「座ったまま」にはリスクが……

写真拡大

 現代人は仕事場や家庭で長時間座ったままの生活を送るため、血流が滞りがち。すると、体のあちこちに不調が……。血管のエキスパート・高橋亮医師が提唱するのは、スマホやテレビを見ながらの「ずぼらストレッチ」で実現できる、血管改善法である。【取材・文 奥山典幸/ライター】

 ***

【写真を見る】1日5分でオッケーな「ずぼらストレッチ」とは

 春の訪れを感じる一方で、寒暖差や気圧の変動が大きい季節になりました。人間の体は、実に正直なものです。少し無理をすればすぐに不調として現れますし、反対に正しいケアをすれば、驚くほど素直に回復します。

 私はこれまで、血管や心臓を専門とする医師として多くの患者さんを診てきました。その中で確信していることがあります。それは「健康は血管で決まる」という事実です。

「座ったまま」にはリスクが……

 血流が滞れば、体のあちこちに不調が起こります。肩こりや冷え、むくみ、疲労感といった身近な症状から、動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞といった命に関わる病気まで、実は多くが「血管と血流の問題」につながっています。

 健康で長生きをするための近道は、血管に弾力を取り戻し、血流をよみがえらせること。それを誰でも手軽に実践できる方法として患者さんにお伝えしているのが「ずぼらストレッチ」です。

血管が元に戻らなくなる前に

〈血管こそが全身の健康を左右する。その改善は投薬や従来の食事療法ではなく、スマートフォンやテレビを見ながらのゆるいストレッチで実現できる。そう提唱するのは、医師・医学博士で血管のエキスパートの高橋亮氏だ。

 高橋氏は北里大学大学院修了後、東京大学医科学研究所に所属。現在は医療法人の理事長として臨床の最前線に立ち続けている。北里大学大学院修了後、オーストリアのウィーン大学へ留学し、最先端の心臓移植医療に触れたことがきっかけで「血管」というテーマに深く向き合うようになった。以来、外科医や内科医としての手術と診療経験、さらに基礎研究と臨床という「二刀流×二刀流」のキャリアを築き上げてきた。がん転移を抑制する新たな治療の可能性を世界で初めて示し、国内の学会や大学にて多くの受賞歴があり、米国の国際学会ではアジア代表として特別講演も行っている。

 研究の過程で血管の持つ潜在力に着目し、がん・血管・免疫細胞からなる「神の見えざる手」と名付けた新理論を提唱、注目を浴びた。さらに格闘技有段者としての経験や、自らの体で試した実践的な栄養学も融合させ、誰でも日常に取り入れられる健康法として「ずぼらストレッチ」を確立した。長年の臨床と研究から導き出された「血管こそが健康の鍵」という結論を「血管道」として具現化し、多くの人に伝え続けている。

「血管が硬くなって元に戻らなくなる前に対策をしてほしい」

 そう願いを込めて2025年12月に上梓した『血管の名医が薬よりも頼りにしている 狭くなった血管を広げるずぼらストレッチ』(サンマーク出版)は、版を重ねてロングセラーに。同書で紹介している「ずぼらストレッチ」は、運動習慣がない人でも最も効率的に続けられると反響を呼んでいる。〉

「第二の心臓」

 血流が滞ってしまう最大の要因はとてもシンプルで、「動いていない」からです。

 現代人は、驚くほど活動量が少なくなっています。朝起きてから夜寝るまでの一日を思い浮かべてみてください。通勤は電車や車で座り、職場ではパソコンの前に座り続ける。会議でも座り、帰宅後はソファに沈み込み、スマートフォンやテレビを眺める。食事の時間ですら椅子に座ったまま。気付けば、立っている時間の方が圧倒的に少ない。そんな生活を送っている人も多いのではないでしょうか。

 座り過ぎは医学的に、“新たな生活習慣病”とも言われています。長時間座り続けることで、下半身では血液の渋滞している状態になるのです。

 血液が流れるのは心臓がポンプの役割を果たしているから。このことは多くの方がご存じでしょう。しかし、心臓の力だけで全身を巡っているわけではありません。むしろ重要なのは、筋肉の収縮による押し上げる力です。特にふくらはぎや太ももなどの下半身の筋肉は「第二の心臓」と呼ばれ、血液を心臓へと送り返す役割を担っています。

