2018年は大阪北部地震が発生したほか、台風21号に襲われ、おまけに阪神タイガースは最下位だった。それでもなんだかこの街は元気だ。一体、なんでやねん!

■万博に訪日客、なんか元気な「大阪」

日本時間の11月24日未明、2025年国際博覧会(万博)の大阪開催が決まった。1970年以来の55年ぶり2度目だ。万博を開催する国や参加国には産業振興や経済成長に結びつける狙いがあるという。大阪万博は「日本が新しい時代のグローバル競争で飛躍するステップとなる」という指摘も出ている。

上:万博誘致決定に喜ぶ吉村市長(左)と松井府知事。(時事通信フォト=写真)右下、左下:大阪万博イメージ図。

大阪万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。人工島「夢洲(ゆめしま)」舞台に人工知能や拡張現実などの先端技術を駆使する。来場者数は2800万人にも上ると推定されている。

万博招致の成功に加え、インバウンドも好調と、何かと元気がよさそうに見える大阪だが、なぜだろうか。大阪をリードする2人のキーマンに話を聞いた。

17年に米マスターカード社が発表した世界の海外旅行者市場のレポートでは、世界で最も海外旅行者数の増加した都市として大阪が挙げられており、09〜16年の旅行者数増加率でも24%増でトップとなっている。またインバウンド数も17年には1100万人超と、統計開始以来の1000万人超えを果たすなど、その勢いはとどまるところを知らない。

AFLO=写真

この好調を先導するのが、元観光庁長官で現在は大阪観光局の理事長を務める、溝畑宏氏だ。

コスプレでおもてなしする溝畑大阪観光局長

溝畑氏は好調の要因として「大阪はもともと観光に対するポテンシャルが高いことが第一にある」と語った。

「大阪は京都や奈良、神戸といった観光地へ1時間程度でアクセス可能で、関西エリアには国宝や重要文化財が集中している。もう少し視野を広げれば北陸や瀬戸内にもアクセスでき、位置的なメリットが非常に大きい。また関西国際・大阪国際(伊丹)・神戸の3空港を有していることや、梅田駅を中心に繁華街や観光地が密集している点も有利に働いています」

立地的なメリットのほか、大阪は発展した食文化も有している。ニューヨーク・タイムズ紙の「17年に訪れるべき52の場所」にも大阪はノミネートされ、「究極の日本のごちそうが待っている」とのキャッチコピーで紹介された。

このように大阪市の持つポテンシャルを活かし、インバウンド産業を活性化させている溝畑氏だが、彼が最も自信を持っているのは観光客数の増加ではなく、消費額の増加だという。14年時点では約2600億円だった消費額が、17年には約1兆2000億円に増加。百貨店の高島屋でも、大阪店の免税売り上げは17%に達し、51年以来の売り上げ全国1位を達成した。また、高島屋では多国語を話せるスタッフや、アリペイ・ウィーチャットペイのような中国で広く流通しているキャッシュレス決済を導入し観光客を受け入れる態勢を見せている。

■大阪のライバルは東京ではない、パリなんや!

5倍近い消費額の増加は偶然ではなく、官民一体となった観光への注力がある。

「旅行者の受け入れを強化するために、『Osaka Free Wi‐Fi』(無料Wi‐Fi)や多言語表記など、かなりのリソースをつぎ込んでいます。午後11時まで営業している観光案内所があるのも日本では大阪だけ」

また民間によるホテルの建設ラッシュや違法民泊の撲滅による合法民泊の推進など、観光客を受け入れる体制も急ピッチで整備中だ。

いわゆる「お役所仕事」のようにスローペースな開発ピッチの自治体が多い中で、これだけハイペースで官民一体となった開発が進んでいるのは、どういった要因があるのか。

「きっかけは大阪市長に橋本徹氏が就任し、関西国際空港の民営化やIRの推進など、チャレンジングな方向に転換していったこと」

大阪観光局長 溝畑 宏氏

当時観光庁長官を辞めたばかりの溝畑氏は、当時の府知事だった松井一郎氏や橋下氏に要請され、大阪府特別顧問に就任した。大阪を盛り上げる、と決意した溝畑氏は、就任当初から「やるからには世界の一番を目指す。だからライバルは東京でなくパリ」という志を持って大阪の開発にあたっていた。その原動力となったのが、経済が東京へ一極集中している現状への怒りだった。

