元榮太一郎「僕の勝ち方」(1)弁護士ドットコムを起業
国会議員の所得ランキングで、ここ2年連続で2位にランクインしているのが、参議院議員の元榮太一郎氏(44、自民党)だ。
弁護士資格をもつ元榮氏は、代表弁護士を務める「弁護士法人 法律事務所オーセンス(以下、オーセンス)」と、法律で困っているユーザーと弁護士をつなぐための法律相談サイト「弁護士ドットコム」をおもな事業とする、「弁護士ドットコム株式会社(以下、弁コム)」の創業経営者でもある。
1999年に司法試験に合格した元榮氏。1年間の司法修習を経て2001年から、“4大” と呼ばれる大手法律事務所のひとつ「アンダーソン・毛利法律事務所(現在のアンダーソン・毛利・友常法律事務所)」で、弁護士のキャリアをスタートさせる。
「アンダーソン毛利では、一般企業では現場社員にあたる『アソシエイト(勤務弁護士)』として、案件ごとにチームに組みこまれ、大企業向けの企業法務を担当しました。
当時は、『M&A』がちょうど盛り上がり始めたころ。企業買収案件は、まだ最先端の法律事務所でしか扱えない状況で、アンダーソン毛利には依頼が殺到していました。
繁忙期には、午前9時から翌日の午前5時までが毎日続くということもザラで、ガムシャラに働いた。のちに起業したとき、膨大なの実務作業をめげずにこなせたのも、このときの経験があったからだと思います」
キャリア上では、順風満帆に “エリート弁護士” の道を歩み始めた元榮氏。だがじつは、司法試験に合格した翌年の2000年に、大きな転機を迎えている。
「司法修習が始まる春のこと。ようやく読み始めた『日経新聞』の “とある記事” に、突然カナヅチで打たれたような衝撃を受けました。その記事には、こんなことが書いてあったんです。
『司法制度改革で、新入法曹人口3000人時代へ――。試験一本から、ロースクール制に』
そのときはまだ、『司法制度改革審議会』が中間報告を発表した段階でした。でも、『制度改革で、司法試験合格者数が1000人から3000人に増える』という事実に、正直、心のなかでは、椅子から転げ落ちたような気持ちでした。
なにせ、『受かって弁護士になったら一生安泰で、いいことずくめに違いない』という浅はかな気持ちで “狭き門” をくぐったら、突然うしろで扉が大きく開いたんですから(笑)」
当時の弁護士は、大半が「イソ弁(居候弁護士)」と呼ばれる勤務弁護士を経て独立し、一国一城の主になれば、まず食いっぱぐれることのない時代。しかし、このタイミングで起こった “青天の霹靂” が、元榮氏にとっては好機になった。
「結果的に、23歳という若さで、この司法制度改革を体験できてラッキーでした。20〜30年も伝統的な弁護士スタイルで過ごしたあとに、突然ルールが変わったら、時代の変化に対応できなかったかもしれないからです。若さのおかげで、すぐに気持ちを切り換えて、こう考えるようになりました。
『これからは、今までと違う弁護士のスタイルが求められる時代がくる。“バッジがあれば左うちわ” ではいられない。競争を前提として、自分を差別化していかなければ』
20代前半ですから、ここまで明確に言葉で整理できていたわけではありませんが(笑)、『どういう弁護士になったらいいのか』ということを、いち早く考え始められたんです。司法修習中も、アンダーソン毛利に入ってからも、その課題をずっと考えていましたね」
次の転機が訪れたのは、2003年秋のこと。急成長を遂げていた、大手ITベンチャー企業との出会いだ。
「2003年秋に、楽天がDLJディレクトSFG証券(現在の楽天証券)を買収・子会社化するM&Aチームに加わったんです。当時の僕は、実務を2年経験し、『弁護士プラスα』を求めて国際弁護士の資格を取るために、アメリカのロースクールに留学しようと思い始めていました。
お恥ずかしながら、IT業界の急成長ぶりを、それまでほとんど知らなかったんです。この仕事が初めての上場ベンチャー企業案件で、おまけに未知のネット企業。ですから、企業ファイルを読んで驚きました。
