1杯750円でも人気 タイで抹茶ブーム 日本人には驚きの飲み方も…福岡の高級茶が“指名買い”されるワケ
日本茶の魅力が海外で知られるようになって久しい。なかでも現在、タイでは「抹茶」が独自の進化を遂げ、現地ならではの飲み方で人気を集めているという。旅行作家の下川裕治氏が、現地の声と日本国内の生産者の証言を基に、その実態をレポートする。
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【写真を見る】ちょっと味が想像できない…タイで人気という「ココナツ抹茶」 ほか
タイで抹茶人気に火がついたのは昨年の1月頃のことだった。それも1杯150バーツ(約750円)を超えるという、現地の金銭感覚でも高い抹茶ラテの売れ行きが増えた。背景にタイ人インフルエンサーの影響もあるが、その後も抹茶ラテの売れ行きは好調を維持しているという。
抹茶の魅力を知り、いまやカフェ関係者らに抹茶の淹れ方を指導するパーンさん(29)は、朝、目を覚ますと抹茶を飲む。タイでは「クリア抹茶」と呼ばれる飲み方で、まず抹茶を淹れ、そこに氷を入れて冷たくして飲む。日本ではクリア抹茶というと、殺菌処理をした安全性の高い抹茶を指すこともあるが、タイでは冷たい抹茶を意味する。タイは暑いので、こうして飲む人が多い。

パーンさんは、
「コーヒーを飲むより、スッキリして気持ちがいいんです。それに仄かな甘味がたまらない」
という。
パーンさんがはじめて抹茶を口にしたのは5年前だった。タイのカフェで抹茶ラテを飲んだのだが、そのときは、おいしいとは思わなかったという。口のなかに苦味が残ったからだ。しかしそれから2年後、日本を訪ね、東京の『一保堂』で和菓子とのセットメニューを頼んだ。そこで飲んだ抹茶は、タイで飲んだ抹茶とは別物だった。
「苦くないんです。爽やかな甘さがある。本物ってこういうものなんだ……」
抹茶に開眼したということだろうか。その後、抹茶に傾倒していった。タイの抹茶ファンはパーンさんのような経緯を辿る人が少なくない。
伸びるタイへの輸出
ブームのなか、タイに輸入される抹茶の価格は一気にあがった。ある日系輸入業者はこういう。
「一気に1・5倍、いや2倍近くなったブランドもある。人気の銘柄は取り合い状態ですよ。特徴は、高い質のいい抹茶が売れること。そういう抹茶は生産量も多くないから、確保に苦労するんです」
日本国内では茶離れが指摘されるなか、円安に後押しされて、日本茶の海外輸出量は確実に増えている。特にタイ向けの伸びは顕著だ。日本茶業中央会のデータをみると、タイ向けの日本茶輸出量は2021年の20万1,107キロから、2025年には90万6,700キロへと大きく伸びた。米国、台湾に次ぐ3位に位置する。しかしそれ以上に、品質のいい高級抹茶の輸出量が増えていることに業界は注目している。
タイの人びとが好む八女茶
高級志向のなか、タイ人の間では好みの銘柄へのこだわりが生まれている。「私は宇治が好き」「西尾はバランスがいい」……そんな会話が交わされる。タイ人の間でのいちばん人気は福岡県の八女茶(やめちゃ)のようだ。彼らは八女茶の味を、「ナッティー」と称する。「ナッツのような味がする」という意味だ。
それを受けてか、八女茶の価格も上昇している。八女市農業振興課に訊くと、八女茶の平均入札価格は2021年には1キロ6,448円だったが、2026年には1万851円と1・7倍近くになっているという。
タイでの抹茶の飲み方を取材すると、人気順にこうなる。
1:抹茶ラテ
2:ココナツ抹茶
3:クリア抹茶
4:薄茶
ココナツウォーターで割ったココナツ抹茶や抹茶ラテにすると、銘柄の特長がより引き立つのだろうか。筆者は日本人だが、抹茶を飲んでその銘柄がわかるかどうか……自信はない。筆者以上に日本茶に関しては初心者のはずのタイの人びとが、八女茶の味わいが好きという。訊くと、焙煎の違いではないかという。
この話を八女茶をつくる側の福岡県茶葉振興推進協議会の事務局長、松延久良氏に尋ねてみた。
「焙煎方法は各銘柄でそれほど違いはないと思います。海外のイベントに出品して煎茶などを飲んでもらっても、彼らは味の違いはなかなか区別ができない。しかし玉露のような高級茶になると、違いがはっきり出てくる。外国人でも認識できます。うちは1枚の茶葉にエキスを集める芽重型で、一定期間、日光を遮る昔ながらの製法で八女茶の玉露をつくっています。渋みが少なく、甘くて旨みが強いのが特徴。八女抹茶は、玉露と同じ茶葉を使っています。もみながら乾燥させると玉露になる。もまずに乾燥させて粉末にすると八女抹茶。おそらくタイの方は、八女抹茶を飲んでるんだと思います」
実際、八女茶の玉露は、全国茶品評会で25年、連続で産地賞1位を維持している高級茶だ。同じ茶葉を使う八女抹茶も玉露に風味が近い。
「タイのほうがおいしい」
日本茶業界の話を集めると、高級茶を輸出していくというマーケティングも見えてくる。
「タイは10年以上前から日本茶を輸出してます。ただグレードは高くなかった。苦いから砂糖を入れた飲料にして売っていたんです。それを高級茶に変えていった」(関係者)
コーヒーのマーケティング戦略に似ているという。キリマンジャロやブルーマウンテンなどのアラビカ種の高級ブランドが先に輸出され、コーヒー党が定着してくると、安いロブスタ種の豆に切り替えていく手法だ。タイでは八女抹茶をブルーマウンテンに仕立てていくような発想だ。
タイはそれだけ豊かになったということだろうか。タイ正月を利用して、今年の4月に日本に遊びにきたNさん(40)は東京で抹茶を飲んだ。
「あまりおいしくなかった。なんだか薄い感じでコクがない。苦みも残って。タイのほうがおいしい」
良い茶葉は日本ではなく海外へ……?お茶の世界では輸出偏重傾向がすでにはじまっているのかもしれない。
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954(昭和29)年、長野県生れ。旅行作家。『12万円で世界を歩く』でデビュー。『ホテルバンコクにようこそ』『新・バンコク探検』『5万4千円でアジア大横断』『格安エアラインで世界一周』『愛蔵と泡盛酒場「山原船」物語』『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』『沖縄の離島 路線バスの旅』『コロナ禍を旅する』など、アジアと旅に関する著書多数。『南の島の甲子園―八重山商工の夏』でミズノスポーツライター賞最優秀賞。近著に『僕はこんなふうに旅をしてきた』(朝日文庫)。
デイリー新潮編集部
