ベルリンで爆笑の渦を巻き起こし快挙を成し遂げた染谷将太主演のコメディ・ホラーの新鋭監督が、慶應大学で行っていた「笑いの研究」とは
映画『チルド』は1993年生まれの岩崎裕介監督による力強い長編デビュー作。想像の斜め上を行く怒涛の展開に、ベルリン国際映画祭は大いに沸いた。現在も東北新社に席を置きCM制作を続ける岩崎は、中島哲也、石井克人、吉田大八らに続き、CM業界から飛び出した才能だ。実験的な表現や現代社会への鋭利な視点を奨励するベルリンのフォーラム部門に参加し、国際映画批評家連盟賞(FIPRESCI)を受賞した。
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ベルリンでの岩崎裕介監督 撮影:林瑞絵
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コンビニを舞台にした「社会批評的ホラー」
ワールドプレミアは2月13日金曜日。仏文化振興機関メゾン・ド・フランス内の映画館シネマ・パリで行われた。小雨がぱらつくなか、満員の観客が押し寄せた。「グーテン・ターク(こんにちは)」。片手をあげ第一声を発したのは、鮮やかな赤髪で登場の岩崎監督。「コメディかホラーかこれは皆さんが決めてくれればいいなと思います。今日は楽しんでいってください」と挨拶。会場が期待で温まったところで、上映が始まった。
東京のどこか。冷めた目の青年・堺(染谷将太)は、オーナー(西村まさ彦)のコンビニ「エニーマート」で働き早十数年。失礼な客をやり過ごし、マッチングアプリで日々を紛らわし、流されるまま生きる日々。周囲には杓子定規な店長の今井や、美容専門学校に通うバイトの小河(唐田えりか)らがいる。買い物客やバイトの人間が交差しては散ってゆく場所で、コンビニの掟が崩壊する時、それは終わりの始まりだった……。
そんな新感覚コメディ・ホラーと呼びたい本作の上映中、会場では大きな笑い声が何度も響いた。質疑応答も活発で反応も上々のワールドプレミア翌日、現地で監督に話を伺った。
--日本の象徴的な存在でもあるコンビニですが、どんな場所だと捉えてますか。
岩崎 情報量や交わされる言葉の分量に対し心の稼働がなく、形骸化した場所みたいな感じです。 明るくてフレンドリーなのに、実は誰も何も思ってないという。夜で街は死んでいても蛍光灯で均一に照らされ、みんなは笑っているみたい。現実から完全に逸脱した異空間で、そこがコンビニの怖さ、不思議さですかね。
--フォーラム部門のプログラマーが、本作を「社会批評的ホラー」と紹介しました。この表現はしっくりきてますか。
岩崎 しっくりきてます。ホラー映画の体験の中でのみ怖さが完結するのは、僕としてはちょっと味気ない。見終わった後に持ちかえるものがあった方が良いと思うので、批評性は大事にしています。例えば 「我々も堺みたいに、生きながらにして死んでるなあ」って思ってくれればいいし。コンビニの話というよりは、 コンビニみたいな人間の話です。「死ねませんね、残念です」「人生は続きますね、残念です」というのを、みんなにも感じてほしかったですね。
なんで人は笑うのか? 答えは「ズレ」にある
--上映では大きな笑いが起きてました。
岩崎 コンビニの勤務をシンプルに描写するだけで笑いが起きるので、 やっぱり日本って相当滑稽なのかと。それが面白いと思って僕も映画にしてますが、実情を知らない海外の人も面白いということは、ある程度、普遍的な感覚だと思いました。
--もともとコメディにしようと思ってなかったのですよね。監督の「笑い」の感覚はどこから来たものでしょう。
岩崎 僕はもともと「笑い」にすごく興味があって、大学で研究もしてました。
--大学でですか?!