数年前に立ち上がった会社が、上場してすでに400億円を調達して、飛ぶ鳥を落とす勢いで企業を買収している……。『ゼロから生み出された会社が、こんなにもダイナミックに成長するのか』と感動しました。そこで、ネットの無限大の可能性に気づくとともに、『僕のプラスαは起業だ』と決めたんです」
●きっかけはネットサーフィンと過去のトラウマ…事業アイデアに奮起
それから元榮氏は、起業家についての情報収集を始める。
「起業家のインタビューを読みあさるうちに気がついたのは、有名な起業家たちには、自分の得意分野で『あったらいいな』を実現しているということ。それから、『法律や弁護士業と、何かのかけ合わせができないか』と、思索するようになりました。
一方で当時はブロードバンドが急速に普及し始め、『Yahoo! BB』が街頭でモデムを無料配布をしていたころ。『ネットが劇的に速く大容量になって、すぐに高速通信の時代がくる。インターネットが社会の隅々まで行き渡るぞ』と確信しました。
楽天の三木谷(浩史)社長はじめ多くの経営者たちが、マスコミに盛んに取り上げられ、『IT寵児』として存在感を放っていらしたこともあって、『法律とITをかけ合わせよう』と思うようになりました」
そうして “心の起業準備” をしながら、1年ほど過ごした2004年の10月、事業のアイデアにたどりつく。
「ネットサーフィンをしていて、たまたま『引越し比較.com』というサイトを見つけたんです。『価格.com』のように 商品を比較するサイトは知っていましたが、そこで『そうか、“サービス” も比較できるんだ』と気がついた。いま考えると当たり前のことなんですが(笑)」
そのとき、元榮氏の脳裏に、かつての体験がよぎった。
「大学2年のときに、車で物損事故を起こしてしまったことが、フラッシュバックしてきました。結果的に僕は、弁護士会の法律相談にたどり着き、事態を丸く収めることができましたが、相談に行く前はどうしていいかわからず、ふさぎ込んでしまった時期があった。それで、こう思ったんです。
『もしあのときの自分が現代にいたら、何かないかとネットで必死に解決の手がかりを探しているはずだ。あのときの自分みたいな人は、きっと今もいるから、そういう場所があったらメチャクチャ便利だな。弁護士業務を探せるサイトを作って、困っている人と弁護士をつなげよう』
でも、“自分が思いついたものは、大抵ほかの人がやっている” というのが世の常です。ひとまず冷静になって検索してみると……なかったんですよ(笑)。それで、『これは社会を変える可能性のある、大チャンスだ!』とワクワク感が止まらなくなって。その1週間後、事務所に辞表を提出しました」
企業法務家としてのエリート街道から外れる決意をした元榮氏だが、事務所を辞めるのもひと苦労だった。
「2004年当時の弁護士業界は、まだリーマン・ショック前で空前の好景気でした。最大手のひとつだったアンダーソン毛利には、事務所を辞める人など、まずひとりもいません。
そのうえ弁護士業は、“一生涯まっとうする” のが当たり前。わざわざ弁護士業とは別に起業をする人なんて、業界全体を見渡しても皆無に等しかった。『起業するために辞める』なんて言ったら、頭がおかしくなったと思われる時代でした。
ですから、アンダーソン毛利には、『ひとりで弁護士として独立して自分を試してみたい』と伝えました。ありがたいことに、同期からは『まったく理解できない。辞めちゃダメだ』と引き止めてもらい、上長からも『考え直せ』と慰留していただきました。でも、いくら考えても、思いついた事業をやりたくて仕方がなかったんです」
●「完全無料で100%の安心を」新しい仕組みを作るために“やせ我慢”
2005年1月15日、元榮氏は自宅で、「弁コム」と「オーセンス」それぞれの前身となる、2つの事業を立ち上げた。そして同年の8月31日にwebサービス「弁護士ドットコム」がスタート。ところがサイト運営には、大きな壁が立ちふさがっていた。
