“嫌われ女優No.1”から“最も美しい人”へ…評価爆上げした米スター、過去の自分は「ぎこちなかった」と告白
そんな“嫌われ者”のイメージが強かったアンだが、2026年4月には米ピープル誌の恒例企画で「世界で最も美しい人」に選ばれ、栄えある称号を獲得。同誌とのインタビューでは、かつての自分を振り返り、「ずっとぎこちなかった」と発言し反響を呼んでいる。
米ピープル誌の恒例企画「世界で最も美しい人」に選ばれたアン。同誌の表紙を飾るとともに、インタビューに登場し、『プラダを着た悪魔』の共演者たちや家族のこと、美容やファッションなどに加え、自身の内面の変化について率直に語った。
このなかで特に反響を呼んだのが、「ぎこちなさを感じていた時期はありましたか?」と質問されたときの答え。「(冴えない時期が)何十年と続きましたね……本当に何十年も」と認めたうえで、こう打ち明けた。
「私はハリウッドのなかで、最も長い迷走期を経験したと思いますね。たぶん30代後半まで続いていた」
「10代の思春期特有の多感な時期が、ずっと続いていた感じでした。どこに行っても落ち着けなくて、足場が定まらなかった。子どもの頃から話すのも苦手で、コミュニケーション自体に不安がありました」
けれども、40代になって心境に変化があったという。
「この仕事を始めたばかりの頃は、自分を厳しく追い込むことでより良い表現者になれる、と思っていました。でも40歳になって、なんだか自分の中でギアが切り替わったんです。もはや『居心地の悪さを感じながらぎこちない人生』を生きることに興味はなくなり、ただ人生を楽しもうと思うようになったんです」
◆ネット上で「ウザイ」「ワザとらしい」の大合唱
2001年公開の『プリティ・プリンセス』で映画デビューし、あっという間にブレイクしたアン。プリンセスのイメージを確立し、若い世代の憧れの存在となった。
2005年公開の映画『ブロークバック・マウンテン』で複雑な役柄を演じ、2006年公開の『プラダを着た悪魔』ではファッション界で翻弄される等身大の女性を熱演。あえて難役に挑み、実力派女優の仲間入りを果たした。
2012年公開の『レ・ミゼラブル』でアカデミー助演女優賞をはじめ数多くの賞を受賞し、演技派女優としての地位を確立。名実ともにハリウッドのトップ女優に上り詰めたが、この頃から何かにつけ、ネットでバッシングされるようになった。
アカデミー賞や各映画賞での授賞スピーチが「ワザとらしい」と叩かれ、インタビューなどでの受け答えが「やたらハイテンションでウザイ」といちいち批判を浴びた。SNS上には、彼女の名前“アン・ハサウェイ”と、「嫌い」を意味する言葉“ヘイト”をかけあわせた「#Hathahate(ハサウェイ嫌い)」という造語まで生まれた。
◆40代になってよかったことは……
かつては、“米国一の嫌われ女優”とまで言われていたアン。さすがに“米国一”というのは大げさかもしれないが、一時は「イタイ女優」という不名誉なレッテルが貼られてしまっていた。
そんな激しいバッシングを乗り越えつかんだ「最も美しい人」の称号。これはピープル誌が1990年から毎年続けている企画で、これまでにジュリア・ロバーツやジェニファー・アニストンといったトップ女優も授与された栄誉ある称号だ。
ただアンは、過去のぎこちない時期も大事な通過点だったと感じているようで、同誌とのインタビューでこう語っている。

