映画監督・山中瑶子さんの大切な本 「未熟は普通」絶望から開けた道

山中瑶子さん=高橋雄大撮影
独りで部屋に閉じこもって、絶望していた日々があった。脚本が書けずに、インドまで逃げたこともあった。そんな時に出会った二つの作品が、映画監督の山中瑶子さんの手を引いた。本と映画は響き合い、新しい物語をつむいでいる。
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学校は、しんどかった。「右向けと言われたら、右を向かないといけない。決まりきった正解を押しつけられている感じがした」。厳しい家庭で、テレビやマンガは禁止されていた。娯楽は、読書だった。物語の世界に逃げ込んだ。
高校のそばには映画館が四つあり、教室に足が向かずに映画を見てから登校したこともあった。部活もやめた。「のめり込むと他のことがおろそかになっちゃう。極端なんです」。映画を学ぶ大学に進んだ。
大学にはこれまでにない自由があると期待したが、高校までと同じく苦しかった。夏休み明けから、行けなくなった。
映画は好き。映画を作りたい。とはいえ、何を作ったらいいのかは分からない。焦燥感にかられた。一人で部屋に閉じこもっていると、「社会も世界も壊れていて、人間はすごく醜い。そういう気持ちにどんどんとらわれた」。
そんな時に、手に取った本が高野悦子「二十歳の原点」だった。
「学生運動の熱狂の渦の中でも、空虚さを抱える若者がいた。そう思うと、自分も同じような性質の人間だし、無理やり社会になじもうとしてもしょうがないと、諦めがついたんです」
今読み返すと、思い詰めていく様子がつらいが、当時は聡明で率直な高野の言葉に救われた。その後、映画「あみこ」を自主制作し、映画監督としての道を開いた。大学は中退した。
高野の言葉は、自身の映画とも響き合う。
〈「独りであること」、「未熟であること」、これが私の二十歳の原点である〉
「高野さんは未熟な自分を許せなかったところがあるのかなと思うけれど、私は未熟な人に共鳴するし、描きたいし、それが普通なんだと言いたい。みんなが一つの成功に向かうと、その人がその人である理由が薄れてしまう気がするから」
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現代の若者を映し出した「ナミビアの砂漠」の主人公も、やり場のない思いを暴力的に爆発させる。この映画は、金原ひとみの「軽薄」との関係も深い。
原作ものの企画で、撮影が5カ月後に迫っていた時。脚本が書けず、インドに逃げた。葛藤の末、プロデューサーに「降りたいです」と電話すると、オリジナル脚本で撮ることを提案された。
アイデアはない。どうしようと思っていた矢先、SNSで「軽薄」のレビューが目にとまった。
「主人公のカナは、おいと一線を越える。良くないとジャッジされるような関係だが、この小説は、正しいとか間違っているとか、被害者性と加害者性といった二項対立には収めない」
親密で閉じられた関係の2人にしか分からない真実がある。外から見れば離れた方がいいと思うような状態でも、2人にとってはそうすることでしか得られない「生の実感」があったはず――。自分の問題意識と密接につながる小説だった。映画の主人公の名前は、小説と同じ「カナ」に決めた。
映画でカナは、恋人とぶつかりながら居場所を見つけようともがく。「自分が何をしても変わらないんじゃないかという不能感を抱えやすい時代。パッと解決に導くことはできないけれど、そういうことに直面している人を、小説や映画で読んだり見たりすることが大事かなと思う」。同作は、国際的にも評価を得た。
映画は、1人では作れない。向いているのか疑う気持ちはまだある。「だけど、他人と関わって生まれる摩擦からしか発見できないこともある。それに生かされている感じはしている」
子どもの頃から、生きる支えになってきた本たち。その記憶はたしかに、今の自分を生かす映画の根底に流れている。(堀越梨菜)
映画監督の山中瑶子さんが取材に持ち込んだ「わたしの大切な本」。びっしりと付せんが挟まれていた
二十歳の原点 高野悦子・著1969年に20歳6カ月で命を絶った立命館大生、高野悦子による日記。死後に一部が同人誌に掲載された後、71年に出版された。高野が学園紛争の最中に、自らと向き合いながら残した言葉は、時代を超えて、若者たちに読み継がれている。
軽薄 金原ひとみ・著元恋人に刺されたカナは、別の男性と家庭を築くが、心に傷痕を残している。そんな時、年の離れた弟のようだったおいと10年ぶりに再会。「この人といつか寝るかも」。その予感は的中する。カナは愛を探りながら、生きる実感を取り戻していく。
お話を聞いた人山中瑶子(やまなか・ようこ)映画監督1997年生まれ、長野県出身。初監督作「あみこ」でベルリン国際映画祭に招待され、2024年には「ナミビアの砂漠」で、カンヌ国際映画祭・国際映画批評家連盟賞を受賞した。
