あれだけ多かった「韓国人プレミアリーガー」は一体どこへ…パク・チソンから始まった系譜“断絶”の危機を母国記者が憂う

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イングランド・プレミアリーグは自他共に認める世界最高のプロサッカーリーグだ。

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1992年、革新的な放映権戦略を含む強力な商業性によって再編された新しいリーグの発足は、時が経つにつれ多額の投資を引き出してきた。21世紀に入ると、ヨーロッパの他の競合リーグが追随できないほどの富を蓄積した。

直近3年間の放映権料は実に18兆ウォン(日本円=約1兆9354億円)。堅固かつ多角化された収益構造は、他リーグとの格差をさらに広げた。

スペインのレアル・マドリードやバルセロナ、ドイツのバイエルン・ミュンヘン、フランスのパリ・サンジェルマンなどは、その勢いや財政規模、成績においてプレミアLのチームを上回ることもある。しかし、プレミアは大手のビッグクラブが激しく競い合い、観客収益や移籍金の支出など、リーグ全体が発する「規模の経済」において圧倒的な地位を固めている。

この最高のリーグにおいて、韓国人選手たちは堂々とその一翼を担ってきた。

初の韓国人プレミアリーガーであるパク・チソンは、マンチェスター・ユナイテッド(以下マンチェスター・U)で多大な成功の歴史を築いた一員だ。プレミアが世界最高のリーグへと飛躍した時期に、最強のチームであったマンチェスター・Uに在籍したパク・チソンの影響で、韓国国内でも各クラブのファンダムが拡大した。

これにより、韓国でもプレミアリーグの中継は週末に欠かせないスポーツコンテンツとして定着した。

パク・チソンらのプレミア行きが切り拓いた韓国サッカーの全盛期

4月19日の水原ワールドカップ競技場の様子は、2010年前後にパク・チソンとマンチェスター・Uが残した思い出が今なおどれほど魅力的な商品価値を持っているかを示していた。

近年、大規模なレジェンドマッチを継続的に企画して成果を上げている「Shoot for Love」が、マンチェスター・Uのレジェンドで構成されたOGFC(Only Glory Football Club)を創設し、親善試合を行うプロジェクトの初戦を韓国で開催した。

パク・チソン(写真提供=OSEN)

パク・チソン、リオ・ファーディナンド、ライアン・ギグス、パトリス・エヴラ、ネマニャ・ヴィディッチ、エドウィン・ファン・デル・サールらで構成されたOGFCは、Kリーグの名門クラブである水原三星ブルーウィングスのレジェンドたちと対戦した。

中継局のMBCは、選手たちが現役でプレーしていた当時の実況・解説陣を再び揃え、思い出の再現に火をつけた。

引退から10年以上が経過した選手が大半であるため、体は重く全盛期のようなプレーは見られなかったが、最善を尽くしたファンサービスには惜しみない拍手が送られた。3万8000人を超える観客が集まったこの日の試合は、夜の時間帯における韓国最大の話題となった。当日、MBCで放送された全番組の中でも視聴率2位を記録した。

2005年夏、パク・チソンがマンチェスター・Uへ、イ・ヨンピョがトッテナムへと移籍し、韓国人プレミアリーガーの時代が本格的に幕を開けた。

両選手は2002年の日韓ワールドカップ後、フース・ヒディンク監督とともにオランダのPSVアイントホーフェンへ移籍し、欧州の舞台に足を踏み入れた。3年間、欧州サッカーに着実に適応して結果を残したことでその技量を認められ、プレミアの上位クラブへと向かったのである。

イ・ヨンピョ(写真提供=OSEN)

その後、昇格組レディングに移籍したソル・ギヒョン、膝の負傷を乗り越えてミドルズブラに入団したイ・ドングッが、3〜4人目の韓国人プレミアリーガーとして相次いで加わった。キム・ドゥヒョンとチョ・ウォニも、Kリーグや代表での活躍が認められてそれぞれウェスト・ブロムウィッチとウィガン・アスレチックに入団した。

この時点から、常時5人前後の韓国人プレミアリーガーが在籍する状況が長年維持され、プレミアリーグの中継は韓国のスポーツ産業におけるコンテンツの中心となった。

イ・チョンヨンとキ・ソンヨンは韓国人プレミアリーガーの第2期時代を切り拓いた主役だ。両選手はそれぞれボルトンとスウォンジー・シティで活躍し、チームの中心選手となった。

テクニシャンのイ・チョンヨンはボルトン旋風の立役者であり、スコットランドのセルティックで実力を認められてスウォンジーへ向かったキ・ソンヨンも、チーム史上最高成績に貢献した。

チ・ドンウォンも可能性を認められ、サンダーランドが獲得した。彼らは30億ウォン(約3億2277万円)前後の高い移籍金を記録し、Kリーグの古巣に大きな見返りをもたらした。この流れはパク・チュヨン、キム・ボギョン、ユン・ソギョンのアーセナル、カーディフ・シティ、QPR入団へと続いた。

