「元照ノ富士」2階級降格は本当に“甘すぎる処分”なのか? 「暴力指導」を巡る角界と世間の“ねじれ”の真相
伊勢ケ浜親方(元横綱・照ノ富士)が委員から年寄へ、2階級降格となった。2月に弟子である伯乃富士に暴力を振るったことが発覚し、4月9日、相撲協会の処分が下されたのである。この「罰」が「罪」の度合いに比して甘いのか、あるいは妥当なのかについて、相撲ファンの間ではさまざまな意見が出ている。一方で、スポーツ紙などのメディアは「甘すぎる」との論調一色であった。作家で、かつて相撲専門誌の記者を務めたこともある須藤靖貴氏が、自らの見解を綴った。
【須藤靖貴/作家】
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世論は理解できる
「また、大相撲の親方がやらかした」という印象は拭えない。残念ながら「またか」である。暴力行為は絶対悪。しかも力士を指導監督する立場の親方が加害者だ。本件、伊勢ケ浜親方への処分が甘いのでは? という声も多いようである。

そのあたりを月刊誌「相撲」の藤本泰祐編集長に見解を聞いてみた。
「相撲協会は暴力根絶を場所中の幟のごとく掲げている。その対応にしては甘い、という世論は理解できる。ただし明確な情状酌量ポイントもいくつかある。故なきイジメ行為ではなく、日常的な暴行ではない点。教育的指導の側面が強い点。そして自ら暴行の事実を協会に申し出て隠蔽しなかった点。このあたりを加味しての処分決定だろう。隠蔽しなかったことが最も大きい。ただし、やはり暴力はダメ。個人的には甘い処分とは思う」
一貫性に欠ける処分
親方の弟子への暴力事件で真っ先に浮かぶのは2007年の「時津風部屋力士暴行事件」。あまりに酷すぎる事件なので詳しくは触れない。しかも亡くなった被害者は身体のできていない序ノ口力士だった。だが親方が逮捕されて刑事事件にまで発展したものの、部屋そのものの閉鎖には至っていない。
近年では2020年7月の中川部屋の一件。弟子3人に対する暴力や暴言があったとして中川親方(元幕内・旭里)は2階級降格、中川部屋は閉鎖。悪質性が高かったとはいえ部屋の取り潰しとは苛烈である。
また、新しいところでは角界追放となった大横綱・白鵬。その処分と比べるとどうなのか? といった声も聞かれる。ただ、確かに白鵬は自ら手を挙げたわけではないが、親方になるときに前代未聞の誓約書を書かされ、いわば“保護観察中”の身であった。「やらかし」への厳しい処分は妥当だろう。誓約書を反故にした白鵬の処分を引き合いに出すことはいささか見当はずれにも見える。
日本相撲協会の処分は一貫性に欠ける印象が強い。史上最悪の死亡事件の舞台である部屋は存続。名門部屋だから目こぼしかと勘繰られても仕方ない。コンプライアンス意識の高まりが時代の趨勢だとしても、角界の事件の処分はだいたい一貫性に欠けるのである。だから甘いだのなんだのと意見が割れる。過去の事例を持ち出して「あの事件よりは甘い」、「いや、この事件と比べれば厳しすぎる」となるのも無理はない。
正当行為と暴力
今回の一件、「甘い処分と思う」との藤本氏の言葉に一度はうなずきかけたものの、わたしは小さく首を横に振った。
弟子の破廉恥な行為に対し、指導監督者が即座に手を打った。言葉で注意するのが筋だが、報道によれば、伯乃富士は泥酔していたというから、それも叶わなかったのだろう。
力士は瞬間の間合いで生きている。理詰めで動くわけではなく、「咄嗟に手が出た」を是とする生業だ。事件現場は土俵ではないが。まあ文字どおり、弟子の手をピシャリと打つべきだった。しかし顔面一撃を目の当たりにし、被害者女性もさぞや驚いたことだろう。たいへんな不愉快を被ったと案じるが、親方の激高に多少なりとも溜飲も下がったのではないか。行為がエスカレートすれば、伯乃富士がわいせつなどで訴えられる可能性すらもゼロではなかっただけに、師匠の“一撃”は結果的には弟子を救ったことになるかもしれない。
こうした暴力事件が起きた際、世間での見方と、角界での感覚に“ねじれ”が生じてしまうのは、相撲界の特殊性にある。
顔面への張り手、のど輪などなど。ぶちかましは頭突きと一緒。一般からすれば暴力行為に思えるものが本場所や稽古土俵では「正当行為」とされる。張り手やのど輪は、相手の重心を上げるための技であり、相手を傷つける手段ではない。ちなみに中学や高校のアマチュア相撲では張り手は禁止。プロ集団である角界では正当行為と暴力が隣り合わせ、いわば地続きという見方も根強いのだった。
そのせいだろうか、悪質性の高くない暴行問題には「まあ、大目に見ようや」という評価になるのではないか。
ゴルフクラブ殴打事件
目下の力士を懲らしめたいのなら、正当行為にまぎれこませれば何をやっても文句が出ない。こちらのほうがよほど悪質だが、稽古の一環だから処分されることはない。相撲記者時代に目の当たりにした、ある部屋の朝稽古。関取が幕下の弟弟子を指名し、さんざんシゴいた。力の差があるから関取にとっては稽古にならない。後にその疑問を関取にぶつけると、「生意気だから、ちょっと可愛がってやった」と答えた。ちなみその関取は土俵以外で弟弟子をいじめたり厳しく当たったりすることはなかった。
