─ 先ほどの経営企画本部長だった厳しい状況下、どのように叱咤激励してきましたか。

 西山 20年度の決算はまさにどん底、株価は1000円を割り込む時期もあり、非常に厳しい状況でした。そのような中、経営企画本部長に着任しましたが、当時の後藤(高志)社長の強いリーダーシップと決断のもと、過去経験を積んで強靭になっていた企画本部のメンバーにより、様々な改革案が生み出されました。その一環として、シンガポール政府系投資ファンドのGICに一部の不動産の流動化を決定しました。

 当社が保有していたホテルやスキー場、ゴルフ場を譲渡しましたので、その意義を社内に周知させて社員に腹落ちしてもらうことに力を入れました。それでもありがたかったのは、こういった苦しいときこそ社員皆がついてきてくれたことです。




「東京ガーデンテラス紀尾井町」を流動化する意義とは?


 ─ グループ一丸となって同じベクトルを向いたと。

 西山 そうです。一方で今は「キャピタルリサイクル」と銘打った不動産事業を核とした成長戦略を掲げています。そして、その象徴的な事例として「東京ガーデンテラス紀尾井町」の流動化を行うことができました。

 ただ、今は業績が回復しており、GICのときとは環境が違います。ですから社内でも「まだやるの?」といった気持ちもあったと思います。だからこそ、先ほど申し上げたような意識改革を進めているわけです。

 私の実感としては、本部長のときは会社の業績もどん底で、皆が「会社は大丈夫なのか?」という不安を持っていました。そういった最中の改革には社員もついてきてくれます。しかし今は業績も回復して軌道に乗り始めていた中で、さらに将来を見据えて今回の紀尾井町の流動化を決めたわけです。

 ─ 業績が回復基調にある中での取り組みだっただけに、社内にも疑問の声があったと。

 西山 はい、一部にはありました。ですから、これがどんな意味を持ち、会社の将来に向けた成長にどうつながっていくか。そこを社員にもしっかり説明しなければなりません。先を見据えた「レジリエンス&サステナビリティ」が重要になります。西武グループには100年以上の歴史がありますが、次の100年に向けて持続的かつダイナミックで安定的な収益を積み上げるモデルに転換していく必要があります。

 それは東日本大震災やコロナ禍を通じて得た大きな教訓でした。ですから、今回の紀尾井町の流動化も将来のためにやる取り組みであり、業績が回復したからこれで終わりではないと。事業構造の転換、あるいはキャピタルリサイクルの象徴として社内外に理解を求めました。

 ─ 一致団結して前に向かうことが貴重ですね。

 西山 ええ。西武グループが持っている、もともとのDNAとしては、方向を定めて社員も腹落ちすると、大きな機動力を発揮できる点があります。いい意味での仲間意識の強い会社だと。今回も危機から立ち直って新しい方向に向かって進むに当たり、私も再びそのことを再認識しているところです。やはり人が財産だということです。

 ─ 具体的な成長戦略の1つとして東京・品川駅周辺の大規模再開発がありますね。西武グループにとっての品川エリアの位置づけを聞かせてください。

 西山 高輪・品川エリアは日本の玄関口になっていると思います。東海道新幹線は全ての新幹線が品川駅に止まりますし、羽田空港も近い。将来はリニア中央新幹線も品川が発着駅になります。そういった背景から、様々な企業が本社を移転したり、進出したりしています。