 その筋肉がほとんど使われない状態が続くとどうなるか。血液が下半身にたまりやすくなり、血液の流れはどんどん鈍くなってしまいます。血流が滞り、血管の内側では慢性的に炎症が起こりやすくなり、やがて傷口に悪玉コレステロールなどが入り込みプラークが形成される。プラークが徐々に増大し血管の内側が狭くなり、さらにプラーク破裂のリスクや血流悪化を招く「負の連鎖」となるのです。

 厄介なのは、このプロセスが静かに進行することです。初期のサインは、あくまで軽い不調として現れます。

 ・足の冷えやむくみ

 ・疲れやすさ、だるさ

 ・肩こり

 ・頭が重い、集中できない

 どれも「年齢のせい」「疲れているだけ」と片付けてしまいがちな症状です。しかし、こうした小さな違和感こそが、血流低下のサイン。放置すると、動脈硬化が進行し、心筋梗塞や脳梗塞といった重大な疾患として表面化します。

 健康は、ある日突然失われるのではありません。日々の「動かないこと」の積み重ねによって、静かにむしばまれていくのです。

運動8割、食事2割

 では、この負の連鎖を断ち切るにはどうすればいいのでしょうか。多くの人は生活習慣の中でもまず食事の改善を思い浮かべるでしょう。塩分を控える、脂質を減らす、野菜を増やす。どれも正しいアプローチです。しかし私は、患者さんにあえてこのようにお伝えしています。

「運動8割、食事2割」

 とはいえ、ここでいう運動はランニングや筋トレのようなハードなものではありません。必要なのは、「ゆるく、気持ちよく続けられる動き」です。

 その考えを実証するのが、ある患者さんのケースです。その方は頸動脈がプラークによって約半分も閉塞している状態でした。脳へ血液を送る重要な血管が著しく狭くなっており、いつ脳梗塞を起こしてもおかしくない危険な状態です。複数の医療機関を受診したものの、投薬では改善しませんでした。当時は手術も一般的ではなく、「これ以上できることはない」と告げられ途方に暮れていたところで私の病院を訪ねてきました。

「とっておきの方法を試してみますか?」

 私の提案に対して患者さんは、新しい薬や高度な手術を想像していたはずです。しかし私が提案したのは、「下半身を中心としたストレッチをゆるくやってみてください」というあまりにも拍子抜けするものでした。

「命に関わるかもしれないのに、それだけでいいんですか?」

 多くの方がそう感じることでしょう。しかし、ここに血管改善の本質があります。

若返らせるスイッチ

 筋肉を伸ばすと、体内では「一酸化窒素(NO)」という物質が分泌されます。このNOは血管の内皮細胞から放出され、血管を拡張し、しなやかさを保つ働きを持っています。いわば、血管を内側から若返らせるスイッチのような存在です。

 重要なのは、このNOが分泌される条件です。息が上がるような激しい運動は必要ありません。「気持ちいい」「伸びている」と感じる程度の、ゆるやかな動きのときにこそ多く分泌されるのです。つまり、頑張る必要はない。むしろ頑張らない方がいい。この手軽さこそが、多くの方に「ずぼらストレッチ」を長く続けていただけている要因といえるでしょう。

 実際にその患者さんは、半信半疑ながらもストレッチを継続しました。特別な器具も使わず、椅子に座ったまま、あるいはテレビを見ながら、日々少しずつ体を伸ばしていったのです。そして1年後。再び行ったエコー検査では、半分閉じていた血管が開通し、血流が明らかに改善していました。プラークも減少が見られ、血液は滑らかに流れていたのです。

「処置なし」と言われた状態からの回復。この変化は、血管が持つ回復力の大きさと、適切な刺激の重要性を示しています。

 ここでは、特に血流改善に効果的で、日常の中で無理なく続けられる四つのストレッチをご紹介します。

1日5分でOK

 これらのストレッチは、いずれも「ながら」で行って構いません。例えば、椅子に座って、スマートフォンを見ながら足を伸ばす。テレビを見ながら、ソファでゆっくりと体をひねる。床に寝転びながら、膝を抱える。これが“ずぼら”たるゆえんです。

