雨天は手に負えないジャジャ馬 ギルバーン・シボレーGT(1) 小さなボディが包んだV8エンジン ホイールはF1用
手強いコースで350psのV8マシンを駆る
晴天で良かった。グレートブリテン島南西部、手強いカッスルクーム・サーキットの名物は、派手なコースオフ。車重1.0t当たりの馬力が350psに迫る、60年前のハンドメイド・スポーツカーを走らせるのだから、条件は優れた方が良い。
【画像】小さなボディが包んだV8エンジン ギルバーン・シボレーGT 往年のキットカーたち 全141枚
V8エンジンを積んだギルバーン・シボレーGTは、発案者のオーナーに駆られ、モータースポーツで輝かしい歴史を刻んだ。2台とない、ファクトリー・マシンといえる。

ギルバーン・シボレーGT(1965年/ワンオフモデル) ジャック・ハリソン(Jack Harrison)
これを注文したのは、ギルバーンGT 1800へ搭載される、標準の4気筒エンジンへ納得しなかったケン・ウィルソン氏。当初は、古いオースチンA35から引き抜いた、998ccのAシリーズ・ユニットが動力源だった。
マーコスやTVRなどのライバルになったGT
ギルバーンという名の小さなメーカーは、ジャイルズ・スミス氏とバーナード・フリーゼ氏の2人によって、1950年代に創業。技術者のフリーゼは、ヒルクライム・レース用に、独自のFRPボディを被せた自作のスポーツカーを以前から提供していた。
カッスルクームから遠くないポンティプリッドという町で、肉屋を家業としたスミスは、自宅裏に小さなワークショップを準備。知人のレーシングドライバーへ協力を仰ぎつつ、充分な完成度を持つ2シーター・クーペのキットカー、GT Mk1を生み出した。

ギルバーン・シボレーGT(1965年/ワンオフモデル) ジャック・ハリソン(Jack Harrison)
一体成型のFRP製ボディは、チューブラーフレームへリベットで固定。初期型はサスペンションもA35譲りで、リアはリーフスプリングが支えた。程なく、エンジンやトランスミッションの選択肢が増え、オプションでスーパーチャージャーも設定された。
実力は低くなく、一躍同クラスのマーコスやTVRなどのライバルに。ロータス・エリートを追い回せるほどコーナリングはシャープではなかったが、自動車雑誌のオートスポーツ誌は1960年5月に試乗し、まずまずの好評を与えている。
F1マシンのBRMでレースへ挑んだウィルソン
ギルバーンへGTを注文すると、塗装や配線が済んだボディとシャシー、新しいエンジン、ホイールが届けられた。半完成状態とすることで、品質の維持が図られていた。
数年後には、リアサスペンションがトレーリングリンク式になり、コイルスプリングを採用。MGB譲りの1.8L Bシリーズ・エンジンが選べるようになるなど、進化が続いた。

ギルバーン・シボレーGT(1965年/ワンオフモデル) ジャック・ハリソン(Jack Harrison)
1960年代初頭に毎月1台程度だった生産数は、ワークショップの移転・拡大もあり、1965年には毎週1台へ拡大。従業員は20名に増えていた。ウィルソンが、ギルバーンへ接触したのもこの頃。速いレーシングカーを作りたい、という思いが叶うことになる。
彼は裕福な環境にあり、1964年には使い古しのF1マシン、BRM P48でスプリントレースへ参戦。大胆なドライビングスタイルが特徴で、クラッシュが多いことでも知られていたらしい。だが、失敗へくじけるタイプではなかった。
エンジンルームへ押し込まれたスモールブロック
ギルバーンの開発へ大きな影響を与えた、レーシングドライバーのピーター・コトレル氏は、公道モデルで競うレースで何度もウィルソンに勝利していた。自ら手を加えた、GT Mk1に乗って。そこで彼は、1964年11月にマシンの製作を依頼したのだった。
ウィルソンが希望したのは、シボレーの4.6Lスモールブロック・ユニットを、狭いエンジンルームへ押し込むこと。基本的には、新しいGT 1800がベースになった。自身で手配した部品をワークショップへ持ち込み、駆動系や冷却系は強化された。

ギルバーン・シボレーGT(1965年/ワンオフモデル) ジャック・ハリソン(Jack Harrison)
4速MTは、リスター・ジャガー用。ホイールとラジエターは、BRMのスペアパーツが用いられた。ギルバーン側は、完成後の注目度の高さを踏まえ、作業へ応じたようだ。
V8エンジンのシボレーGTが完成したのは、1965年3月。シャシー番号はB100182で、今と同じETX 450Cのナンバーで登録されている。
濡れた路面では手に負えないジャジャ馬
果たして、意気揚々とサーキットへ向かったウィルソンだが、初戦はシリンダーヘッドへ亀裂が入りオーバーヒート。以降のレースでは、当時としてはワイドな15インチ・タイヤを履いても、濡れた路面では手に負えないジャジャ馬っぷりも明らかになった。
目の敵だったコトレルの運転スキルを認めたウィルソンは、彼をドライバーとして登用。その後の3年間、ウィルソンはヒルクライムなどでシボレーGTを走らせ、サーキットではコトレルがステアリングを握り、ギルバーンの名声を高めた。

ギルバーン・シボレーGT(1965年/ワンオフモデル) ジャック・ハリソン(Jack Harrison)
レースの記録は、殆ど残っていない。ランドー・サーキットで開かれた1戦について、「恐ろしく速いレッドのギルバーン・シボレー」が圧倒的なリードを奪いつつ、スピンでリタイアしたと、オートスポーツ誌は報告している。その日の天気は、雨だった。
この続きは、ギルバーン・シボレーGT(2)にて。
