かった。まっすぐ手元に戻ってくる可能性は、ゼロではない。あとは撮影当日、木村拓哉というスターが成功させるのを祈るのみだった。

当日。日本でいちばん高度の出るクレーン付撮影車を用意し、瀬名と南が顔を出す3階の窓の上から見下ろす形でカメラマンが構える。永山氏は、木村拓哉の手から離れたボールの行方を見守り続けた。

「リハで20球くらい練習をしてから挑みました。本番、何度かやってなかなかうまくいかないな、難しいかな……と思っていたところで、拓哉がボールを摑んだ。キャッチして大はしゃぎするシーンですが、二人はリアルに喜んでいるんです」(永山氏)

「瀬名マン」という最高のロケーションは手に入った。一方で、もう一つの重要な要素―「音楽」もニューヨークのテイストで統一したいと考えた永山氏は、時代を彩るドラマのメインテーマを依頼すべく、あるミュージシャンに会いにニューヨークへと飛んだ。

「週刊現代」2026年5月25日号より

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永山耕三(ながやま・こうぞう)/'56年、東京都生まれ。大学卒業後フジテレビに入社。NY勤務を経て、『東京ラブストーリー』『ロングバケーション』『ラブジェネレーション』など数々のドラマを手掛ける。映画『東京フレンズ The Movie』『バックダンサーズ!』(ともに'06年)では監督を務めた

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