限りなく透明に近いブルー


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 僕はピン芸人でありながら、村上龍がデビューしたことでも知られる群像新人文学賞で最終選考に残るなど執筆活動もしている。執筆活動は孤独な作業で、しかもそれがプロを目指している立場ならなおのことなので同じ境遇の人たちの細やかな救いになるかと思い、小説のことを取り上げるYouTubeを始めることになった。

『斉藤紳士の笑いと文学』と題したチャンネルを運営しながら今まで様々な小説を取り上げてきた。中でも一番多く取り上げてきたのがやはり村上龍作品である。

 村上龍作品との出会いは高校生の時だった。学校の図書館でいわゆるジャケ買いのように選んで読んだのが『限りなく透明に近いブルー』だった。わずか百数ページの小説を読むのに一週間という長い時間を要した。読んでいるときは何度も顔を歪め、何度も本を閉じた。

「もうこの人の作品は二度と読むまい」読みながら何度もそう思った。

 だが、気がつくと本屋に行き、村上龍の他の作品を物色している自分がいた。またあのヒリヒリするような感覚を味わいたい、そう渇望する気持ちが芽生えてしまったその瞬間から僕は村上龍の虜になってしまっていたのだろう。

 村上龍という作家に対して世間が抱いているイメージはどんなものがあるだろう。

 暴力、性、戦争。彼は「書くことが好きじゃないから書く対象にエネルギーがないと書けない」と言う。ただその視点は実に穏やかなもので、まるでアクリル板の向こう側にいるような静謐さがある。「没主体」とまで言われた彼の文章は当時の文壇を騒がせた。村上龍がデビュー作で描いた世界、それは米軍基地の街で怠惰な生活を続けている若者たちの日常だった。村上龍はこの小説で日本全体に流れていた「喪失感」をテーマにしているとのちに語っている。

 この「喪失感」は現代の社会にも蔓延っている。

「失われた十年」と言われた経済停滞は延びに延びて「失われた三十年」と言われるようになった。何を失ったのかすら見失った社会、それが現代社会なのだと思う。かつて日本には敗戦からの復興という国家としての大目標があった。それが達成されたあと、国際社会の中で日本は立ち位置を迷い、いまだにふらついているのかもしれない。

引用----

「リュウ、あなた変な人よ、可哀想な人だわ、目を閉じても浮かんでくるいろんな事を見ようってしてるんじゃないの? うまく言えないけど本当に心からさ楽しんでたら、その最中に何かを捜したり考えたりしないはずよ、違う?」

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 主人公リュウの恋人であるリリーのセリフである。目標を見失った若者の虚な眼差しが想起されるようなセリフだ。

 村上龍の作品、とくにこの鮮烈なデビュー作は現代の若者にこそ読んでもらいたい。

 現代の若者は先行き不透明なこの国に不安を抱いているに違いない。年金制度の破綻、日本経済の先細りは必至で社会の混迷は目に見えている。そんな漠然とした不安をこの物語の主人公たちは性やドラッグで発散しようとする。それは褒められたことではない。だが、やるせない思いを何かにぶつけたくなる衝動はよく理解できる。

 文芸評論家の三宅香帆さんが著書『考察する若者たち』の中で「若者は報われたいのだ」と書いている。

 報われない若者たちは横溢し、50年前と同じように自分たちだけの安息の地を作り出そうとしているのではないだろうか? 東京のトー横や大阪のグリ下などに集まり、合法ドラッグや売春紛いのことをしている若者たちが社会問題になっている。そのことを題材にした文学作品もすでに現れている。

 50年前も現代も漠然とした不安を抱えた若者たちがそのエネルギーをぶつける場所を無くし、性やドラッグといった極端で安易な快楽に手を染めてしまうのは必然的なことなのかもしれない。

 また、こういった若者たちは擬似家族を構成しようとしているのかもしれない、とする専門家もいる。

 家族は最も身近で最も強固な共同体である。

 そこから弾き出された、もしくは居心地が悪くなってしまった若者たちはどこに向かっていくのだろうか。ある者はトー横やグリ下へ、ある者はSNSやマイクラのようなゲームの中の仮想空間に逃げ込んでいるのかもしれない。

 彼らが失ったものは家族なのだろうか? それとももっと大事な何か、なのだろうか。

引用----

「リリー、俺帰ろうかな、帰りたいんだ。どこかわからないけど帰りたいよ、きっと迷子になったんだ。もっと涼しいところに帰りたいよ、俺は昔そこにいたんだ、そこに帰りたいよ。リリーも知ってるだろ? いい匂いのする大きな木の下みたいな場所さ、ここは一体どこだい? ここはどこだい?」

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 何を失ったかも分からない喪失感、そのぽっかりと空いた穴を刺激的な異物で埋めてしまおうとする若者の衝動を描いた『限りなく透明に近いブルー』は令和8年の今年こそ読まれるべき作品だと思う。

文=斎藤紳士