旧統一教会に高裁が解散命令のウラで…レポーターが見た合同結婚式“日本人妻”の悲劇

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3万組のカップルがスタジアムを埋めつくす

東京高裁は3月4日、旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に対し、宗教法人法に基づく解散命令を出した。教団側は9日に高裁の決定を不服として、最高裁に特別抗告している。

そんな旧統一教会について取材を始めたのは、1992年のこと。桜田淳子が8月に韓国で行われる合同結婚式に出席するという会見を行ってからだ。

桜田に続き、何人かの著名人が合同結婚式に参加することを表明。芸能界のみならず、日本中が

「統一教会って何だ?」

と大騒ぎになり、ワイドショーだけでなく報道番組まで、連日テレビで取り上げられた。

当時、『タイム3』(フジテレビ系)のリポーターとして1992年8月に桜田が出席した、ソウルオリンピックスタジアムで行われた合同結婚式も取材に行っている。テレビや新聞、雑誌社など60人ほど、日本の取材陣が現地に赴いていた。

スタジアムにはウエディングドレスをまとった花嫁と、モーニング姿の花婿だらけ。約3万組というカップルが会場を埋め尽くす様子は、まさに“異様”な光景だった。

そんな桜田の現地取材のウラで、私とクルーは合同結婚式ですでに韓国の東北部にある農村に嫁いだ“日本人妻”にインタビューをしようと、接触を試みていた。

「信者を奪還させる会」の人たちの協力により、彼女の取材が実現したのだが、自宅に戻る時間が決まっていて、5分間の緊迫した取材であった。

寒い日の早朝、自転車に新聞を積んで一軒一軒配達をしていた女性が洋子さん(仮名)だった。年齢は30代前半と言っていたが、ノーメイクで肌は荒れ、髪もパサついており、私の眼には40代半ばから後半に見えた。

関東の公務員の家に生まれ育ち、短大を出て何不自由のない生活を営んでいた。弟が一人いると言っていた。

統一教会に入信したのが6年前。短大の友人に誘われて、教義と世界平和に共感して信者となった。

パスポートを取り上げられて

合同結婚式への参加は、親をはじめ、誰一人として賛成はしなかった。しかし、

「自分ならできる」

と“根拠のない自信”に突き動かされて決意したそうである。

相対者(夫となる人)とは、合同結婚式会場のソウルオリンピックスタジアムで初めて出会った。農家の次男坊で頼りがいのない感じの男性であった。

合同結婚式が終わり、すぐに地獄が始まった。

韓国東北部の実家での結婚生活は、まさに生き地獄であった。

実家には次男の自室もなく、洋子さんは豚小屋のような建物で寝起きをしていた。

洋子さんは片言の英語は話せたが、夫は無学で韓国語以外は話せない。会話もなければ一家団欒の時間もない。時折、夫が訪ねて来て、用が済むと出ていってしまう。

ただただ労働力としての日々。加えて現金収入のために新聞配達を強要された。

こんな劣悪な環境にもかかわらず不思議なことに、唯一の“よりどころ”は

「統一教会の教書を読むことです」

と語っていた。

外に出ることが許されて、支援団体と接触できた。その支援団体によって、洋子さんは夫の入信の本心を知ることになる。

30年ほど前、当時の韓国の農家の次男坊へ嫁ぐ人はほとんどいない。そんな中、統一教会の関係者から

「入信すれば高学歴の日本人女性と結婚できる」

と勧誘され、入信したようだと聞かされたのである。

“何故逃げないのか?”と洋子さんに聞くと、

「パスポートを取り上げられており、現金もない。土地勘もなく自分がいる場所がどこなのかも分からない」

と語っていた。

私は帰国後、洋子さんの消息について八方手を尽くしたが行方は分からないままである。だが、苦しい生活から抜け出したいという思いは感じたものの、表情や話しぶり、信仰心から、不思議と“後悔”の念は感じられなかった。

洋子さんは旧統一教会に“出会って”しまい、教義に生きることを“選択”した。無事を願うばかりだが、そんな宗教に翻弄された多くの女性が世界中にいることを、忘れてはいけないだろう――。

【YouTube】FRIDAYデジタル「芸能記者チャンネル」では、合同結婚式や韓国に嫁いだ“日本人妻”たちを現地取材した阿部光利レポーターが、旧統一教会のウラ側を証言している。『レポーターが見た旧統一教会“日本人妻”の悲劇【芸能記者が徹底解説#16 】』と題し、日本人妻たちの“闇”などを、さらに深く解説している。

取材・文:阿部光利(元TVレポーター)