裁判に勝つための「精神鑑定」があった…鑑定医が「殺人犯を心神喪失にしない」と話す意外な理由

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量刑に影響する精神鑑定

2022年12月、埼玉県飯能市で起きた殺人事件。近隣に住む男(46歳)が一家3人を斧などで殴って殺害し、その後、自宅に火を放った。この事件の裁判員裁判は2026年2月にさいたま地裁で開かれ、2026年3月16日、男に対して無期懲役の実刑判決が言い渡された。男は判決を不服として東京高裁に即日控訴している。

この裁判の争点の一つが、被告の責任能力の有無だった。犯行当時、男は精神疾患を患っており、「心神喪失状態だった」と弁護側が主張していたからだ。

「起訴前には10ヵ月もの長期間にわたり、精神鑑定が行われていました。裁判を通し、検察側は『責任能力はある』とみなし、死刑を求刑しました。判決では一定程度の心神耗弱状態だったことは認められましたが、善悪の判断能力や行動制御能力は完全には否定されないとし、無期懲役判決となったのです」(裁判を傍聴したライター)

殺人事件の裁判などでたびたび争点となるのが、被告の「責任能力」だ。犯行当時、心神喪失状態、つまり責任能力がない状態だったと認定されれば、刑法39条により、無罪、または不起訴になる。そこまで至らなくても、精神的な疾患や事情が量刑に影響するケースは少なくない。

その量刑の判断材料となるのが「精神鑑定」だ。

警察庁の統計によれば、殺人の認知件数は年間900〜1000件前後で推移している。だが、精神鑑定が行われている裁判は、「そのうちのごく一部にしかすぎない」という。これまで多くの刑事裁判で精神鑑定を担当してきた、精神科医で昭和医科大学特任教授の岩波明氏に聞いた。

精神疾患が関係していないことがほとんど

「精神鑑定は、実は“法廷戦略”なんです。検察側も弁護側も“勝つため”に精神鑑定を行うのです」(岩波氏、以下「」も)

では、精神鑑定はどのように行われるのだろうか。

精神鑑定には大きく分けて2つの種類がある。

まず、簡易鑑定。起訴前の勾留期間中に行われることが多く、数時間の面談を踏まえ、医師が簡易的な鑑定書を作成する。

もう一つが、本鑑定。いわゆる「鑑定留置」だ。一般的にイメージされる刑事事件での「精神鑑定」はこちらを指すことが多い。

これは検察側が、裁判所の許可を得たうえで、数ヵ月の鑑定留置期間を設けて行うもの。鑑定医は供述調書、関係者の調書、通院歴があればカルテのコピーなど、証拠資料を受け取り、状況を確認したうえで問診や、必要な検査を実施する。一般的な精神科の問診と異なるのは事件当時の状況についても質問する点だろう。精神鑑定は拘置所で行うこともあれば、状況に応じては入院させて経過を観察することもある。

検察は鑑定結果を踏まえて、責任能力の有無を判断する。

検察が「責任能力が無い」とすれば、不起訴になる。一方、責任能力が認められ、起訴されれば、最終的には裁判官が法廷で判断することになる。公判を通して、情状酌量が認められることもあれば、極めて例外的ではあるが、無罪判決が言い渡されることもあるようだ。

「主に精神鑑定の対象となるのは、通院歴があったり、なんらかの精神疾患が疑われたりする場合です。加えて、社会的にインパクトの強い事件についても精神鑑定は行われることが多い。こうした注目度の高い事件の場合、検察側は何としても被告を有罪にしたい。そのため『心神喪失の可能性』を潰すためにも起訴前鑑定を行うんです。それらのケース以外は、『責任能力ありき』が前提に裁かれているものがほとんどでしょう」

殺人事件で、特に猟奇性や残虐性の高い事件が起きると、SNSなどでは「加害者にはなんらかの精神的な異常があるのではないか」との声が上がりがちだ。だが、実態は異なる。

「その多くは、精神疾患が関係していません。周到に用意された犯行計画、逃走経路の確保、証拠隠滅など、こうした行動がとれているとすれば、『一定の判断能力がある』とみられることが多い。そのため、検察や裁判所が『精神鑑定の必要なし』と判断することも少なくありません」

後編記事『裁判の精神鑑定で「発達障がい」が多すぎる理由…「少しでも刑を軽くしたい」弁護側が招いた"切実すぎる事情"』では、情状酌量の材料とするための弁護側の精神鑑定の事情について詳報する。

【つづきを読む】裁判の精神鑑定で「発達障がい」が多すぎる理由…「少しでも刑を軽くしたい」弁護側が招いた”切実すぎる事情”