■中国のGWで起きていた「爆買い」

今年、中国のゴールデンウィーク(黄金周)の5連休に、“ある異変”が起きた。富裕層をはじめとして、大勢の観光客が最南端の島、海南島に、こぞって「爆買い」に出かけたからだ。中国メディアの報道では、5月1日〜5日までのGW中に海南島を訪れた旅行客は約295万人と前年比20%以上の大幅な伸びだった。

また、GW明けの5月7日から10日まで、中国政府の肝いりで「第1回中国国際消費品博覧会」が開催されたことも話題になった。グッチやルイ・ヴィトンといった世界に名だたる1505社、2628ものブランドがこの島に集結。日本からも資生堂やオムロンなど80以上のブランドが出展した。

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第1回中国国際消費品博覧会が、海南省海口で開幕した。〔新華社=中国通信〕=2021年5月7日 - 写真=時事通信フォト

なぜ、世界中の有名ブランドが東京・銀座やニューヨークなどではなく、日本の九州ほどの面積しかない中国の離島を選ぶのか?

それは、中国政府がこの島を「第2の香港」にしようと目論んでいるからだ。後述するが、海南島では、2020年6月に免税措置が緩和され、免税品を買いやすい環境が整った。そして、「爆買い」が世界で唯一期待できる中国人が当分の間、海外に行けず、中国国内でなら自由に買い物できることに、海外ブランドも目をつけている。

■コーチやグッチの店頭には行列が

「混雑するゴールデンウィークを避けて、3月下旬に夫婦で海南島(海南省)に遊びに行きました。これまで海南島に行ったことはなかったのですが、温暖で食事もおいしく、リラックスすることができましたよ」

こう語るのは杭州市在住の40代の男性だ。これまでは大型連休になると日本やタイなど海外旅行に行っていたが、新型コロナの感染が拡大して以降、どこにも出かけていなかった。国内旅行も久しぶりだったが、「せっかくなら、これまで行ったことがなくて、北京や上海などとは風景が大きく異なるところ」ということで、海南島を選んだという。

3泊4日という日程で海南島第2の都市、三亜市のリゾートホテルに宿泊。この夫婦の場合、リラックスすることが目的だったのであまり外出しなかったというが、一度だけ免税店に出かけたとき、その人出の多さに度肝を抜かれたという。

「三亜国際免税城という大きなショッピングセンターに行ったのですが、連休でもないのにかなりの観光客がいました。COACH(コーチ)とかグッチなどのブランドショップには列ができていて、入場制限しているショップもありましたね。帰りの空港は免税品店の買い物袋を何個も提げている人でいっぱい。ほとんどの人がブランド品の買い物目的でここを訪れている、と感じました」

■コロナ禍でも「バブルのような熱狂ぶり」

海南島は中国の最南端に位置し「中国のハワイ」と呼ばれている熱帯性気候の島だ。だが、ここ最近、コロナで海外旅行に行けない中国人たちが大挙して押し寄せており、「まるでバブルのような熱狂ぶり」(前出の男性)となっている。

写真=iStock.com/tupungato
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tupungato

そのきっかけとなったのは2020年7月、免税品の購入制限が1人当たり年3万元(約50万円)から10万元(約170万円)にまで引き上げられ、商品の種類も38から45種類へと増加されたことだった。

それに先駆けて、免税品のEC(ネット販売)も始まり、海南島へ行った旅行客なら、離島後でも一定期間は専用のサイトで免税品を購入できるようになったこと、同12月に免税品を販売する大型ショッピングセンターが新規に建設されたこと、リゾートホテルが次々と開発されてリゾート地としてのインフラが整備されたことなども拍車をかけ、コロナ後の国内旅行先として、一躍脚光を浴びた。

中国政府の統計によると、コロナ禍だった2020年には本土から約6500万人もの観光客が訪れ、その数はコロナ前の2019年の8割近くにまで達したという。2020年に免税品の売り上げ額も約274億元(約4300億円)に上り、前年比で約2倍になった。

■田舎の島に目をつけた中国政府の思惑

中国人の「爆買い」は一段落したのかと思いきや、むしろ逆で、コロナ禍でうっぷんがたまり、海外旅行に行けないことによるストレスから、彼らの「買い物熱」はここにきて最高潮に盛り上がっているかのようだ。前出の男性の知人はこのGWに家族3人で海南島を訪れ、買い物やホテル代、食事代などで合わせて7〜8万元(約120万〜136万円)ほど使ったと話していたそうだ。