「大阪の平均所得はリーマンショック以降低迷を続け、今では東京に大きく水を開けられました。先述のように、大阪にはこれだけ資源があるのにですよ。日本がハングリー精神を持ち、国際競争の舞台に立てるようにするには、東京に一極集中している“ゆがみ”を正さなければならない。その第一歩が大阪です」

溝畑氏は「僕は五代友厚ですよ」と自身を表現する。激動の明治において海外に目を向け、数々の商業施設を設立し大阪を復興させた薩摩藩士、五代友厚のように、自分も大阪という舞台で戦いたい。五代友厚の姿を自身に重ねているのだ。だが彼の目指すものは、まだ先にある。

「まず強化が必須なのは、空港の受け入れ態勢。現在は関西3空港を合わせても収容人数が4700万人で、6000万人収容可能なシンガポールのチャンギ空港に大きく後れを取っています。観光分野の発展を続けるには、空港の収容力が大きくなることが必須になる。現実的には様々なハードルがありますが、関西3空港の一体化は大きな目標です」

また、溝畑氏が今後のキーとして注目するのは“消費の質”だ。

「観光客数よりも消費額を誇っていることからもわかると思いますが、今後も消費の質を伸ばすことに力を入れていきたいと思っています。具体的にはクラブやエステ、バーなど、ナイトスポットを増やし、消費の時間軸を伸ばしていきたい。今までは夜9時までしか消費できる場所がなかったのを、深夜まで消費できるような場所にしていきたいです」

■巨大台風のピンチを、チャンスに!

そんな中、18年の夏には大阪北部地震に加え巨大台風21号が大阪を襲った。とくに台風21号に関しては、強風にあおられたタンカーが関空への連絡橋に衝突し、大阪の玄関口が一時閉鎖された。

このピンチにも溝畑氏は「チャンスに変えてやる」と燃え上がった。第1・第2ターミナルすべての旅客施設が被災前の状態に戻るには、2週間以上かかり、その影響で「9月の空港利用者は前年に比べ大きく落ち込んだ」。しかし、外国人訪日客に地下鉄やバスを自由に利用できる「大阪周遊パス」を無料配布したり、休日も対応する観光相談本部を設置して多言語の専用電話も設けたりするなどの対策を発表。その結果10月の関空利用者数は前年比で103%となった。18年の総インバウンド数に関しても「前年を上回る見込み」だそうだ。

今後は「長期的にはアジアの富裕層にアプローチしていきたい」と語る溝畑氏。MICE(報奨旅行、会議、研修会、展示会)施設の強化にも目を向ける。「世界レベルのMICE施設は国際会議場に加え、ショッピングやエンターテインメントが複合した10万人規模の施設が標準。大阪がパリに勝つためには、このような世界レベルの施設も必要になってくる」と力説した。

大阪市長 吉村洋文氏

ラグビーワールドカップ2019日本大会、ワールドマスターズゲームズ2021関西、G20大阪サミット、万博と国際的イベントが多く待ち受ける大阪。現在のビジョンが実現すれば、大阪がパリと並ぶ日も遠くはない。溝畑氏の言葉には、ただの大言壮語とは思えない説得力と熱量がある。

溝畑氏が精力的な活動を続けるのは行政側の望んだ動きでもある。大阪市長の吉村洋文氏は「大阪の観光については、官から民への移行を強く意識している」と語る。

「溝畑氏のように、自ら率先して動き、新しいものをつくっていこうという動きは、トップが天下りでは生まれない。現在では施設の管理やプロモーションも民間の力を借りることで、多くの観光客を集客できている」

■観光だけじゃない、吉村市長の大阪のビジョン

現在では大阪城公園や道頓堀、戎橋など多くの観光スポットが民間主導での管理となり、官営では生まれなかった自由さで発展しており、大阪城公園や道頓堀は“インスタ映え”するスポットとして人気を集めている。SNS経由で観光客自身が発信者となり、宣伝を担っている部分も大きいという。

大阪市の観光面は間違いなく潤っている。しかしそれ以外の面はどうだろうか。関西電力の電力販売量は16年に中部電力に抜かれて以降、3位に甘んじているほか、15年度の県内総生産でも愛知県に抜かれ、大阪府は3位となっている。今後、大阪は観光に注力していく方針なのだろうか。

吉村市長の答えは「観光は基幹産業の1つではあるが、観光だけでは大阪はよくなっていかない」というものだった。

「大阪の強みは、新しい分野にチャレンジする精神。関西弁で言うと『やってみなはれ』ですかね。大阪は全国的にも起業率がかなり高い都市。こういった部分を大事にしていくために、環境を整備して起業率を高めていきたいと思っています。また中小企業も多いので、事業継承ができるような土壌も整えていきたい」