 運動用のウェアを準備する必要はありませんし、ジムに通うようなやる気も不要です。ぜひ自宅で、部屋着で行ってください。

 しかも、短時間でOKです。まずは1日5分、週に30分を目安にしましょう。スマートフォンやテレビを見ていれば、5分なんてあっという間ですよね。

 ポイントは、量ではなく頻度にあります。毎日続けることが、血管を変えていくのです。

 ストレッチのポイントは、下半身の筋肉が伸びているなと感じることです。伸びている感覚というと難しく思われるかもしれませんが、気持ちいいと感じたらそれが伸びているということです。そのまま呼吸を止めずに5秒キープ。元の位置に戻って、ストレッチを繰り返します。

四つのストレッチ

(1)椅子に座りながら裏太もも伸ばし

(ストレッチのやり方)椅子に浅く腰かけて、片足を前に伸ばし、伸ばした足のつま先は上に向けます。伸ばした足が曲がらないように注意しながら、上半身をゆっくりと前に倒していきましょう。

(解説)裏太ももは硬くなりやすく、血流が滞りやすい場所です。ここを伸ばすことで、下半身全体の流れが改善します。

(2)椅子に座りながら内太もも伸ばし

(ストレッチのやり方)椅子に深く座り、両足を左右に投げ出すように広げます。つま先を外側に向け、体をゆっくり前に倒します。膝が動かないように両手で押さえましょう。

(解説)内ももの筋肉は普段あまり使われないため、意識して伸ばすことで血流の通り道が広がります。

(3)床に座りながら前太もも伸ばし

(ストレッチのやり方)両足を伸ばして床に座り、片方の足はまっすぐに伸ばしたまま、もう一方の足は後ろに曲げます。両手を後ろについて体をゆっくり後ろに倒します。顔が下を向かないように気を付けましょう。

(解説)前太ももは大きな筋肉で、ここを動かすと全身の血流が大きく変わります。

(4)寝転びながら股関節ほぐし

(ストレッチのやり方)ベッドや床の上にうつぶせに。両足でクッション(または枕)をはさんだら、両手はあごの下に置きます。両膝は床に着けたままクッションを上に上げます。上半身が動かないように注意しながら、クッションを左右に揺らしましょう。

(解説)股関節は血流の要所です。ここを柔らかくすることで、下半身全体の巡りが一気に良くなります。

 立派な運動習慣を身に付けることではなく、体を固めっぱなしにしないことがこのストレッチの目的です。そのため、運動が苦手な方でもできるような内容にしています。大切なのは、完璧を目指さないこと。少しだけでも体を動かすこと。それで十分なのです。

 また、余裕があれば、「10秒だけ速く歩く」という習慣を加えてみてください。日常の歩行に短いスピード変化を入れるだけで、血流は一気に活性化します。ストレッチと組み合わせることで、より高い効果が期待できます。

体をつかさどるネットワーク

 最後に改めてお伝えしたいのは、「血管と血流が健康かどうかを決めている」ということです。

 血管は全身に張り巡らされ、その総延長は約10万キロに及びます。およそ地球2周半分の長さにあたる血管が、酸素や栄養を運び、老廃物を回収し、私たちの生命活動を支えているのです。

 体をつかさどるこのネットワークが滞れば、どこか一部の問題では済みません。脳も、心臓も、筋肉も、全てに影響を及ぼす可能性があります。つまり、手や足など、どこかの血流が滞ると、体全体に悪影響を与えるのです。

 とはいえ、血管がしなやかで弾力を保っていれば、多少の負荷がかかっても柔軟に受け流すことができます。血流はスムーズに保たれるので、細胞は十分な栄養を受け取り、体は自然と整っていきます。

 重要なのは、「血管は年齢に関係なく変えられる」ということ。動脈硬化が進み血管の石灰化が始まる前であれば、血管のしなやかさを取り戻すことは十分に可能です。だからこそ、今日から「ずぼらストレッチ」を始めてほしいのです。その小さな行動が、血流を改善し、血管をしなやかにし、やがてあなたの未来を変えていきます。

 健康とは、特別な人だけが手に入れるものではありません。日常の中の、ごくささやかな選択の積み重ねによって、誰もが手にできるものなのです。

高橋 亮(たかはしりょう)
1979年生まれ。北里大学大学院修了。医師、医学博士。血管のエキスパート。東京大学医科学研究所などに所属後、医療法人芝大門会理事長に就任。『血管の名医が薬よりも頼りにしている 狭くなった血管を広げるずぼらストレッチ』(サンマーク出版)などの著書がある。

「週刊新潮」2026年4月30日号 掲載