左からキ・ソンヨン、イ・チョンヨン(写真提供=OSEN)
ソン・フンミン効果で韓国の有望株が続々プレミアへ

そして、ソン・フンミンがトッテナムでパク・チソンを超える成功を収めた。

ブンデスリーガですでに最高の有望株という評価を確立していたソン・フンミンは、400億ウォン(約43億円)を超える移籍金を記録し、バイヤー・レバークーゼンを離れてトッテナムのユニホームを着た。

この10年間、ソン・フンミンはアジア人初の得点王、クラブ初のアジア人キャプテン、プレミアリーグ通算100ゴール達成、そして最後にはヨーロッパリーグ優勝という快挙を成し遂げ、誰もが尊敬するレジェンドへと登り詰めた。

ソン・フンミンの大成功は韓国人選手に対する視線を変えた。パク・チソンがプレミアリーグに「韓国人選手は誠実さと献身さを備えた、いわゆる“コスパ”の良い補強」という確信を与えたとすれば、ソン・フンミンは「彼のようにワールドクラスへと成長できる潜在力を持つ韓国人選手を、青田買いする必要がある」という認識を植え付けた。

ソン・フンミンの後に続いてプレミアリーグ入りしたファン・ヒチャンも、10代でオーストリアに渡り、ドイツの舞台でステップアップに成功したことで、ウォルヴァーハンプトンへの移籍を勝ち取ることができた。

左からソン・フンミン、ファン・ヒチャン(写真提供=OSEN)

しかし2026年現在、韓国人プレミアリーガーは「全滅の危機」に直面している。ファン・ヒチャンの所属するウォルヴァーハンプトンが、4月21日に行われたプレミアリーグ第33節で2部チャンピオンシップへの降格が確定したためだ。

もちろん、2026-227シーズンに韓国人プレミアリーガーが誕生する可能性がまったくないわけではない。元の所属先はプレミアリーグだが、現在は他チームにレンタル移籍している韓国人選手が多いからだ。

トッテナムと契約しているヤン・ミンヒョクは入団以降、2部へのレンタル移籍を繰り返しており、現在はコヴェントリー・シティでプレーしている。ブライトンのユン・ドヨンはオランダのドルトレヒト、ブレントフォードのキム・ジスはドイツ2部リーグのカイザースラウテルンへレンタル移籍した。ニューカッスル・ユナイテッドのパク・スンスは、21歳以下のチームで着実に試合経験を積んでいる。

各チームは多額の投資をしているだけに、これらの選手をいつかはプレミアリーグに呼び戻さざるを得ない。

ヤン・ミンヒョクは公式発表こそなかったが、オプションを含めて500万ドル(約7億9819万円)を優に超える過去最高の移籍金を江原FCに残した。ユン・ドヨンやパク・スンスもそれには及ばないものの、トップチームでの実績に比してかなりの額の移籍金を記録した。「第2のソン・フンミン」になり得る才能に賭けたのである。

左からヤン・ミンヒョク、ユン・ドヨン、パク・スンス、キム・ジス(写真提供=OSEN)

問題は、各クラブが彼らを即戦力とは見ていない点だ。加えて就労ビザの発行やホームグロウン制度といった行政・規定の問題もあり、すぐに活用するのは容易ではない。

移籍金はかつての先輩たちよりはるかに高額であるにもかかわらず、プレミアリーグ進出後はデビュー戦すらまともに戦えず、下部リーグへレンタルされるのが、最近の韓国人プレミアリーガーの典型的なパターンだ。

そのため、有望株のプレミアリーグ進出戦略に変化が必要だという指摘もある。パク・チソン、イ・ヨンピョ、ソン・フンミンのように中堅リーグという「踏み台」を経て入るのが賢明というわけだ。それを通じて実力を証明し、欧州での生活や言語に適応し、さらには就労ビザなどの行政問題を解消することができる。

実際、日本は有望株がオランダ、ベルギー、ポルトガルなどを経て、イングランド、スペイン、ドイツといったビッグリーグへ入る戦略を維持している。

現実的な反論もある。Kリーグのチームがトップクラスの有望株を欧州へ送り出す名目として高額な移籍金を望む以上、それを賄える資金力のあるプレミアリーグ直行が唯一の出口だというのが、選手やエージェント側の立場だ。

現在5人の現役プレミアリーガーを抱える日本に対し、パク・チソンやソン・フンミンの多大な遺産がありながら、プレミアリーガー不在の危機に瀕している韓国。

競争力のあるプレミアリーガーの活躍こそが韓国サッカーの地位と実力であっただけに、今こそ熟考と解決策が求められている。

●サッカーコラムニスト、ソ・ホジョン記者

(記事提供=時事ジャーナル)