岩崎 慶應大学文学部の美学美術史学専攻で、美学も哲学もやるんですよ。その中で笑いのルーツとか、「なんで人は笑うのか」とかを考えたり。哲学だとベルクソンがやってるんですけど、普通に解明はされてないんで。普通にムズ過ぎるってなっていて。
--それで、なぜ笑うのかはわかったのですか。
岩崎 それは「ズレ」ですよ。ちょっと普通とは違うものに出くわすと、人は反射で笑ってしまうとか。あとは「攻撃」ですね。笑いの対象を、人は基本、見下しているんで。防衛本能みたいなものもあるし。基本は緊張と緩和でしょうか。一番大きいので言うと、緊張状態になった人間が少しでも弛緩すると、体の反応として笑ってしまう。 そこら辺とかが面白いと思っていました。
--それを卒論で書かれたのですか。
岩崎 卒論です。
--完全に映画で活かされてましたね(笑)。
岩崎 めっちゃ活きてます。自分の作るCMもコメディではないですが、やっぱり全部笑えるんです。普通のヒューマンものですが、ちょっと気まずいみたいなのが好きで。「笑かしてくるもの」よりは「笑えてしまうもの」の方に趣を感じますね。『チルド』もそうですよ。必死に生きている人間の方が面白いんで。店長の今井はちょっとかわいそうですが、好きなキャラです。
染谷将太、唐田えりか、西村まさ彦
--上映の盛り上がりを俳優さんにも体験してもらいたかったですね。ベルリンへの参加について、俳優さんからお言葉はありましたか。
岩崎 オーナー役の西村(まさ彦)さんは、撮り終わった後に「絶対(映画祭など)なんか入ると思うから。やばいから」と、信じてくれていました。大御所ですが、インディペンデント映画を応援する方で心強かったです。染谷(将太)さんは先月(1月)の試写で完成品を見て、「絶対、爆笑の渦だと思うよ」って言ってくれて。今回、染谷さんは調整を試みてくださったのですが、ギリギリでこられなかったんです。急だったのでしょうがない! 唐田(えりか)さんは脚本を読んで「出たい」って言ってくれて、すごい嬉しかったです。気さくな等身大な方で、ベルリン入りを喜んでくれました。
--3人の俳優としての魅力を一言。
岩崎 主人公の堺は喋らないので難しいですよね。一応内面の変化はあるので、微細なところを表情だけでやらなきゃいけない。表情が雄弁かつ全体的にアンニュイで精気のなさが出せるのは、染谷将太しかいないだろうと。小河はこの映画の精神的な主人公。正義感があってラディカルだが、思い込みが激しいところも。その微妙でキャラクターとして好きになりきれない感じを、唐田さんがうまく演じてくれました。唐田さんは『極悪女王』(2024年)を経てから佇まいやお芝居に自信や強さを感じて。だから小河は思ってたより強いキャラクターになって面白かったですね。西村さんはシンプルに僕の父に顔が似てるんです。サイコホラーの『黒い家』(1999年)の西村さんのお芝居が大好きでした。今回は無機質な感じがよくてぴったりでした。お願いできて最高です。
--女性キャラクターにも公平に辛辣で、容赦しないのも良かったです。今、ジェンダーの扱いに気を遣い過ぎるあまり、不自然な演出や設定が多い気もするので。
岩崎 もちろんそこに対しての意識はスタッフとしっかり話しました。女性だからという理由で恣意的に救われるべきだとは思わない一方で、現実社会において女性たちが構造的に不利益を受けているのも事実です。その上で、今回は「女性だから」というわけではなく、世の中に存在するひとりの人としてどう振る舞うか、どう巻き込まれていくかをフラットに描くことにこだわりました。
コンビニ内の撮影は4日間のみ
--撮影期間が1週間と短いですね。
岩崎 コンビニ内の撮影は4日間です。
--CMを撮られているから効率よくできるのですか。
岩崎 それもそうだし、準備もめっちゃしました。全カット絵コンテにしたんですよ。エニーマートもレゴで作ったり。 CMのスタッフは1億円で15秒の作品を作っているので、みんな完璧主義なんです。
--これからもCMは撮り続けるのですか。
岩崎 もちろん! 15秒の中で目的があって、どうすれば機能するかを考えるCMは、職業作家として性に合っているので。でも、映画もまた撮りたいです。すでに動いている企画もあります。まだ本当に怖いホラーは撮っていないので、救いようのない破滅的なものをいつかやりたいですね。
『チルド』は完全オリジナル企画。実際にコンビニ経営をする父を見て育った監督が脚本も手がけた。「才能が潰されない世の中」を目指し2022年に旗揚げされた映画レーベル「NOTHING NEW」のプロデュース作品で、監督と旧知である大手映画会社出身の林健太郎が製作を主導した。
--日本の映画業界で改善してほしいことはありますか。
岩崎 NOTHING NEWの発足がそもそも一個の問題意識から生まれてます。日本は新しい才能に意識を向ける環境が整っていないんですよ。ちゃんとマネタイズできる確信があるスタッフや原作もの、アニメや続編など、ヒットが担保されてるものしか大きな市場に出ないので。本当に才能のある奴を信じて座席を用意して、映画を作ってもらえる環境があるとより良いかなと。
「面白さは担保するので、作らせてくれい!」
--今回は実際にアクションを起こした結果ですね。
岩崎 NOTHING NEWがやってくれているので、僕は精一杯頑張るだけ。監督としては若手だけど、「面白さは担保するので、作らせてくれい!」というところですかね。あと、もっと変な映画を見たいですよね。成立してなくてもいいから、「本当にこれを撮りたかったんだ」というワンカットがあるだけでも、僕はくるものがあるんで。そういう「魂由来の映画」で、作り手がもっと暴れてほしい。アヴァンギャルドなものを日本でも見たい。あるかもしれないけど、大手をふって見てみたいです。
--岩崎監督はベルリンでかなり暴れていたと思いますよ。受賞も期待しています。
岩崎 もし引っかかったら嬉しいです。(数日後、見事受賞のお知らせが!)
『チルド』
監督・脚本:岩崎裕介/出演:染谷将太、唐田えりか、西村まさ彦/2026年/日本/88分/配給:NOTHING NEW/7月17日よりロードショー
(林 瑞絵/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)
