乃木坂46、41stシングルフォーメーション分析 池田瑛紗センター抜擢が持つ説得力、3~5期生体制の深化
乃木坂46が2026年4月8日にリリースする41stシングル表題曲「最後に階段を駆け上がったのはいつだ?」の選抜メンバーが、2月15日深夜放送の『乃木坂工事中』(テレビ東京系)で発表された。
■池田瑛紗、表題曲初センターへ 世代を繋ぎ、軸をぶらさない布陣に
センターを担うのは5期生の池田瑛紗。選抜人数は16人で、フロントは遠藤さくら、池田、五百城茉央という布陣だ。2列目には中西アルノ、井上和、梅澤美波、賀喜遥香、川粼桜、一ノ瀬美空が並び、3列目まで含めた選抜は3期生から5期生で構成された。昨年加入が発表され、前作『ビリヤニ』でWセンターを務めた瀬戸口心月と矢田萌華をはじめ、6期生がひとりも入っていないのは意外だったが、それも含めて、今回のフォーメーションは乃木坂46が今どこに重心を置いているのかをそのまま映し出しているのではないだろうか。
池田にとって、表題曲でセンターに立つのは今回が初となる。5期生が表題曲センターを務めるのは、中西、井上に続いて3人目。つまり今回の抜擢は、池田がグループの中心を担う段階に入ったことを示している。中西が歌で強い印象を残し、井上が正統派の芯の強さでセンター像を押し広げてきた。その流れの中で池田が選ばれたのは、5期生の中でも異なる“個性”を前面に出していくという意思表示にも見える。
池田の強みは、アイドルの活動と並行して別の場所でも結果を積み上げてきた実績にある。グループに在籍しながら東京藝術大学に通い続けるのは、それだけで相当な負荷がかかるが、2025年には初の個展『Wings:あひるの夢』を開催し、マクドナルド「サムライマック」のCM「二兎を追ってもいいじゃないか。」篇にも起用されるなど、グループの外側へ名前が届く場面が増え、活動の射程は確実に広がっている。芸術と大衆文化のどちらかに寄るのではなく、両方を同じ地続きで抱えながらステージに立っている点が池田らしい。だからこそ、グループの繊細なイメージとも噛み合うのだ。一方で、華やかな話題が先行して浮つくタイプでもない。選抜発表後の「選んでいただいたからには死ぬ気で頑張ります」という言葉には、言葉選びの強さと同時に落ち着きがあった。先輩たちの背中を見てきた時間を踏まえ、次は自分が先頭に立つ。その覚悟が素直に伝わってくるコメントだった。
さらに言えば、個展やCMといった外仕事で広がった知名度は、グループのセンターに立った時の追い風になる。池田の活動をきっかけに乃木坂46へたどり着く人が増えれば、曲の入口も自然に広がっていくだろうし、グループの見え方も変わっていく。外で名前を知られ、そこで培った評価を持ったまま表題曲の中心に立つ。その構図自体が、今回の抜擢に説得力を与えている。
フロントで池田の両脇を固めるのは、4期生の遠藤と5期生の五百城だ。遠藤は24thシングル表題曲「夜明けまで強がらなくてもいい」、27thシングル表題曲「ごめんねFingers crossed」、37thシングル表題曲「歩道橋」で単独センターを経験している。ドラマ出演などを通じてお茶の間にも名前が届くようになり、乃木坂46の今を象徴する存在として存在感を増してきた。近年は後輩と並んで立つ場面も増え、前に出て引っ張るだけでなく、隣で支える役割を担う姿も印象的だ。遠藤がフロントにいることで、新センターの初々しさが際立ちながらも、全体の軸はぶれない。世代を繋ぐ配置としても機能するに違いない。
■五百城茉央・林瑠奈・冨里奈央・田村真佑選抜復帰、グループの重心は5期生へ
林瑠奈、冨里奈央、田村真佑の選抜復帰に加えて、五百城のフロント入りも、今回のフォーメーションを読み解くうえで見逃せない。昨年はドラマ『MADDER その事件、ワタシが犯人です』(カンテレ/フジテレビ系)で主演を務めた五百城。40thシングル『ビリヤニ』では表題曲の選抜からは外れてしまったものの、同作収録の「純粋とは何か?」では初めてアンダー楽曲のセンターを務め、アンダーライブでは座長として公演を引っ張った。座長は、メンバーの熱をまとめ、ライブ全体の流れを作る立場でもある。その場所で一度チームを背負った経験があるからこそ、今回のフロント入りは単なる抜擢ではなく、段階を踏んで上がってきた結果として説得力がある。アンダーで鍛えた芯の強さが、表題曲の最前線でどう表れるのかも注目したい。
2列目の並びも、今回の選抜の意図をはっきりと伝えている。中央を支えるのはキャプテンの梅澤と4期生の賀喜、その周囲に中西、井上、川粼、一ノ瀬が並ぶ。中西と井上はすでにセンターを経験し、川粼と一ノ瀬も昨年フロントメンバーに名を連ねるなど着実に前へ進んできた。選抜16人のうち9人が5期生という構成も、その意思表示に近いだろう。3期生の梅澤と4期生の遠藤、賀喜が全体の土台と軸を担い、戦う体制を固める。そして5期生が人数でも存在感でも中心へ躍り出る。3つの世代がそれぞれの役割を持ち寄り、今の乃木坂46の骨格をそのまま形にした配置だと言えると思う。
タイトルの「最後に階段を駆け上がったのはいつだ?」には、どこか立ち止まって自分に問いかけるような響きがある。過去の熱量を思い返す言葉にも聞こえる一方で、今もう一度走り出せるかを試す問いでもあるだろう。乃木坂46は世代が変わるたびに、その都度階段を上り直し、新しい景色を見せてきた。今回のフォーメーションもまた、次の一段へ向かう準備として受け取れる。
加えて、6期生が選抜に入らなかったことは、アンダーでライブ経験を積む時間が確保されるという見方もできる。乃木坂46において、ライブは楽曲を自分の身体に落とし込み、ほかのメンバーとの距離感を掴みながら、グループの流儀を身につけていく場でもある。まずはステージの数を重ね、場数の中で表現を磨いていく。その過程を経たうえで選抜へ合流していくことで、メンバー個人やグループの強度は上がるはずだ。
新曲のパフォーマンスで、このフォーメーションがどんな景色を見せるのかはまだわからない。だが少なくとも、もう一度階段を駆け上がるための準備が整ったことは確かだ。積み上げてきたものを土台にしながら更新していく。その先に広がる景色は、これまでの延長線上にありつつも、同じ形ではないだろう。
(文=川崎龍也)
