(※写真はイメージです/PIXTA)

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老後の生活を支える大切な柱である「年金」。長年、家計をやりくりしてきた方ほど、通帳の数字がわずかでも変われば敏感に察知するものです。しかし、ある日突然、身に覚えのない減額に直面したらどうでしょうか。そこには、制度を正しく理解していなければ見落としてしまう、意外な「落とし穴」が潜んでいます。

元夫が急逝…熟年離婚後に直面した現実

都内のマンションで一人暮らしをする佐藤悦子さん(仮名・67歳)は、偶数月の15日、自宅近くのATMで預金通帳を記帳するのが習慣です。

5年前、佐藤さんは35年間連れ添った夫と熟年離婚をしました。当時の夫は大手企業の管理職で、将来受け取る年金額も相応の水準が見込まれていました。離婚協議の際、佐藤さんは「年金分割」の手続きを行い、婚姻期間中の厚生年金記録を分割しています。

「これで老後は安泰だと思いました」

専業主婦期間が長かった佐藤さんにとって、年金分割によって自分の厚生年金が増えることは、離婚後の生活を支える大きな支えでした。一方で、「元夫の年金の一部を受け取れる」という認識が、次第に「元夫の年金に支えられている」という実感へと変わっていきます。

離婚後、佐藤さんは月13万円ほどの年金と、週3日のパート収入で生活を維持してきました。贅沢はできないものの、「分割した分があるから大丈夫」という思いが、日々の安心感につながっていたといいます。

そんな生活が続くなか、1年前、共通の知人を通じて元夫が病気で急逝したという知らせが届きました。その知らせを聞いたとき、佐藤さんの頭をよぎったのは、悲しみだけではありませんでした。

「亡くなったら、遺族年金がもらえるかもと思いました。年金の分割もしているし、無関係ではないはずだと……」

数ヵ月後、いつものように通帳を記帳した佐藤さんは、並んだ数字を見て手が止まりました。振り込まれていたのは、これまでと変わらない金額でした。

「何も変わっていなかったんです。増えるどころか、減ることもない。そんなこと、あるはずがないと思いました」

不安に駆られた佐藤さんは、年金事務所へ足を運びます。窓口で説明を受けて初めて、自分の理解が制度と大きくずれていたことを知りました。

離婚後は法律上の配偶者ではないため、元夫が亡くなっても「遺族厚生年金」を受け取ることはできないこと。年金分割はあくまで婚姻期間中の記録を分け、自分自身の年金として受け取る制度であり、元夫の死後に何かが上乗せされる仕組みではないこと――。

「分割しているから、どこかでつながっていると思い込んでいました。でも実際は、完全に別の話だったんですね」

通帳に刻まれた13万円という数字は、今後大きく増える見込みはありません。

「一瞬でも年金が増えると思ってしまったので……やっぱりこの金額で生きていかないといけないんだなと改めて実感したら、急にこの先が不安になりました。ずっと、ずっと、この金額なんだと、思い知ったんです」

今は年金に加えてパート収入がある。しかし働けなくなったときに支えてくれるのは月13万円だけ。自分にはその支えしかない……悦子さんは、万一に備えて1円も無駄にできないと、より一層の節約を決意したそうです。

混同しやすい「年金分割」と「遺族年金」の決定的な違い

佐藤さんのような誤解は、決して珍しいものではありません。年金分割と遺族厚生年金は、いずれも「配偶者の年金」に関わる制度であるため、両者が連動しているかのように捉えられがちですが、実際には仕組みも前提も大きく異なります。

まず、年金分割は、婚姻期間中に形成された厚生年金の加入記録(標準報酬)を夫婦で分け合う制度です。分割後は、それぞれが自身の年金として受け取ることになり、元配偶者の生死や受給状況とは切り離されます。言い換えれば、離婚時点で「精算」が完了している制度です。

一方、遺族厚生年金は、被保険者が亡くなった際、その人に生計を維持されていた配偶者などに支給される仕組みです。「法律上の配偶者であること」が前提条件となります。離婚後はこの要件を満たさないため、たとえ過去に婚姻関係があり、年金分割を行っていたとしても、受給対象にはなりません。

つまり、「分割しているから遺族年金も受け取れるはず」という理解は、制度上は成り立たないのです。

もっとも、こうした誤解の背景には、老後資金に対する不安の高まりもあります。厚生労働省『令和6年 国民生活基礎調査』によると、年金を受給する高齢者世帯において、収入の8割以上を年金を占める割合は59.8%。一方、総務省統計局『家計調査報告〔家計収支編〕2025年平均結果』では、65歳以上の無職夫婦世帯は月平均で約4万2,000円の赤字。年金への依存度が高く、生活は常に赤字……こうした状況を踏まえれば、佐藤さんのように「年金が増える可能性」に期待を寄せてしまうのは、無理もないといえるでしょう。

老後資金をめぐる制度は、一見すると複雑でわかりにくいものです。しかし、その理解に曖昧さが残ったままでは、佐藤さんのように「想定していた将来」と「現実」との間に、大きなズレが生じかねません。