「弁護士法では、『報酬を目的とする、弁護士業務の仲介をしてはならない』と定められています。これは、『仲介業にあたる、依頼者と弁護士のマッチングでの収益化が望めない』という意味です。さらに、2000年の9月までは弁護士業の広告行為が禁止されており、とにかく業界のハードルが高い状況でした。
そのようななかで『サイト運営にあたり、登録してくださる弁護士さんから、運営原資として実費相当分の費用を受け取るのは合法だろう』という、収支を均衡させる形で適法化する案も持ちあがりました。ですから、最初はその方針でいこうかと考えていたんです。
しかし、『合法であるだけでは不十分だ』と思い直し、まずは皆さんに100%安心して使ってもらえるサービスにしようということで、『弁護士ドットコム』を完全無料のサイトとしてスタートしたんです」
元榮氏を無料化に踏み切らせたのは、「伝統にも寄り添いつつ、日本で初めてのサービスを世の中に提案して社会を変える」という志だった。
「“一見さんお断り” という伝統的文化が残る弁護士業界を相手に、“一見さんに門戸を開く” 僕らの事業は、弁護士さんたちにもユーザーにも、温かく応援してもらえるようにするために、『とにかく丁寧に進める必要がある』と感じていました。
伝統ある世界に新しい仕組みを作るには、“わかりやすさ” がなにより大事です。ですから、『やせ我慢でも法律違反の可能性をゼロにし、弁護士さんたちのサイト登録のハードルと、ユーザーの安心感を最優先に考えよう』と決めました。
無料モデルであれば、弁護士法上の法的リスクはゼロになります。そこで、満を持してサイトの一般広告枠の販売以外は、“収益性ゼロ” の状態で出発したんです」
「弁護士ドットコム」の始動から1カ月後の2005年10月7日、運命の1日が訪れる。『朝日新聞』『読売新聞』に、同時に弁コムの紹介記事が掲載され、『めざましテレビ』(フジテレビ系)の新聞コーナー、そして「Yahoo!ニュース」のトピックスに取り扱われたのだ。
「ユーザーの方々から、ものすごい反響をいただきました。一方で、報道をご覧になったようで、弁護士会から直後にお問い合わせをいただいたんです。
『これを契機に、きちんとご理解をいただこう』と思い、日本弁護士連合会(日弁連)と、僕が弁護士として所属する第二東京弁護士会に、ご説明に伺いました。
両会とも、もちろん懸念は、うちのサービスが『弁護士法72条に抵触していないか』ということ。わかりやすさ重視の完全無料サービスですから、『弁護士とユーザーいずれからも報酬が発生しない仕組みにしています』とご説明させていただきました。
加えて、法律で困っているのにつてのない方が、ネットで弁護士とつながる場所の必要性を、『弁護士をもっと身近にしたい』という思いとともにお話ししました」
クリアなサービス設計によって、運営に対する理解を得ることに成功した元榮氏。だが、精神的な重圧は続く。
「弁護士法に抵触しないことに加え、『法律で困っている人を助ける』という社会的意義にもご理解はいただけたのですが、弁護士会から審査結果をいただくまでは、本当に毎日、胃がキリキリしっぱなしでした(苦笑)。
さらに僕自身、何をするにも基本的に “過去の判例に拠りどころを求める” いち法律家でもあります。『準拠するルール』をもたないサービスを運営し続けるのは、とてもツラい。まさに、暗中模索です。
創業から2年後の2007年12月になって、ようやく一筋の光明が差します。大阪弁護士会が『インターネット法律相談事業関与規則』という、僕たちのような法律相談サイトに、弁護士さんたちが参加するための、規則とガイドラインを定めてくださったんです。それまでは、自分のなかの法的倫理観だけが頼りでした」
●「困っている人と弁護士はwebでつながる」が新しい“常識”に
法律相談サイト「弁護士ドットコム」は、大阪弁護士会の規則に完全準拠することで運営上の安定性を高めることができたが、法人としての弁コムは、創業以来8期連続の赤字が続いた。
