ただもちろん、全員が受け入れてくれたわけじゃないとは思っています。セクシー女優の仕事を良く思っていない人もいるでしょうし。

実際に、理解してくれている親戚からも「まだやってるの?」なんて言われちゃいますしね。仕方がないこととは思いますけれど。

◆両親の不在で祖父母に育てられた

――川越さんは、子どもの頃はどんなタイプでした?

川越:ひとりっ子で、根暗なタイプ。人見知りが激しく、あまり笑わない子でした。母親がお金と男性にだらしないタイプだったんで、祖父母に育てられたんです。

実は私、生まれてすぐ名字が変わっていて。デビュー前に母子手帳を見つけて知ったんですけど、その名前が「河越」だったんですね。それが今の名前の由来で、よりたくさんの人に馴染みがある「川越」で行こう!と。

――なるほど。だから今までの話にも、ご両親が出てこなかったんですね。

川越:子どもの頃って、親の立場が子ども同士の関係にも影響する感じだったので、母親の問題があって小・中とずっといじめられていましたね。

それで、人の目を見たり、しゃべったりができなくなっちゃっいました。

◆人前で笑えるようになった青春時代

――なんだか、今の川越さんからは想像できないです。

川越:人前に出るのは好きだったんですけど、なかなか引っ込み思案な自分は変えられなくて。

でも、高校時代にスポーツを頑張っていて、ある先輩に「絶対に笑ったほうがかわいいから、笑顔の練習をしよう!」って。

それで放課後に笑顔の練習をして、今みたいに笑えるようになりました。それが今の名前「にこ」の由来なんです。

――いい話ですね!……ちなみにその先輩は男性ですか?ひょっとして彼氏とか。

川越:男性です。私、その人のことが好きだったんですけど……高校を卒業したら島を出るって決めていて、そうするとその恋も卒業したら終わっちゃうと思っていたんです。だから、苦い思い出にならないように、付き合いませんでした。

先輩に対する思いはきれいなまま取っておきたいし、尊敬する人でいてほしかったんです。

――甘酸っぱい青春という感じですね。でも、お母さんの件といい、いじめの件といい、苦労されてきたんですね。

川越:でも、今の私を作ってくれたのは、子どもの頃の環境だとも思っていて。「見てろ!強くなってやる!」って気持ちが生まれて、身バレも覚悟して生きられるようになりましたから。そのあたりは、私の強みだと考えています。

◆セクシー女優の仕事は自分の可能性を広げてくれた

――実際にデビューして、業界の印象はどうですか?

川越:セクシー女優を軸にして、いろいろな経験を積めるのは良いところだと思います。それまでの自分の経験を生かして、やりたいことをどんどん広げていけますし。

たとえば、来年の「OC JAPAN fair」では、琴を使ったパフォーマンスを考えているんです。

琴はおばあちゃんが私に習わせたかったけれども習えなかったもので。でもセクシー女優になったからこそ、そんな琴を改めて習って、多くの人に披露できる。その姿を見てもらうのが、おばあちゃん孝行になるんじゃないかと思っています。

――それは素敵な考えですね。

川越:あとは正直に言って、私がこの業界で仕事をするなんて1ミリも思っていなかったんです。

小さい頃から「自分はセクシーなんて呼ばれるタイプじゃない」って考えていたので。そんな私が今この業界で、そこそこ活躍させていただけているのが不思議な感覚ですね。

――デビュー自体や、八丈島出身をカミングアウトしたことについては、後悔はないでしょうか。

川越:後悔はないです!この選択を間違えたとは思っていません。デビューしたことでやりたいことも増えましたし、やれるようになりましたし。

八丈島出身を公表してから、島の人で応援してくれる人も増えました。

隠さずに誠意をもって「私はこの仕事が好きで、ちゃんとこの先の道も考えて続けています」と伝えれば人は応援してくれる、と学べたのは、私にとってすごく大きかったです。

後編では、デビュー前は料理人で“料理長候補”だったという意外な経歴と、セクシー女優に転身を決めた理由について語ってもらっています。

<取材・文/蒼樹リュウスケ 写真/杉原洋平>

【蒼樹リュウスケ】
単純に「本が好きだから」との理由で出版社に入社。雑誌制作をメインに仕事を続け、なんとなくフリーライターとして独立。「なんか面白ければ、それで良し」をモットーに、興味を持ったことを取材して記事にしながら人生を楽しむタイプのおじさんライター