和服が似合う外国人が多い(C)日刊ゲンダイ

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【週刊誌からみた「ニッポンの後退」】

小野田紀美経済安保相の地元を週刊新潮が嗅ぎ回ったのは至極当然のこと

 私の小学生時代は敗戦直後の混乱期だった。家の近くに米軍関係者の家があった。子どもは私と同じクラスで、日本人の悪ガキたちから「あいの子」と呼ばれ、いじめられていた。

 私とは気が合って、一緒に通学し、家にも招かれた。日本人の母親からもらったチョコレートを食べたときの感動は、今でも記憶に残っている。

 近所で花屋を営んでいた在日朝鮮人一家にも同級生がいた。年中水っぱなを垂らし、店には花の香よりもキムチのにおいが濃く漂っていた。中国人の子どももいた。人種のるつぼとまではいわないが、日本人とは文化も考え方も顔も違う人間たちと机を並べ、交流したことが、私の世界への視野を広げてくれた。

 日本は、渡来してきた人たちが、先住民と混ざり合い、時には激しく衝突しながらも、長い時間をかけて「日本人」という形にまとまっていった国である。

 そうした流れを突然断ち切り、「移民を排斥せよ」と政策の大転換を宣言したのが高市早苗首相である。

 ヒトラーが「生活が苦しいのはユダヤ人のせい」と扇動することで国民の支持を得たように、経済が低迷している今の日本で、高市政権が排外主義を強めている。“普通の人たち”がSNSからの情報を無批判に受け入れてデモに参加し「外国人は自分の国に帰れ」と声を上げる姿に不気味さを感じると、ジャーナリストの池尾伸一が「仮放免の子どもたち『日本人ファースト』の標的」(講談社刊)の中で書いている。

「仮放免の子ども」とは、超過滞在(オーバーステイ)の親のもとに生まれたため、在留資格が与えられていない子どものことだ。在留資格がなければ住民票はなく、健康保険などさまざまな社会保険にも加入できない、就職もできない。「夢を持つことを禁じられた」子どもたちなのだ。

 ヘイトスピーチを浴び暴力を振るわれる。重病でも病院に行けない。親と無理やり分断され、突然、言葉もわからない「母国」へ強制送還される。日本という国は、「最も弱い存在である子どもすら、生身の人間としての権利を守ろうとしない国なのだ」(同書から)。

“高市1強政権”におののくテレビ、新聞をしり目に、週刊新潮は2週続けて、高市の愚民政策に「ノー」を突きつけた。4月16日号では「不法外国人」を警察にタレこめば1万円の報奨金を出すというバカな制度を作った茨城県知事を笑った。

 イチゴ農園を経営している男性はこう話す。

「大人数の実習生を雇うほどの余裕はありません。かといって外国人がいないと、収穫期に人手が足りなくなる。農家にとって“フホー(不法滞在の外国人)”は必要悪ともいえる存在です」。農繁期になると、彼らのほうから車で乗り付けてきて、「人手要る?」と声をかけてくるという。

 高齢化が進む農業にとっても、ファミレスやファストフード店なども、もはや外国人労働者なくしては成り立たないのだ。

 だが、帰化要件を厳しくし、申請料も上限30万円まで大幅に引き上げた。日本で企業を設立したい人のための「経営管理ビザ」も厳格化され、資本金が500万円から3000万円になった。そのためエスニック系料理を出す小規模な飲食店はほとんど消えるといわれる。

 このままの状態が続けば、優秀で勤勉な外国人労働者たちは、日本を捨てて他の国へ向かうことになるのは必定だろう。週刊新潮がいうように「歴史上、人口減が続いて栄えた国はない」のだ。

 外国人と共生がうまくいっている国には、「言語教育を個人任せにしない」「一時的な労働力ではなく、将来の“隣人”として接する」「彼らの文化によって自分たちの社会が豊かになるというメリットを実感できる」などの共通項がある。

 この国も、排除から共生へと、舵を切るべき時であるはずだ。 (文中敬称略)

(元木昌彦/「週刊現代」「フライデー」元編集長)