老後のための資産はどのようにつくればいいのか。経済ジャーナリストの荻原博子さんは「お金がないのに投資する人はバカだ。若い世代には投資をしない/できない人が多いが、お金がなければやらないほうが賢明である。やりたいなら、元銭をしっかり貯めてからにすべき」という――。

※本稿は、荻原博子『買うと一生バカを見る投資信託』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。

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■この数十年間で給料がほとんど増えない理由

今、日本では、政府の経済政策である「新しい資本主義」が進行中です。

国民の所得に関しては、岸田首相が自民党総裁選に出た際は「令和版・所得倍増計画」を掲げておりましたが、いつの間にか「資産所得倍増計画」と、知らないうちに「資産」が頭についています。

当初、政府は、「大企業は内部留保をかなり持っている。賃上げをした会社に大幅減税をすれば、給料を上げるだろう……」と、甘く考えていました。

ところが企業の7割は赤字で法人税を払っていないので減税など関係なく、儲かっている3割も、給料を上げると先々の負担が増し、1回限りの賃上げ促進減税など論外と応じる気配なし。

減税制度を利用したわずかな会社のやり方は、「超優秀な人材を超高い給料で引き抜いてきて、後の人の給料は据え置きか下げる。トータルの支払いで給料が上がっていれば減税してくれるのでしょう」と、社内でさらに格差が広がってしまいました。

この数十年間ほとんど給料が増えていないのに、付け焼刃の政策で企業が動くわけがないのが、わからないのでしょうか。

■国民の「眠っている預貯金を叩き起こす」

国民の給料を上げるのは難しいと判断した政府は方向転換をし、名前を「資産所得倍増計画」とさりげなく変更しました。株式投資投資信託などの利益の税金を安くするので、皆さんは貯蓄を崩して運用に回し、資産を倍増させましょう、と打ち出したのです。

投資は、ある意味ギャンブルなので、これは国が一か八かの勝負を推奨し、資産を2倍以上にしましょう、といっているのと同じです。

合い言葉は「一億総株主」。なんだか、私の活躍する場がない! と話題になった、「一億総活躍」と似ています。

政府はどうしてこうも庶民感覚がわからないのか理解に苦しみます。給料や年金が増えないなか、物価だけが上昇し、生活不安が高まっているから、爪に火をともしながらも貯蓄をしているのです。

安倍・菅政権で「自助」を押し付けられ、「投資よりも、まず貯金しなきゃ」と考えるのが普通です。

そもそも、資産所得とは、投資から得られる利息や配当、保有している資産を売却することによって得られる売買益のことです。投資にお金を回す余裕のない人にはまったく関係のない話なのに、その人たちも「一億総株主」に入っています。

また、「一億総株主」には、2000兆円といわれる日本の個人金融資産を株式市場へ移行させ、株価を下支えする目的があります。岸田首相は英ロンドンの金融街で「眠っている預貯金を叩き起こす」と約束したそう。

勝手に国民の貯蓄を自分のもののように話すなんて、一国の首相が、人の財布に手を突っ込むような行為はやめていただきたいものです。

■政府は社会保険の負担を減らす検討を

今、政府がやるべきことは、物価が上がり、インフレの芽が出ているのなら、消費を減退させないために、本気で所得を増やすことではないでしょうか。

この失われた30年、膨らみ続けている税金や社会保険料の負担を軽減することが先決だと思いますが、そのような議論や検討がされている雰囲気はありません。

ちなみに岸田首相は、閣僚の資産公開から株式は保有していないことがわかりました。「一億総株主」に何の説得力もありません。

■すっかり解決していた「老後2000万円問題」

「老後2000万円」問題は、2019年、世の中にセンセーションを巻き起こしました。

2000万円という根拠は、2017年の総務省統計局「家計調査報告」から、夫婦高齢者無職世帯(年金で生活している世帯)の収入20万9198円から支出の26万3717円を引くと、毎月約5万5000円の生活費が足りない。

これを単純計算すると、老後30年間での不足額が約1980万円だった、から出たものです。

写真=iStock.com/Khanisorn Chaokla
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しかし、当時、内訳を見てみたら、ツッコミどころ満載のデータでした。一つをあげると、高齢者夫婦の食費が月6万5000円かかる計算になっています。年金世帯がどれだけ高級なものを食べているのでしょうか。

それぞれの世帯が置かれている状況によって実際の不足額は違うのに、「老後2000万円」という数字はわかりやすく、マスコミに取り上げられやすかったのでしょう。

「年金はだんだん減らすからね。支給年齢も上げるから、年金だけでは足りないよ」と国民に暗黙の了解を得ることで、「これから国は助けないよ。自分のことは自分で責任持ってね」と宣言する布石だったと思われます。

しかし、報告書は政府批判材料に使われ、当時の麻生太郎財務相が、「公的年金の問題を指摘したわけではなく、赤字という表現を使ったのは極めて不適切だ」と述べ、「そもそも報告書は存在しなかった」ことにして報告書を受け取らなかったというお粗末なやり方で、騒動は沈静化しました。「老後2000万円」作戦は失敗したのです。

■消費支出を少し減らせば黒字になる

ここで、2020年の「家計調査報告」を見てみます。

夫婦高齢者無職世帯モデルケースの収入は25万6660円、支出は25万5550円で、なんと月1110円の黒字に。高齢単身無職世帯の収入は13万6964円、支出は14万4687円で、7723円の赤字になっています。

