社運を賭けた前衛サルーン アストン マーティン・ラゴンダ(1) クサビ型にリトラ・ライトの鮮烈巨体
社運を賭けた1台のラグジュアリー・サルーン
1976年10月20日、アストン マーティンは極めて鮮烈なラグジュアリー・サルーンへ社運を賭けた。経営体制の刷新を機に。
【画像】クサビ型ボディにリトラ・ライト アストン・ラゴンダ ラピードにDBX 戦前のラゴンダも 全148枚
ロンドン・モーターショーでお披露目されたのは、驚くほど低く長い、ウェッジシェイプ・ボディを纏ったラゴンダ・シリーズ2。ギミック満載のコンセプトカーではなく、量産車初となる技術が、惜しみなく投じられていた。

アストン マーティン・ラゴンダ・シリーズ2(英国仕様) マックス・エドレストン(Max Edleston)
生産は1990年まで続き、ラインオフしたのは計620台。未来志向な姿勢は、充分な成功を掴むに至った。アストン マーティンが当時擁した、他のモデルより3倍も売れた時期もあったほど。
21世紀にも限定的に復活している特徴的なモデル名は、同社の正式名称、アストン マーティン・ラゴンダから来ている。発表から50年が過ぎた今、どんな記憶を残すだろう。
2トップ体制で指示された新モデル開発
ラゴンダ・シリーズ2の発売以前に、アストン マーティンを率いていたのは、1947年に同社を買収したデビッド・ブラウン氏。1950年代と1960年代に、それぞれラゴンダを冠したモデルは提供されているが、主力のDBシリーズより控えめな存在だった。
だが、1966年に入社したデザイナーのウィリアム・タウンズ氏は、DB6の後継モデルとして、2ドアクーペのDBSを描き出す。そのアイデアには、4ドアサルーンも含まれていた。かくして1974年に具現化し、シリーズ1となるラゴンダが発売される。

アストン マーティン・ラゴンダ・シリーズ2(英国仕様) マックス・エドレストン(Max Edleston)
ところが、提供できたのは7台のみ。既に経営状態は深刻化し、年末に破産管財人の管理下に置かれてしまう。
1975年1月に、カンパニー・デベロップメンツ社が介入。ピーター・スプラーグ氏とジョージ・ミンデン氏による、2トップ体制が組まれる。その2人はすぐに、タウンズへ新モデルの開発を指示した。新時代を象徴するスタイリングで。
多くの人が魅了された未来感溢れる姿
その頃、流行の先端にあったのは、直線基調でクサビ型のウェッジシェイプ。ロータスはエスプリで、フィアットはX1/9で、流れを先行していた。タウンズが、オールアルミ製ボディをウェッジシェイプで仕上げたとしても、不思議ではなかった。
フラットなパネルは、折り紙のようにシャープなラインで結ばれた。製造は難しく、ボディは手作業で仕上げる必要があり、1台に2200時間を要したとされている。

アストン マーティン・ラゴンダ・シリーズ2(英国仕様) マックス・エドレストン(Max Edleston)
全高は1302mmな一方、全長は5281mmあり、低く長いプロポーションは魅惑的だった。フロントグリルはクロームメッキで輝き、トランクリッドは優雅に傾いた。未来感溢れる姿に、魅了された人は多かった。
デジタルディスプレイにタッチセンサー
インテリアは、更に前衛的といえた。アストンマーティンのマイク・ロースビー氏は、クランフィールド大学と共同で、デジタルディスプレイを開発。リトラクタブル・ヘッドライトやパワーシートなどには、タッチセンサー式スイッチでの操作が選ばれた。
同時に内装はコノリー・レザーで仕立てられ、ウォールナットの化粧パネルが随所を飾った。足元には、フカフカのウィルトン・カーペットが敷き詰められた。

アストン マーティン・ラゴンダ・シリーズ2(英国仕様) マックス・エドレストン(Max Edleston)
コストを抑える目的で、パワートレインは従来的な内容に留まった。エンジンは、タデク・マレック氏が設計した既存のV型8気筒。4キャブレターで、5340ccの排気量から284psに49.6kg-mと、不足ないパワーを生み出したが。
トランスミッションは、クライスラー社製の3速オートマティック。車重は1981kgと軽くはなくても、0-97km/h加速7.0秒、最高速度225km/hを叶えていた。
この続きは、アストン マーティン・ラゴンダ(2)にて。