さらに思い出した。2011年10月の「ゴルフクラブ殴打事件」だ。春日野親方(元関脇・栃乃和歌)が栃ノ心(当時幕内)他数名の力士の尻をゴルフクラブで殴打した。浴衣、着物以外の服装で遊び歩き、門限を破ったのだ。このときの相撲協会の処分は「厳重注意」。罰金も降格もなし。春日野親方は「やりすぎた」と反省の弁を述べた。
立場の弱い取的(幕下以下)への暴行は単なるイジメだ。だが一人前の関取(十両、幕内)への制裁は「しっかりしろ!」という叱咤激励の意味合いも濃い。栃ノ心も当時を振り返って笑い話としている。一説によれば顔面への殴打もあったらしいのだが。しかし武器(ゴルフクラブ)使用なのにお咎めなしに終わった。
暴力問題の論点のひとつは「やり方」だろうか。顔面殴打はもちろんダメ。腕力桁外れの元力士の拳、ひとつ間違えば惨事である。武器使用は論外。一方で、洋の東西を問わないお仕置きの定番、「お尻ペンペン」はどう捉えるべきだろうか。四股で鍛え上げた力士の尻は一般のそれとは違う。
尻に木刀
さらに記憶が蘇る。藤島親方(元大関・武双山)の苦笑いだ。
1994年の名古屋場所だったか、わたしは相撲記者で両国国技館に詰めていた。武双山(当時は関脇)の取り組みが終わり、支度部屋で記者たちが彼を囲む。そのときに「お尻のあざ、目立つ?」と言ったのである。武蔵川親方(元横綱・三重ノ海)の逆鱗に触れて、尻に木刀を喰らったという。
数日前の取り組みで、武双山は小兵力士の舞の海に負けていた。記者が「舞の海は武双山関への対策を眠れずに考えていたらしい」と振ると、「自分は眠らずに酒を飲んでいた」と返した。軽妙なジョークだ。武双山の受け答えは洒脱で記者人気も高かった。だがこれが記事になって親方の耳に入り、「負け力士が軽口を叩いてどうする」と叱られたのだった。後に大関に昇進する実力派人気力士に対しての鉄拳制裁である。しかも本場所中の。
そのときわたしは思った。「廻し一丁の姿が全国に中継される生業だ。お尻も顔並みに注目されるのではないか」と。ひょっとすると親方、そこまで考えを巡らせていたのではないか。他から尻の傷を指摘されるだろう、その際に、自らの勝負に対する姿勢、向き合い方を考え直せ、ということだったのかもしれない。
八角理事長のリーダーシップ
処分の一貫性と透明性に揺れる中、相撲協会も動きを見せている。
2018年にコンプライアンス委員会を立ち上げた。ホームページには「暴力決別宣言」を掲載。
一、大相撲においては、指導名目その他、いかなる目的の、いかなる暴力も許さない。
二、暴力と決別する意識改革は、師匠・年寄が率先して行い、相撲部屋における暴力を根絶する。
以下、七か条が明示されている。
力強い言葉で間然するところがない名文である。その後も研修会を重ねるなど活動を続けている。しかしそれでも、今回のような事件は起こる。
強い言葉で暴力決別を高らかに宣言しているものの、相撲協会の対応にはどうも混乱と迷走の色を感じてしまう。暴力根絶とは言いながらも、「正当行為と暴力は地続き」という認識が角界にまだまだ根強い。ここに一般社会とのズレが生まれるのだろう。本来ならば、協会は、そのギャップを埋めるべく、言葉を尽くして説明すべきであった。
現政権、八角理事長のリーダーシップに期待したいところだが、歴史と伝統を重んじるせいか変化のスピードが著しく鈍い角界、スパッと快刀乱麻にというわけにもいくまい。ましてや八角理事長は実質6期11年の長期政権。もう62歳である。今回の処分についても、表に出て説明する姿は見られなかった。
期待する親方は
ここは思い切った人事こそを期待する。私が注目しているのは、二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)である。
今年で40歳。まだまだ若いだの経験不足だのと首を傾げるのはナンセンスだ。親方は引退後に早稲田大学大学院でスポーツ科学を学ぶなど研究熱心。歴史と伝統からは考えられない経歴だろう。中卒で入門した鳴戸部屋(当時の親方は元横綱・隆の里)は角界一の稽古量として知られ、親方の指導も厳格そのものだった。鳴戸親方は言葉を尽くすことを信念とし、ときおり稽古を止めて長々と説教したものである。親方は竹刀を手にしていたものの、それを弟子に振るうことはなく、竹刀で土俵に線を引き、「ここまで押せ!」と叱咤激励していた。
そして鳴戸部屋のちゃんこは角界一の豪華さとしても有名、食べることを稽古と同様に大切にした。食材に凝り、調味料を揃え、部屋の台所には麺打ち台まであった。親方はNHKの料理番組に調理人として登場したこともある。当時の角界では異端児扱いされていたきらいがある。いわばイノベーターだった。
そんな親方から薫陶を受けた二所ノ関親方こそ、その年齢も相まって、気になる存在である。インバウンドの影響もあり、空前の人気に沸く現在の大相撲界。協会は今こそ咄嗟に身体と頭を動かすべきだ。
須藤靖貴(すどう・やすたか)
1964年東京生まれ。1999年、『俺はどしゃぶり』で第5回小説新潮長篇新人賞受賞。スポーツ小説を数多く手がける。相撲小説に『おれ、力士になる』、『押し出せ青春』、『力士ふたたび』、『消えた大関』などがある。
デイリー新潮編集部