大阪の企業のため、なんばとうめきたを拠点としてアジアを中心に国外進出ができるような土壌を整備していきたいと語る吉村市長。まずは市場経済を活性化させることで、東京へ転出してしまった大企業を呼び戻したいという意図もあるようだ。

また、現状では東京−名古屋間で開通後、45年までに大阪へ延伸予定となっていたリニア中央新幹線。大阪開通が当初の計画より最大で8年前倒しとなった今でも「遅すぎる」という声が集まっているが、これについても想定内のようだ。

「リニアの計画は大阪の成長に沿った、現実的なプランだと思っています。施設や地下鉄の民営化だけでなく、大阪府と市が連携し、二重行政を排してきたからこそここまでの発展があると思っているので。今までのお役所経営のままでいたら、現在の8年前倒しすらなかった」

現状を踏まえたうえで、未来に目を向ける大阪だが、気になるのはカジノ・IR(統合型リゾート)の問題だ。18年7月下旬のIR整備法公布以降、今までのビジョンが急ピッチで具現化することが考えられる。以前からIRに賛成の方針を示していた吉村市長は「IRは今の大阪に足りないものを急速に補完していく」と語る。

「現在大阪に足りていないのはナイトエンターテインメント。大阪が国際的なエンタメの街となるには、IRによって起こされる化学反応により、新しい分野のエンターテインメントや産業が必要です」

夜の消費額が足りない、という問題は前出の溝畑氏も指摘していた点だ。溝畑氏は「IRは今まで実現できなかったことの起爆剤になる」と解説。IRを契機にJR桜島線の夢洲沿線や地下鉄中央線、京阪電車の乗り入れに着手し、交通の利便性を向上させたいという考えのようだ。

■ギャンブル依存症対策の鍵は、IRの誘致

大阪市がIRを発展させるエリアとして構想しているのは、湾岸エリアだという。吉村市長は「本来、世界的な大都市は湾岸エリアが発展しているが、大阪の湾岸部は倉庫や物流の拠点となっており、発展しているとは言い難い」と、湾岸部が大阪市の弱点となっている現状を認める。「MICEやIR施設によって、湾岸部をエンターテインメントに特化した街にしていけば、他都市との差別化は進み、新しい大阪の強みとなる。そういった力がIRにはあるのではないかと期待しています」と吉村市長は語った。

大和総研の試算によれば、IRによる経済波及効果は約5兆円、運営段階では2兆円弱の効果が見込まれている。こういった経済効果も、大阪の弱みを強みに変える力となるか。

しかしIRにはメリットだけでなく、顕著なデメリットもある。IRの中心とされるカジノ産業は言うまでもなくギャンブルであり、依存症問題への対策は必須だ。厚生労働省が発表した19年度の予算請求によれば、アルコール・薬物・ギャンブル依存症すべての対策費は合計で8.1億円。このうちどれほどがギャンブル依存症対策へ割り当てられているかは不明だが、現状を顧みるに十分な対策がされているとは思い難い。

だが吉村市長は、「カジノができることで、結果的に依存症は減っていく」と語る。

「確かに、現状ではギャンブル依存症への十分な予防や支援はできているとは言えない現状がある。しかし現状できていないものは、何か外部からの力が働かない限り変化しないと思っています」

吉村市長にとって、その“外部からの力”とはカジノの導入だという。

「今までは対策を取りたくても予算や政治的な優先順位といった力学に左右され、結果的にギャンブル依存症の対策は取れていなかった。しかしカジノという新しい力が入ることによって、国民の目はギャンブルへ向く。そうなればカジノで始まった依存症対策がパチンコや競馬にも波及すると考えています」

大阪の街は今、大きな意思を持って変わろうとしている。

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溝畑 宏(みぞはた・ひろし)
大阪観光局長
1960年生まれ。東京大卒。自治省(現総務省)に入省後、大分県庁に出向し、大分トリニータを育てあげた。2010年に観光庁長官、16年より現職。大阪を「急成長渡航先ランキング」で世界1位にさせた。
 

吉村洋文(よしむら・ひろふみ)
大阪市長
1975年、大阪府生まれ。九州大学法学部卒。弁護士活動を経て、2011年大阪維新の会から市議会議員に出馬し当選。14年に維新の党から衆議院議員に出馬し、当選。15年から大阪市長。
 

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(行動するお金博士 山野 祐介 撮影=加藤 慶 写真=時事通信フォト、AFLO)