このように、ちょっと支出を減らせば黒字になり、まさにデータマジック。知らない間に「老後2000万円問題」はすっかり解決していました(図表1参照)。

出所=『買うと一生バカを見る投資信託』

いずれにしても、数字はモデルケースです。表と比べてみて、我が家の家計はどうなのかを知ることが大事。実際にもらえる年金の範囲でどうやっていくかを考えたほうが現実的です。

■50代は資産の棚卸を。1500万円を捻出できるか計算

老後のお金の不安は大きく2つ。医療費と介護費用です。健康なら小遣い稼ぎや節約もできますが、病気で動けなくなった場合の医療費と介護状態になったときのお金は心配です。

このうち医療費は、健康保険の高額療養費制度により、70歳以上75歳未満の一般的な所得者なら、大きな病気で手術をしても、健康保険対象の治療なら入院が長引いても、月5万7600円以上の医療費はかかりません。

問題は、介護費です。「老後2000万円」問題にはすっかり介護費が抜け落ちていました。

「生命保険に関する全国実態調査」(2021年)によると、全国平均で介護に費やした期間は5年1カ月、初期費用(リフォームや介護用ベッドの購入)が74万円、月の介護費用は8万3000円(介護保険の自己負担分含む)かかっています。

実際に介護にかかる費用は1人約600万円。介護保険だけではまかなえず、持ち出しは覚悟しなくてはなりません。

夫婦のどちらかが介護状態になったとき、子どもには金銭的迷惑をかけたくないもの。必然的に老々介護状態になり、やがて1人が亡くなって、残された1人が介護状態になったら施設に入るのが一般的です。

私は介護費と医療費を合わせて、夫婦で1200万円、それにお葬式代やリフォーム費用として300をプラスして、1500万円をとっておくことを提案しています。

「なんだ、2000万円と1500万円では、500万円しか違わないではないか」といわないでください。介護状態にならなければこのお金は不要ですが、万が一の不安を払拭するためのお金として、これくらいの金額は備えておきたいものです。

50代になったら資産の棚卸しをし、現在持っている資産と退職金などから1500万円を捻出できるかどうか計算してみましょう。

すでに1500万円ある人は、そのまま使わずに持っておきましょう。1500万円に満たない人は、足りない分を埋める計画を立てましょう。

■老後は年金の範囲で暮らす

老後は人によって生活レベルが異なるとは思いますが、働く期間をできる限り長くすることで、生活費はそれほど心配する必要はありません。

老後は年金の範囲で暮らせるよう今から節約を心がけ、生活をコンパクトにすることが大事。夫婦で年金が20万円もあれば暮らせるため、それほど多くの老後資金は必要ありません。無意味な老後不安に陥るのはやめて、明るい老後を描いたほうが人生は楽しくなります。

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■「投資をしない」という若い世代の賢明な判断

日銀の資金循環統計(2022年1〜3月)から個人金融資産が2005兆円と、年度末として初めて2000兆円を超えました。周囲を見回してみると、高齢者はたくさん持っていそうですが、若い世代からは貯蓄ゼロという声もよく聞きます。

そこで、実際のところ一般市民はどれくらいの貯蓄を持っているのか、調べてみました。金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査」(2021年)の金融資産保有額(金融資産を保有していない世帯を含む)から年代別に見てみましょう。

一部の富裕層が多額の貯蓄をしているので、中央値(データを大きい順に並べたときの中央の値)も出します。自分が平均より上なのか、それとも下なのか確認してみてください。

【2人以上世帯調査】
貯蓄額平均:平均/中央値/貯蓄ゼロ率
全国:1563万円/450万円/22.0%
20代:212万円/63万円/37.1%
30代:752万円/238万円/22.7%
40代:916万円/300万円/24.8%
50代:1386万円/400万円/23.2%
60代:2427万円/810万円/19.0%
70代:2209万円/1000万円/18.3%
【単身世帯調査】
貯蓄額平均:平均値/中央値/貯蓄ゼロ率
全国:1062万円/100万円/33.2%
20代:179万円/20万円/39.0%
30代:606万円/56万円/36.3%
40代:818万円/92万円/35.7%
50代:1067万円/130万円/35.7%
60代:1860万円/460万円/28.8%
70代:1786万円/800万円/25.1%

調査データから、例えば40代の2人以上世帯の平均貯蓄が916万円で、中央値が300万円、貯蓄ゼロの世帯は24.8%。一方、40代の単身世帯を見てみると平均値が818万円、中央値は92万円、そして貯蓄ゼロの人は35.7%います。

全国平均の貯蓄ゼロ率を見ると、2人以上世帯22.0%、単身世帯33.2%。これが個人金融資産2005兆円の中身です。

投資をしない・できないが74%

政府が「新しい資本主義」を出した翌日、JNNの世論調査(全国18歳以上の男女2528人)が発表されました。

荻原博子『買うと一生バカを見る投資信託』(宝島社新書)

世論調査で「今後、貯蓄を投資に回そうと考えるか」との問いに

投資に回そうと思う 23%
投資に回そうと思わない 40%
投資に回す貯蓄がない 34%

という、投資をしない・できないが74%の結果になりました。

テレビで、ある乳母車に子どもを乗せた30代の女性がいっていました。

「iDeCoって年金なの? 投資信託を積み立てるの? しかも30年も? この先何があるのかわからないのに30年間も投資なんてできませんよ」

私は、この女性は賢いと思いました。また、データから「お金がないのに投資をするバカ」が、あまりいないことにホッとしました。

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荻原 博子(おぎわら・ひろこ)
経済ジャーナリスト
大学卒業後、経済事務所勤務を経て独立。家計経済のパイオニアとして、経済の仕組みを生活に根ざして平易に解説して活躍中。著書多数。
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(経済ジャーナリスト 荻原 博子)