アメリカ国務省の「奥の院」が見通せなかった現実…トランプ登場以前に始まっていた「秩序崩壊」の全プロセス

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ロシアによるウクライナ侵攻、世界的な移民排斥運動、権威主義的国家の台頭、トランプ2.0、そして民主主義制度基盤の崩壊……。

「なぜ世界はここまで急に揺らぎはじめたのか?」。

発売からたちまち重版が決定した話題書、『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』(川北省吾 著)では、共同通信社の国際ジャーナリストが、混迷する国際政治の謎を解き明かすために、国際政治学者や評論家、政治家や現場を知る実務家へのインタビューを敢行。辿り着いた答とは?

本記事では、〈ウサマ・ビンラディンが9.11を起こした「真の理由」…実は「アメリカ帝国主義」への恐怖ではなかった〉に引き続き、プーチン、習近平、そしてトランプへと繋がった「修正主義」の潮流について詳しく見ていく。

※本記事は、川北省吾『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』より抜粋・編集したものです。

分水嶺の2012年

アメリカの首都ワシントンを流れるポトマック川。河岸に沿ってフォギーボトム(霧の低地)と呼ばれる一帯が広がる。アメリカ外交の中枢、国務省はこの地にある。フォギーボトムは同省の代名詞でもある。

マイケル・キメジはかつて、国務省の本館7階で働いていた。1947年、時の国務長官ジョージ・マーシャルの命により、外交家ジョージ・ケナンが創設した政策企画局だ。同じフロアに長官室もある。

ワシントンの外交界には「『7階』は何を考えているのか?」という暗号めいたフレーズがある。国務省7階で立案される政策の影響力を物語る言葉だ。「7階」は国家の基本戦略を紡ぎ出すエリートたちの奥の院である。

2025年1月の第2次トランプ政権発足後、キメジにインタビューした。当時は有力シンクタンク「ウィルソン・センター」のケナン研究所長。気鋭の戦略家として、外交論壇で発言を重ねていた。

キメジの考えに触れるうち、トランプを世界的な「トレンドライン(時代潮流)」の中に位置付け、その起点を12年ごろに置いていることに意を強くした。「わが意を得たり」という思いだった。実際、この年は重要な出来事が集中している。

まず5月、ロシア首相だったウラジーミル・プーチンがドミトリー・メドベージェフに代わり、クレムリン(大統領府)の主に返り咲いた。11月には習近平が中国共産党総書記となり、最高指導者の座を手中に収めた。

「Gゼロ」という言葉が世に出た年でもある。第1章に登場した米国際政治学者イアン・ブレマーが「主導国なき世界」を描いたベストセラーを12年に刊行したのだ。『「Gゼロ」後の世界』である。

翌13年、バラク・オバマは「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言する。プーチンが復位し、習が権力の頂に立ち、アメリカが退却する「Gゼロ」世界。12年は「レコンキスタ(失地回復)の時代」への分水嶺だった。

トレンドライン

キメジが語る。

「冷戦終結後、リベラルな民主主義が失速し、リビジョニズム(修正主義)が勢いを増す『トレンドライン(時代潮流)』が形成され始めた。そうした歴史の転換は、恐らく12年ごろにロシアで始まった。それから中国、インドやトルコにも波及し、修正主義に立脚する『ストロングマン(強権指導者・独裁者)』が次々と現れた」

修正主義とは、既存の秩序や歴史観の書き換えを図る立場や運動である。その担い手は修正主義者(リビジョニスト)と呼ばれる。アメリカやヨーロッパは、欧米主導の秩序を打破しようとするプーチンや習を修正主義者と見なした。

ところが、その時代潮流は、当の西側にも押し寄せていた。「『民主主義の欧米』対『権威主義のロ中』」という構図がしばしば喧伝されたが、アメリカやヨーロッパの民主主義も侵食されていたのだ。

キメジは率直に告白する。「私は14〜16年、国務省の政策企画局に籍を置いていた。アメリカでも修正主義の胎動が始まっていたはずだが、私や同僚はそうした変化をよく理解していなかった」

時の大統領はリベラル派のオバマである。彼に仕える外交エリートは自由民主主義を信じ、非リベラルの伝統主義とは正反対の価値観を持っていた。「要するに、われわれは伝統回帰のトレンドラインを見通せていなかったのだ」

しかし、程なく「覚醒」がもたらされる。16年11月の大統領選だ。公職経験を持たない異端のトランプ(共和党)が、第1次オバマ政権の国務長官だった正統のヒラリー・クリントン(民主党)を破り、当選を果たしたのだ。

エスタブリッシュメント(体制エリート)の予想を覆す大事件だった。修正主義のトレンドラインにおける「最も重要な瞬間だ」とキメジは言う。民主主義大国アメリカがロシアや中国と同じように、ストロングマンを権力の頂に押し上げたのだ。

だから「トランプは遅れてきたリーダーだ」とキメジは言う。「彼は修正主義という新たな潮流の『生みの親』ではなく、ロシアから始まったトレンドラインに乗り、その系譜に連なる形で登場した」

その意味で、トランプは孤立した存在ではない。グローバル化の負の遺産が生んだトレンドラインのアメリカ的表現だ。プーチンや習近平も同じ潮流から生まれたストロングマンであり、肌が合うのもうなずける。

さらに〈なぜアメリカ人はトランプという「救世主」を求めたのか?…労働者や農民ら「非エリート」による、傲慢な都市部「エリート」への反乱〉では、グローバル化が生んだ格差と、エリート層への反発から読み解く「ストロングマン」台頭の背景について詳しく見ていく。

【つづきを読む】なぜアメリカ人はトランプという「救世主」を求めたのか?…労働者や農民ら「非エリート」による、傲慢な都市部「エリート」への反乱