「おしどり夫婦と呼ばれていたが…」〈退職金2,300万円〉夫の定年退職から1年後、妻が告げた「別れ」のワケ
長年連れ添った夫婦でも、定年退職をきっかけに関係性が変わることがあります。仕事中心だった生活から一転し、家で過ごす時間が増えることで、これまで見えていなかった価値観の違いが浮き彫りになることも少なくありません。特に、家計や生活スタイルに対する考え方のズレは、老後の安心を揺るがす要因になり得ます。
「これからは一緒に過ごせる」…定年後、抱いた違和感
神奈川県内に住む会社員の浩一さん(仮名・61歳)は、定年退職を迎えた日のことを、どこか誇らしい気持ちで振り返ります。
「40年近く働いてきて、やっと一区切りついたなと。これからは夫婦でゆっくり過ごそうと思っていました」
退職金は2,300万円。住宅ローンはすでに完済しており、年金の見込み額も夫婦合わせて月20万円ほど。生活に大きな不安はないはずでした。
「周りからも“理想的な老後だね”と言われていましたし、自分でもそう思っていました」
妻の真由美さん(仮名・59歳)とは結婚30年以上。近所では「おしどり夫婦」と呼ばれることもあり、外から見れば円満な関係に見えていました。
しかし、退職後まもなく、生活のリズムが大きく変わります。
「平日はずっと家にいるようになって、最初はのんびりできてよかったんです。でも、だんだん時間を持て余すようになって」
浩一さんは、家事を手伝うつもりでキッチンに立つこともありましたが、そのたびに真由美さんとの間に小さなすれ違いが生じるようになりました。
「“そこじゃない”“やり方が違う”と言われて、正直どうしていいか分からなくて」
一方で、真由美さんにも言い分がありました。
「それまでずっと一人で家のことを回してきたので、急にペースを乱される感じがあったんだと思います」
さらに問題となったのは、お金の使い方でした。退職後、浩一さんは「これまで我慢してきた分、少しは自由に使いたい」と考え、趣味のゴルフや旅行にお金を使うようになりました。
「大きな浪費をしているつもりはなかったんです。でも、“退職金があるから大丈夫だろう”という意識はありました」
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の消費支出は月約26.4万円で、年金収入だけでは不足するケースも見られます。退職金はあくまで補填的な資金であり、長期的な視点での管理が求められます。
「妻からすると、“このままだと足りなくなる”という不安があったんだと思います。でも、そのときの私は、正直そこまで深く考えていませんでした」
こうした小さなズレは、日常のなかで少しずつ積み重なっていきました。
「もう一緒には暮らせない」…妻が下した決断
退職から約1年たったある日のこと。夕食後、真由美さんは静かにこう切り出しました。
「話があるの」
いつもと変わらない口調でしたが、その表情はどこか張りつめていたといいます。
「もう、一緒には暮らせないと思う」
その一言に、浩一さんは言葉を失いました。
「冗談かと思いました。でも、妻は真剣でした」
話を聞くと、真由美さんは以前から強いストレスを感じていたといいます。
「“一日中家にいられるのがつらい”と言われました。そんなふうに思われていたなんて、想像もしていませんでした」
さらに、生活費に対する不安も重なっていました。
「退職金は有限なのに、このまま使い続けたらどうなるのか、ずっと不安だったそうです。でも、それをうまく伝えられなかったと」
厚生労働省『2024(令和6)年 国民生活基礎調査の概況』では、「生活が苦しい」と感じる世帯は約6割にのぼり、収入水準にかかわらず将来不安を抱える人が多いことが示されています。
真由美さんは、すでに別居を前提に準備を進めていました。
「しばらく距離を置きたい。それが無理なら、このまま一緒にいるのは難しい」
浩一さんはそのとき初めて、自分が見ていた“理想の老後”が、妻にとっては違うものだったことに気づいたといいます。
現在、二人は別居しています。離婚はしていないものの、生活は完全に分かれている状態です。
「もっと早く話し合っていれば、違った形になっていたのかもしれません。でも気づいたときには、もう戻れないところまで来ていました」
退職は、人生の区切りであると同時に、夫婦関係の再構築が求められるタイミングでもあります。時間の使い方、お金の考え方、距離感――そのどれもが変わるなかで、これまで通りの関係を続けることは簡単ではありません。
「おしどり夫婦」と呼ばれていた関係も、環境が変われば姿を変えることがあります。老後の安心は資産の額だけではなく、日々の積み重ねと対話の有無によっても大きく左右されるのかもしれません。
