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年金制度は、老後の生活を支える重要な柱ですが、その仕組みは非常に複雑です。特に、年金収入の金額が税金や社会保険料にどう影響するのか、また家族構成や65歳以降の就労の有無が将来の受給額にどのような変化をもたらすのかは、正確に理解している人は少ないのが現状といえるでしょう。本稿では、酒井富士子氏による著書『60分でわかる! 新・年金 超入門』(技術評論社)より、年金生活を送るうえで重要な制度上のポイントについてみていきましょう。

受給額が1万円多いだけで手取り約7万円減

年金受給額の違いで税金や社会保険料の負担が変わる

会社を退職し年金生活に入ると、税金や社会保険料は、年金収入を基に計算されるようになり、年金収入額によって税金を支払わずに済んだり、社会保険料の負担が軽くなったりします。その金額の境界線を「211万円の壁」と呼び、年金のみで暮らす世帯が「住民税非課税世帯」にあたるかどうかのボーダーとなります(金額は前年の年金収入)。

ただし、この金額は、住んでいる地域、世帯の種類(夫婦・単身)によって異なります。住んでいる地域は生活保護法で定められた1・2・3級地と3つに分類されています(図表1参照)。

■住民税非課税世帯になる「年金の年収」は住んでいる地域で異なる

[図表1]年金受給者(65歳以上の場合)の住民税の非課税限度額 出典:『60分でわかる!新・年金超入門』(技術評論社)より抜粋

※ 扶養されている配偶者については「単身世帯」の金額が非課税限度額の対象になる

例えば、「1級地」の地域に住む夫婦世帯の場合、世帯主の前年合計所得金額は101万円(=35万円×2人+31万円)以下が対象。合計所得金額とは、収入から経費を差し引いた金額のことで、年金収入のみの場合、「公的年金等控除額」*を差し引いた金額のこと。

つまり年金収入211万円−110万円(公的年金等控除額)=101万円になるので、年金収入が211万円なら住民税非課税世帯となります。この非課税になる合計所得金額は、上記のとおり市区町村によって異なります。税金の他、社会保険料の負担の軽減される金額も市区町村によって異なります。

* 公的年金等控除額は年金を受け取る人の年齢・年金収入によって異なります

■住民税非課税世帯と課税世帯の手取り額の比較

例えば、図表2は埼玉県さいたま市に住む世帯を比較した例ですが、BさんはAさんより1万円年金収入が多いだけで、課税世帯となり介護保険料の負担も大きく増えています。また、高額な医療費負担を軽減する「高額療養費制度」の自己負担額も非課税世帯のAさんは2万4,600円で済むところBさんは5万7,600円と負担額が増額します。

[図表2]住民税非課税世帯と課税世帯の手取り額の比較 出典:『60分でわかる!新・年金超入門』(技術評論社)より抜粋

※ 同一生計で合計所得58万円以下の配偶者
※ 住民税課税世帯では均等割り4,000円の他国税の森林環境税1,000円が課税される
※ 夫婦とも65歳から74歳 ※ 埼玉県さいたま市の2025年のケース

〈まとめ〉

■非課税世帯の場合税金や社会保険料の負担が軽減される

■年金生活者が211万円の壁を超えると社会保険料の負担が増える

「211万円の壁」の注意点…住民税非課税の思わぬ落とし穴

現役世代の子どもとの同居で社会保険料の負担が増加

「211万円の壁」。この壁を超えなければ住民税非課税世帯になりますが、そこには思わぬ落とし穴があります。それは、この壁を超えない年金収入で暮らしている夫婦世帯であっても、現役世代の子どもと同居し暮らしているケースです。

住民税非課税世帯とは、その世帯に暮らしている家族全員が住民税非課税に該当していることが条件となります。つまり、同世帯内に住民税が課税されている現役世代の子どもがいると住民税非課税世帯から外れてしまうということです。