今後「買い物天国・海南島」のイメージは増大していくものと思われるが、しかし、海南島は単に免税品が安くなる島というだけではない、中国政府の思惑や長期計画も関係している。

中国政府にとって海南島はどのような存在なのか。古くは1988年、ここを経済特区としたことがあったのだが、当時の開発はうまくいかず、すぐに頓挫した。2001年からは「ボアオ・アジア・フォーラム」などの国際的な会議が開かれるようになり、海外でも知名度が上がった。

2010年頃になると、国際的な観光地にしようと政府が大規模開発をするようになったが、それでも当時、中国本土の人々の目は「海外旅行」に向いていたため、海南島への観光客が大幅に伸びるわけではなく、前出の男性によれば「美しいビーチはあるけれど、のんびりした地方の観光地」というような存在だった。

■超大型プロジェクトにテスラも参入

そんな海南島が本格的に注目を集めるようになったのは、免税措置の拡大を実施したのと同じ2020年、政府が「海南省自由貿易港建設全体方案」を発表したことからだ。

写真=iStock.com/Peera_Sathawirawong
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Peera_Sathawirawong

これは2025年までに貿易・投資の自由化を進め、2035年までに「関税ゼロ」の自由貿易港の実現を目指すというものだ。国内外の企業を誘致し、所得税や住民税の減免も段階的に進めるという計画だ。

現在はまだ方案の審議中だが、最終決定すれば、優遇措置に魅力を感じる外資系企業が一気に集まる可能性もある。2020年にはすでに米・電気自動車(EV)大手のテスラが「新エネルギー車イノベーションセンター」というR&D(研究開発)センターを設立すると発表しており、他にも40件以上の重点プロジェクトの契約が交わされた。これらの投資総額は170億元(約2660億円)を超えるというビッグなものだ。

■「第2の香港」にしたい

しかし、自由貿易港といえば、まず香港が思い浮かぶ。香港では、ごく一部を除いて、ほとんどの品目が関税ゼロで輸入できる。レッセフェール(自由放任主義)をとっており、世界有数の良港がある香港には世界中から国際企業やグローバル人材が集まっていたが、2019年以降の民主化デモや、その後の「香港国家安全維持法」の施行などにより、その優位性は危ぶまれている。

中国人にとって、これまで、香港こそが「買い物天国」だったし、中国の優秀な人材も香港に移住していた。しかし、本土から香港を訪れる観光客は2018年には約5100万人とピークに達したものの、デモが起きた2019年には約2400万人と半減。その後は新型コロナが発生したため、中国から香港への渡航は大幅に制限されている。双方の感情的な悪化などもあり、今後、本土から香港への観光客や人材の移住、企業の投資はますます冷え込むことが予測されている。

そんな中、中国政府は香港に見切りをつけ、海南島を「第2の香港」にしようとしているかのようだ。

■どこまで発展するかは未知数

中国の報道などを見ても「今後、海南島に住めば海外への渡航が香港と同じく自由になり、便利になる可能性が大きい」、「海南島に第2、第3の不動産を持つ人が増える」などといわれており、中国人のSNSを見ても「これからは香港に行かないで、海南島でブランド品をたくさん買える」といった声が大きい。現に、ショッピングのついでに不動産見学ツアーなども多数行われているようだ。

ただし、海南島が本当に「第2の香港」になれるかどうかは、極めて未知数だ。香港は前述したような自由貿易港としての歴史が長く、国際金融センターとしての機能や西側諸国からの信頼もある。製造業にとっては、後背地に広東省を抱えているという地理的な条件もいい。英語が通じるなどの社会的な条件も整っている。

一方で、海南島はもともと地元に住む人々や少数民族などが中心で、観光産業以外に目立った産業がなく、優秀な人材もすべて外部から持ってこなければならない。

そのため、海南島が、かつての香港と同じような「輝ける存在」になれるかどうかは、あと数年経ってみなければ分からないが、少なくとも中国政府はそうした方向に向けてすでに動き出している。

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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)がある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)