その時の委員長も「引責辞任する」という考えだったが、藤江氏は、「今辞めると責任を果たさないことになります」と説得。一緒に責任を果たすべく、課せられた仕事を共にして、それがある程度成ったら、「共に辞任しましょう」と正副委員長を2人で続けた。

 その時、企業経営にとって大事なものとは何と感じたか?

「企業が健全に発展することの大切さ。その時にやはり、組合員と家族が、こんなに恥ずかしい会社で仕事をしていたのかと思うような事を二度と起こしたらいけないと感じました」

 その後、藤江氏は委員長に就任。当時、会社再生を託された江頭邦雄氏(1937─2008)は社長在任中(1997─2005)、労組との対話も重視してきた。

「江頭はいつも定期的に委員長と話をするよと。その時には、悪い話を自分にしてくれと。(社長の)自分の所にはいい話しか来なくなっていると思うので、組合員の皆さんには、職場でどんなことが起きているかということを言ってくれと。そういうことで、ずっと聞いてもらった立派な経営者がいたなと思っています」

 藤江氏自身、昨春社長になってから、現場との対話を重視している。現場に課題解決の〝解〟はあるという考えの下、幹部層はもちろん、現場社員との対話を、メール交換を含めて積極的に行っている。

 人生には苦しさ・試練もあれば、それを克服できた時の喜びもある。

「喜びは本当にいろいろな事が多くあるんですけれども、そうやって苦しい時に力を合わせて取り組む。そして企業業績も良くなって、皆で喜び合う会食、乾杯、これがこの上ない喜びです。労働組合の専従の時も、その後、企業が健全に発展してきた中で乾杯できました。中国、フィリピン、ブラジルでの仕事もそうですし、新しい中期ASV経営で、挑戦的で野心的な目標を掲げて、これは何としても皆で達成しようじゃないかと。達成した暁に、おいしいお酒を皆と酌み交わしたいと」

 同社は、従来型の中期経営計画を止めることにした。これまで、3カ年での中期計画を立てていたが、大体、その3年の間に社会情勢や経済情勢が変わる。

 そのことに対して、細かい数字を積み重ね、繰り入れするなどして、「計画疲れや計画倒れになっていた」という自省。社内でも、「PPPP病(プランプランプランプラン病)だ」と自虐的な言葉がささやかれていた。

 そこで、藤江氏は、「計画中心から実行力を磨き続ける中期ASV経営にシフトしよう」と宣言、この4月から実行する考え。


エベレスト登山を目指す!

 藤江氏が登山に喩えて言う。

「富士山の登山を目指すのではなくて、エベレストを目指そうと。富士登山はトレーニングをしっかりやり、季節のいい時期にいい天気であれば、登頂成功の可能性はかなり高いと思うんですね。一方でエベレストに登ろうとすると、どんなチームを組むのか、どんな装備をし、ベースキャンプをどこに置くのか、あるいは何ルートを取るとか。はたまた登頂アタック隊は誰を選ぶのか、こういうことをやらなければいけない。この道筋が大事ですね」

 ただ、道筋がうまくいくとも限らない。そこで、「うまくいかなかった時に、機敏に打ち手を変えていく。これによって実力が磨き込まれる」という藤江氏の考え。

 環境激変の時代を生き抜くには、実力を継続的に磨き込む『志×熱×磨』の実践である。

「これも、播いた種と耕した土壌からしか、おいしいフルーツは楽しめないというのを、中国の時もフィリピンの時も、そしてブラジルの時も経験。ですから、先に種を播こうと。先に土を耕し、肥料をやり、水をやろうと。これで初めてフルーツを楽しむことができると思います」

 ピンチはチャンス、チャンスはピンチのバランス感、全体感を持ちながらの挑戦が続く。