例えば、介護保険料の負担額は本人の所得によって変わりますが、同一世帯の中で住民税課税されている人がいると、介護保険料の金額があがってしまいます。

■65歳以上の人の介護保険料は所得に応じて自治体が決めた所得段階で決まる

図表3は、65歳以上(第1号被保険者)の介護保険料の金額を示したものです。

[図表3]埼玉県さいたま市の介護保険料(例) 出典:『60分でわかる!新・年金超入門』(技術評論社)より抜粋

※ 上記の保険料は埼玉県さいたま市の介護保険料の所得段階(1〜15段階)のうち一部を抜粋して記載
*1  生年月日が明治44年4月2日以前など、一定の要件を満たしている場合に受けられる年金
*2  老齢福祉年金、遺族年金、障害年金を除いた公的年金が対象 
*3 「収入」から必要経費の相当額を差し引いた額が「所得」で、全ての所得を合計したものが「合計所得金額」となる

これを、図表2の住民税非課税世帯のAさんの例に当てはめてみます。Aさん夫婦だけで暮らしていると、世帯の介護保険料は5万2,600円〔夫:3万700円(第2段階)+妻:2万1,900円(第1段階)〕。ここに、現役世代の子どもが同居することで、条件が変わります。具体的には、夫婦とも第5段階まで上昇し、合計15万3,600円と介護保険料は約2倍近くに跳ね上がります。

このケースを避ける方法として「世帯分離」を検討するのも1つです。住んでいる役所の窓口に「世帯変更届」を提出することで、親世帯を非課税世帯にできます。ただし、子どもの健康保険の被扶養者になっている場合は被扶養者から外れてしまう場合もあるので、事前に子どもの勤務先に確認するようにしましょう。

〈まとめ〉

■住民税課税者が同居の場合、非課税世帯も保険料増のケースも

■子どもとの同居は「世帯分離」の利用が有効な場合もある

70歳まで働くなら知っておきたい「在職定時改正」制度

65歳を過ぎても長く働きたい人必見の制度

厚生年金は、60歳以降も加入でき、70歳になるまで厚生年金保険料を払い続けることで、その分年金受給額も増えていきます。そのため、65歳以降も働き続けようと考える人も多いはず。ただ、60代後半にもなると、現役時代と同じように働き続けるのは、厳しいというケースもあるでしょう。そのため、年金を受給しながら、無理のない範囲で働くという選択肢もあります。

そこで、おさえておくべきお得な制度があります。「在職定時改定」という制度で、65歳以降、厚生年金を受給しながら厚生年金に加入して働くと、年1回一定の時期に年金受給額が改定されます。改定されるのは、前年の9月1日から当年8月までに支払った厚生年金保険料分がその年の10月分の年金額(12月振込)から反映されます。

例えば、標準報酬月額20万円で1年間働いた場合、翌年の年金額が約1万3,000円増額。70歳になるまで5年間働けば、総額で約6万5,000円年金受給額が増えることになります。

なお、在職定時改定の対象となるのは、65歳以降になるので、基準日の9月1日以降の誕生日の人は翌年の9月1日から反映されることになります。

また、前述したとおりこの制度は厚生年金を受給していないと利用できません。そのため年金の繰り下げ待機期間中に、厚生年金に加入して働いた場合は、在職定時改定の対象外となります。しかし、70歳以降の上乗せ受給額は同じです。回避するためには繰り下げは老齢基礎年金のみにすることです。

■年金を受給しながら厚生年金への加入を続けると年金が増える

[図表4]在職定時改定のイメージ*1 出典:日本年金機構「65歳以降、厚生年金に加入し続けた場合における在職定時改定のイメージ」を加筆修正

*1 70歳到達になると厚生年金保険の被保険資格を喪失するため、70歳到達時にそれまでの被保険者期間を反映し、
年金額の再計算を行う
*2 65歳の誕生日が、9/1以前(10/2以降)である場合には、初回の基準日までの期間が12ヵ月にならない点も注意

〈まとめ〉

■「在職定時改定」制度は支払った保険料が翌年の年金額に反映

■厚生年金の繰り下げ待機中には利用できないので要注意

酒井 富士子
株式会社回遊舎 代表取締役
経済ジャーナリスト