2009年頃からようやく、弁護士ドットコム事業に、徐々に収益化の芽が出始める。2009年12月、サイト内のいちサービスである「みんなの法律相談」で有料会員プランをスタート。続いて2012年には「弁護士ドットコムトピックス(現・弁護士ドットコムニュース)」を立ち上げ、ニュース配信をフックに集客力を高めていった。
そして2012年8月、目標にしていた「月間サイト訪問者数100万人」を達成した月に、創業以来初めて外部株主を受け入れる決断をし、デジタルガレージ社から1億円の資金調達を実施。弁コムは、株式上場に向けて大きく舵をきる。そして、ついに創業時からの “宿願” を叶えることに。
「サイトスタート当初から、受益者負担という視点からも『いつかは登録弁護士さんへの課金を』とは思っていました。ただ弁護士業界は、依頼を獲得するためのマーケティング費用を支払うことに、まったく無縁の世界でしたから、タイミングに慎重を期する必要があった。
まずは、ひとりでも多くの弁護士さんにサイトの存在を認めていただき、サイトに登録していただくために、『ギリギリまで待とう』と決めていたんです。
2012年の8月、自分なりの時代を読む肌感覚から『もうそろそろ、ご理解いただけるだろう』と判断し、弁護士さん向けの有料プランの準備をはじめました。もちろん適法性は重要ですから、すでに法的に認められていた登録掲載を『広告料』として頂戴するプランです。
準備にあたり、カカクコムで食べログの担当役員をされている村上(敦浩)さんに、アドバイザーになっていただき、1年かけて丁寧にプラン設計をしました。
食べログは、店舗情報の掲載は無料で、サイトの利用者数がある程度に達したところで店舗向けに集客を強化できる有料サービスを開始し、一気に収益化していた。その経験を教えていただきながら、2013年の8月に、月額『2万円』『3万円』『5万円』の3プランで、有料化に踏み切ったんです」
有料プランの販売を始めると、初月から数十件の売り上げがあった。そして2014年12月11日、弁コムは東証マザーズに上場を果たす。
「創業して間もない2005年末、東京の1万5000人の弁護士さんに登録セミナーのダイレクトFAXをお送りして、応募はたった1人でした。
でもその方は、うちのサイト経由で少しずつ相談者と会う機会を増やすうちに、どんどんやる気になられて、数年後には独立された。困っているユーザーの役に立つだけでなく、弁護士さんが変わっていく様子を見られるのは、なにより嬉しいものです。
創業から15年を経たいまでは、全国4万1000人のうち、1万7000人ほどの弁護士さんが、弁護士ドットコムに登録してくださっています。ちなみに僕も、弁護士ドットコムに登録はしていますが、『競合になってはいけない』と思い、どんなに収益が苦しくても、サイト経由では依頼を受けたことがありません。
弁護士法や弁護士業界の伝統をはじめ、たくさんの制限があるなかで、ひたすら地道にがんばってきて、本当によかった。“一見さんお断り” の世界から、業界内外のみなさんに応援していただきながら、『困っている人と弁護士はwebでつながる』という “新しい常識” を作ることができたのですから」
もとえたいちろう
1975年 米国イリノイ州生まれ 慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、1999年に旧司法試験合格、2001年からアンダーソン・毛利法律事務所(当時)にて企業法務弁護士として活躍。2005年1月に退職・独立し、同年8月に「弁護士ドットコム」のサービスを創業し、2014年12月11日に東証マザーズに上場。弁護士の起業家として注目を集め、『めざましテレビ』に金曜レギュラーとして出演するなど、メディアに多数出演。一方、2016年7月の参院選に千葉県選挙区から自民党公認候補として出馬し、当選。現在、弁護士・企業経営者・国会議員として活躍
※最新著書『「複業」で成功する』(新潮社)が発売中
