父は3人、“暴力と搾取”の家に居場所はなかった――10代で身体を売り、家計を支えた女性の告白
――裏社会とのつながりもありそうですが。
役満ろ満:お察しのとおりです。各地域にはそこを縄張りにしている“地回り”と呼ばれる人たちがいます。彼らにとって、私たちは食い扶持を持っていくカタキですから、何度か危ない目にも遭いました。地下駐車場で待ち伏せされて、そのまま監禁されたり、タダで性行為をさせられそうになったりもしましたね。
――単純に、怖くないですか。
役満ろ満:死ぬことも怖くなかったので、別に何とも思いませんでした。実際、対峙したそっちの筋の人にも、「タダで性行為は無理です」と伝えて、2万円をいただきました。先方は「怖がらないからおもしろくない」と不機嫌でしたが。そもそも恐怖心が欠如しているのだと思います。中3のとき、私は夜道で襲われて処女を喪失していますが、そのときも「仕方ないな」と感じた程度で、感想は無に近いものでした。
役満ろ満:ないですね。多くの男性の根底にある、「あわよくば性欲の対象としてみてやろう」という魂胆が気持ち悪いと思ってしまうんです。どんな人も、突き詰めるとそこにたどり着くのではないかと思ったときから、期待できる対象ではありませんでした。17歳から23歳まで、私は薬物にハマるのですが、男性はほとんど愛情の対象ではなく、薬物を無償で提供してくれる利用対象でした。
◆「母と絶縁状態になった」驚きの理由
――男性に対する憎しみの根源には、どのようなものがあるとご自身では思いますか。
役満ろ満:原体験としては、やはり2番目の父親に暴力で支配され、一方で性欲の対象としてもみられていたことがあるでしょうね。幼い頃から、「女性を下にみてくる男性には絶対に屈しない」と思って生きてきました。それは現在でも同様です。
――現在、お母様とはどのような関係性でしょうか。
役満ろ満:絶縁しました。3年ほど前、母が大病を患ったのをきかっけに、私のほうから同居を提案しました。そこからトントン拍子に話が進んでしまって、母、私、弟、それから母の3番目の夫で暮らすことになりました。4500万円ほどの自宅を購入することになり、契約者は3番目の夫ですが、実際には私がローンを返済する生活が続きました。しかしうまく行かず、3ヶ月くらいで私と弟は夜逃げ同然で家を出たんです。
◆「クソみてぇな人生」だけど…
――具体的にどのようなところでお母様と折り合えませんでしたか。
役満ろ満:結局のところ、母は「ずっと女でいたい人」なんですよね。家事ができない母に代わって、私がすべて身の回りの世話をしてきましたが、働いて疲れて帰宅しても考慮してくれず、まるで小姑のような小言を言うんです。私が反論すると、3番目の夫に泣きつく、というのが常でした。母は私や弟のことをみておらず、ずっと自分が可愛い人なんです。
現在、母に対しては憎悪しかありません。母からつけてもらった名前は、思い出したくない記憶に結びついているため、家庭裁判所で改名をしました。もちろん、住民票には閲覧制限をかけ、転居先は伝えていません。
――紆余曲折のあった役満ろ満さんですが、将来はどのようになりたいですか。
役満ろ満:これまでの経験を生かして、ライターとして生きていけたらと思っています。まったく同じ経験をした人はいなくても、似たような生きづらさを抱えて育った人は多いと思います。私の人生は「クソみてぇな人生」ですが、それでもありがたいことに、noteを読んでファンでいてくれる人もいるんです。言葉にしづらい、あるいはするのも憚られるような経験をした人たちに、届くものを書けたらと思っています。
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役満さんの言葉でずっと耳に残るものがある。「死が怖くない」。それは勇敢さではなく、生い立ちの壮絶さに他ならない。彼女の半生はまさに捨て身。自分を大切に思えない時間が長く続いた。まさに「クソみてぇな人生」。だが生きてきた時間の苦さを活字にしたとき、それが見も知らぬ誰かの支えになっていることを知る。彼女はもう、身勝手な大人たちのおもちゃではない。歩んできた道のりによって他者を鼓舞できるまで、自らの時計を進めている。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

